聖夜の贈り物 7章_2

(…神様…神様…お願いや…)
アーサーが吐き出した血がアントーニョのシャツが赤く染める。
それにも構わずアントーニョは連れ去られるのを恐れるように、細い体を強く抱きしめた。


「…にいちゃん…にいちゃん…はやく…」
フェリシアーノもギュッと手を握り締めてうつむく。
その時…

「俺様参上だぜ!!!」
半分開いた窓がバ~ン!と音を立てて全開し、月明かりを背にマントを翻した銀髪の男が窓枠に飛び乗った。

「とぉ!!」
の掛け声と共に室内に飛び降りたはいいが、窓枠に引っかかった自身のマントで首を絞められ
「ぐぉぉぉ~~!!!」
と目を白黒させてうめく。

「…兄さん…お約束なボケはやめてくれ…」
男に続いてそう言いながら入ってきたルートヴィヒがひっかかったマントを外してやると、男はぜ~は~ぜ~は~粗く呼吸を繰り返した。
「わざとじゃねぇ!!」
と涙目でルートヴィヒを振り返る妙にハイテンションな銀髪に赤い目の男。
その男の事はアントーニョも知っていた。

ギルベルト・バイルシュミット。
現皇后である双子の祖母が北の国から嫁入りしてくる際についてきた貴族の子孫で、ルートヴィヒの実兄。
元は神官になるために教会で修行していたはずだが、何故か破門。
素行が理由と聞いてはいるが、具体的には知らない。
やがて長兄であるクラウスが亡くなったため、家督を継いで今に至る。

真面目で優秀なため若くして近衛隊に入隊して王子の護衛に抜擢されたルートヴィヒを教育したのはこの男だと言う話だが、当の本人は神官をクビになったり、家督を継いでからもトレードマークの小鳥を頭に乗せ、気まぐれに遊びまわっているだけで、はかばかしい活躍をするわけでもない謎の多い男だ。

「…ったく…最近ルッツ冷てえ。反抗期か?」
ギルベルトはとりあえず体制を立て直して立ち上がり、ため息をつきながら一歩足を進める。
「で?力使うのはどいつにだ?噂のお日様王子にか?」
「俺やない。この子に頼むわ」
アントーニョはそこで初めてアーサーから顔を上げ、ギルを見上げた。

「え~っと…」
そこでギルベルトは初めて少し驚いたように目を見開いた。
それからアントーニョの隣に立つフェリシアーノに目を向ける。
「いいのかよ?フェリちゃん」
ギルバートの問いにフェリシアーノがうなづいた。
「うん。お願い。」
「マジで?」
「うん。」
再度の問いにフェリシアーノがうなづくと、そこでルートヴィヒが初めて口を挟む。
「何を馬鹿な事を言ってるんだ?!何を言ってるのかわかってるのか?!」
「わかってる。ごめん、ルート、ギル。俺ひどい事してるね。でも俺っ…」
「あ~、いいって。フェリちゃんは何にも悪くねえよ。やめとけ、ルッツ」
お互い何か言いかけるフェリシアーノとルートヴィヒを軽く手で制すると、ギルベルトはピュイッ!と口笛を吹いた。

するとギルベルトの頭の上に鎮座していた黄色の小鳥がパタパタとギルの手に飛び降りてきた。
「身分とか人種とか細けえ事超えて天使なのが俺のフェリちゃんじゃねえか。ま~、最悪使ったのバレたら俺様が血迷ったって事にしとけ。」
「“俺の”フェリシアーノではないがな。」
と、そこで弟にお約束な突っ込みをいれられ
「なんだよ、マジ反抗期かよっ、ルッツ。俺様超良い事いったんだから、そのくらい流しておけよ。」
と、ケセセっと特徴的な笑い声をあげる。
しかしギルベルトはそのやりとりで渋々ではあるが弟も諦めたらしいと悟り、
「んじゃ、そういうことで…始めていいよな?」
パサリとマントを翻すと、小鳥を乗せた両掌を目の前に掲げた。

「小鳥さん、小鳥さん、俺様の声、願いを聞いてくれ。
天と地と木々に水、この世の全てを慈しむその心に願う。
目の前の命に神の慈悲を。
我が名はギルベルト・バイルシュミット。
汝につかえるものにして、汝の慈悲を示すもの。
どうか我が祈りを聞き届けたまえ。」

