助けてくれ。
早く着いてくれんと親分犯罪者になりそうや…。
実家に拉致されたアーサーを救出したその日…大陸行きの船に乗ったアントーニョは一睡もできないまま朝を迎えた。
(なん?これなんて拷問?親分が悪かったん?)
船室のベッドに横たわるアントーニョの隣にはすやすや眠る天使。
真っ白なシーツの上にはぴょんぴょんはねた金糸の髪。
まだ幼さを残すふっくらとした薄桃色の頬。
クルクルとよく動く大きなエメラルドグリーンの瞳はいまだ閉じられたまぶたの下だが、その分驚くほど長いまつげがアントーニョの目を惹く。
かすかに開いた薄めの唇は、少女のように滑らかなベビーピンク。
正直言って…みかけだけでもはい、大変美味しそうなのでございます。
欲望のおもむくまま食ってしまえれば”楽園“が見えそうな気もするが、アントーニョはそれをためらうほどには分別のつく年齢だった。
実家で拉致されたアーサーと扉越しに体面した時、今までの全てが嘘で、自分は敵国の魔術師一家の人間でアントーニョを騙してその命を狙っていたのだと言うアーサーに、
『騙していたのならおしおきをするから連れ帰る』
そう宣言したのは、ことばのあやみたいなものだった。
正直もうどこまでが本当でどこまでが嘘だなんてわからない。
アーサーが東の魔術師の名家カークランドの末弟であることは確からしい。
だが、口では素直になれない分、口よりも雄弁な綺麗なエメラルドの瞳の、紅茶と刺繍と散歩という少女のような趣味の持ち主で、本人は隠しているつもりのようだが実は可愛い物が大好きで、料理をさせれば茹で卵を茹ですぎて爆発させてしまうドジっ子で…なんて、なにそれ、どこのヒロイン?みたいなアーサーが、あのいかめしい兄弟のようにビシバシ闘う魔法エリートだとはとても思えない。
そもそも拾ってからの一カ月を振り返っても、その魔法はトマトの育成にしか使われた形跡が見当たらない。
攻撃どころか身を守るためにすら使った事がないのではないだろうか?という無防備さ、頼りなさだ。
さらに言うなら、実兄のはずのカークランド兄弟に拉致られた時の怯えっぷりは、家族に対するものとしてはアントーニョの想像の域を超えすぎていて、とても相手を兄と認識していたとは信じられない。
記憶が実はまだ戻っていないという可能性も否めないと思う。
以上の理由から、あの時ああ言ったのは、脅されていたのと、なによりアントーニョの身を案じて帰らせようとしてたからではないかとアントーニョは結論付けた。
口では可愛くない言葉ばかりだが、心は人一倍優しい天使なのだ。
そう…天使……聖なる存在……それを人間として愛する対象と見始めてしまったのが、この生殺し生き地獄の始まりだったのだが……。
初めてそうと意識してアーサーと二人きりになったのは昨日の夜。
まだ眠ったままの無防備な姿に正直欲情した。
やることで頭がいっぱいの少年期はとうにすぎたとはいえ、そういう意味で好きだと思った相手を前に聖人でいられるほどには枯れてはいない。
さすがに初めてでいきなり寝込みを襲うのはまずかろうと理性を総動員していた瞬間、アーサーは実にタイミング良く目を覚ました。
(これ…もう食っとけフラグやろ?)
と思うのは当然である。
『ほな、目ぇ覚めたとこで、お仕置きタイムにはいろか?』
と始めたのは思い切り正しい自然な流れだったように思う。
目覚めたばかりのアーサーは当然状況なんて把握していなくて、小さな悲鳴をあげてパニクって抵抗していたが、
『もう勝手にどっか行かんように、色々教えたるわ…』
と、捕まえて抱き寄せて耳元で低くささやいてやれば、
『ひゃっ…』
と小さく身をすくめて大人しくなった。
そこで
『痛いの……やだ……』
と、涙でうるんだ瞳で上目づかいに言うって…煽っとるんかぃ?煽っとるよな?
クラクラ目まいがした。
『せやったら、抵抗せんとき?優しゅうしたるから…』
額…続いて涙があふれる目尻にキス。
『…ほんとに?』
と、抱きしめるアントーニョのシャツの裾をおそるおそる握る弱々しい手をつかんで
『…できるだけな…。』
と、背に回させたら、もうフラグ完全に立ったやろ、めくるめく官能の世界やろっ。
…と油断した。箱入り息子を甘く見てた。
そのまま勢いに任せて唇を奪うと、びっくりしたように丸くなる目。
見る見る間にまた止まっていた涙があふれ出てきて
「…やっ……」
とか細い力で胸を押し戻される。
(あかんやん…それ抵抗しとるってより、煽っとるわ。)
と、ふつふつとわきあがる征服欲。
さらに腕を強くつかんで膝上へと抱き上げると、
「ここでやめたらお仕置きにならんやろ?」
と、視線を合わせてクックッと喉の奥で笑う。
「自分が俺の…俺だけのモンやて思い知るまでやめへんで?ええな?二度と離れようなんて思えんようにしたる。」
と、再びかみつくような口づけ。
震える唇を舌で強引に押し開こうとすると、アーサーが怯えたように目を見開くが、それは燃えたぎった熱情にさらに火種を放り込む事になるだけだ。
茫然とした瞳からはポロポロと涙がこぼれ、こぶしで弱々しく胸を叩かれる事にひどく情欲を煽られる。
体がカァッ!と熱くなって、理性が効かない。
優しくなんて出来そうにない。
離れようとするアーサーの頭を乱暴に引き寄せ、そのまま薄い唇を強引に割り開いて舌を侵入させると、奥に縮こまったアーサーの舌を強引に引き出し、自分の舌とからませる。
そこでようやく諦めたのか、小さく震えながらも抵抗がやんだ。
自分が肉食獣でまだ何も知らない小ウサギに牙を突き立てているような、そんな残酷な錯覚を覚えるが、それにさえも興奮する。
むさぼり、絡め、すすり尽くす。
それは強烈な飢えにも似ていた。
哀れな獲物の子ウサギは、ただただ無抵抗にむさぼられるばかりで……
やがてクタンと完全に体の力が抜けきって、捕食者の胸に身をあずけた。
そこでようやく一息ついて唇を離すが、アーサーは放心状態だ。
力の抜け切った体をアントーニョに預けたまま、ぼ~っと虚空をみつめている。
「アーサー?」
ポンポンと軽く頬を叩いてみると、ようやく気付いたように、それでもまだ若干虚ろな視線をアントーニョに向けた。
「…責任……取れよ…ばかぁ…」
力ない開口一番がそれで、吹きだすアントーニョ。
「当たり前やん。責任も権利も全部抱え込んだるわ」
とりあえず受け入れる気があるようなそのセリフに、さて、次に進む準備を…と思ったアントーニョの耳に次に入ってきたのは意味不明の言葉だった。
「いきなり…最後までって…。どんだけせっかちなんだよ…」
「へ??」
きょとんとするアントーニョに、こちらもきょとんとした眼で見上げるアーサー。
「だって……普通手順てもんがあるだろっ…。そりゃ一緒に暮らし始めてからはもう1か月だけど……でも、そういう関係とかなかったし…フェリシアーノはそうなってすぐに最後までだなんて言ってなかったし……」
言っているうちに恥ずかしくなってきたのか、赤面して俯くその様子は可愛い。
可愛いのだが……
「あの…アーサーさん?フェリちゃんになに吹き込まれたん?」
いや~な予感にかられながら聞くと、
「そんな恥ずかしい事、言わせんなっ。ばかあ!」
と真っ赤な顔で怒られた。
「ああ、堪忍な。でも親分どうしても確認したいねん。言うてくれへん?お願いや」
聞きたいような聞きたくないような…ああ…でも聞かないとまずいような……
アーサーは羞恥で耳まで真っ赤になっていたが、やがて顔を見られたくないのか、アントーニョに抱きつくように顔をアントーニョの胸にうずめた。
「…その…だな…。特別な相手と愛を確かめ合う時は…あ、これは俺がそう言ったわけじゃなくて、フェリが言ったんだからなっ!」
「はいはい。確かめ合う時は?」
恥ずかしいのかいちいち脱線するアーサー。
しかたないので、なるべく淡々と先をうながす。
「体の一部を…相手の体の一部に入れるんだって……」
「うん、わかっとるやん」
と言いかけて…まさか?と嫌な予感がよぎる。
「お…俺もいきなりでびっくりしたけど…ちょっと息苦しかったけど…でも……別に嫌とかそういうんじゃなくて………お前がどうしてもしたいなら……また確かめてやってもいい……」
これって…そういう意味…か?
ガク~っと肩を落とすアントーニョ。
もういっぱいいっぱいだと言うのが丸わかりの涙目で、真っ赤になって震えているアーサーに、それは舌ではなくて……今のじゃまだまだ愛の交歓の入り口にも到達してないとはとても言えない。
「アーサーさん、一応確認させてもろていい?」
せめて男女の場合を知っていればそちらからでも…と一縷の望みをかけて聞いてみた。
「自分…お家で性教育って受けはった?」
「せいきょういく?正しい教育か?」
その答えでもうだめだ…とわかった。
フェリシアーノでさえ受けているのに、どうなってるんだ、カークランド家?!
「アントーニョ…俺……やっぱりなんかダメだったか…?」
がっくりとするアントーニョが気になったのか、アーサーがアントーニョの胸から顔を離してアントーニョを見上げた。
捨てられた子犬のような涙目でそんな事を聞かれたら、もう何も言えない。
男女の交わりすら知らない子供に、いきなり男同士のとかを教えたらトラウマになりかねない。
もう徐々に教えるしかないのか…長期戦になりそうだ。
「なんでもないわ。親分久々に武器振り回したからちょっと疲れてん。寝るわ~。おやすみ~」
寝るふりをして、アーサーが部屋を出て行ったら抜いておこうと、とりあえず布団にもぐりこむと、
「うん、寝るか」
と当たり前に隣に横たわって懐に潜り込んでくるアーサー。
へ??
「あの…アーサーさん?何してはるんです?」
「何って…愛を確かめ合ったあとはこうやってくっついて寝るんだって…」
「……それも……フェリちゃんが?」
「うん。」
あの子はまた余計な事を~~~!!!
こうして手を出すに出せない状態で、別の意味の体の疲れが限界MAX.。
最大の敵はカークランドでも東の国でもなく、自分の理性とフェリシアーノだった事を、アントーニョは生殺しの生き地獄の中で思い知って夜が明けるのをひたすら待つのだった。
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