いつも貼り付けているふざけたような表情から一変、真剣なまなざしで小鳥を乗せた掌を少しうながすようにアーサーの横たわるベッドの方へと伸ばす。

すると小鳥は了承するようにピィと鳴き次の瞬間…いきなりあたりがパアァ~と光に包まれた。
痛いほどの眩しさに皆思わず目を閉じる。
数秒後…徐々に弱まって行く眩しさにソロソロと目を開けるアントーニョの目には、まだ顔色は若干青いが先程のままアントーニョに抱きしめられた状態で穏やかに眠るアーサーの姿。
呼吸が急に静かになったので心配になり、おそるおそる顔に手をかざすとちゃんと呼吸をしているようで、一気に肩の力が抜けた。



「あ~。やっぱり10割ってわけにはいかねえな。回復率8割ってとこか。」
そう言いつつ、少し気遣わしげにその頬に伸ばしかけたギルベルトの手をアントーニョは反射的に
「この子に触らんといてっ!」
と払いのけたが、次の瞬間ハッとして
「す、すまん。堪忍な。助けてくれておおきに。」
と、謝罪する。
「お、おう」
ギルベルトはそのアントーニョの反応に一瞬驚いたが、すぐ笑みを浮かべて
「超天才イケメンな俺様でも100年に一回きりの大技だからな。次はねえから気をつけろよ」
と応じた。

「100年に一度て?」
そう言えば…ギルベルトが力を使う時、ルートヴィヒが随分と止めていたが…。
アントーニョもさすがにその言葉に驚いて、バイルシュミット兄弟と共に戻ってきていたロマーノに目を向けるが、ロマーノも何も知らないらしい。
アントーニョと同じく目を丸くして首を横に振る。

「“小鳥の慈悲”という100年に1度くらいしか使えない、生命力を回復させる能力だ。」
その問いにはまだしかめっ面をしたルートヴィヒが答えた。
「西の国の国教会に伝わる秘伝の技で、ご神体である“小鳥さん”と心を通わせた者のみが使えるのだ。」

「ええ??この可愛ええ小鳥ちゃん、神様なん?」
と、アントーニョはギルベルトの手から再び頭の上に戻ってちょこんと鎮座している小鳥を見上げる。
「あ~、神様っつ~より精霊?」
ギルベルトはそれに答えて視線だけを小鳥に向けるように上に送る。
「普段はブレスレットから俺の生気吸い取って力蓄えて、それを奇跡に変える。…っつっても、さっきの技の他だと、せいぜい人を高速移動させるくらいだけどな。すげえ力消費するから、さっきの技とここにくるための高速移動でもうほぼすっからかんだし、また貯めてやらねえと…。時期がきても力が足りなくて技が使えねえ。」
ギルベルトはそう言ってポケットの中からブレスレットを出すと、カチンと自らの腕にはめた。

「はぁ…えらいすごいもんなんやなぁ…」
ほぉ~っと呑気にため息をつくアントーニョに、何かがプチっと切れたらしい。
「何を呑気なっ!本当にお前はこの重要度をわかってないっ!!!」
いきなりルートヴィヒが声をはりあげた。
「いいかっ!100年に一度、100年に一度きりのために、今までどれだけの人間が犠牲になってきたと思ってるんだっ!!」
握ったこぶしがフルフルと震えている。

「ごめん、ルートっ。今回は俺が…っ」
駆け寄ろうとするフェリシアーノの腕をギルベルトがハシっとつかんで止めた。
真っ赤な目が燃え上がり、スィっと細められる。

「わかってないのはルッツ、貴様だっ!貴様は誰だっ!他の人間は何だっ!小鳥さんの力を使う権利は誰に有する?!貴様かっ?!いいかっ、どれだけ親しくする事を許されていたとしても、忘れるなっ!フェリちゃんもお兄様もこのお日様王子も王族で貴様はその臣下だっ!!全ての力の施行の権利は王族に有する!!わかったかっ!!」
反論を許さない強い意志を持った紅い目が鋭い光をはなってルートヴィヒを射抜いた。

「返答はどうしたっ!ルートヴィヒ・バイルシュミット!!」
「Ja(はい)!!」
厳しく促されて、ルートヴィヒは彼にしては珍しく吐き捨てるようにそう言うと、そのまま逃げるように部屋から出て行った。

「あ……」
フェリシアーノはまたそちらに手を伸ばしかけ、それからそろそろとその手を胸元に戻してうつむいた。
「ルート…怒らせちゃったね、俺…。嫌われちゃったかな。」
と、そのままポロポロと涙をこぼす。

「あ~大丈夫だって。あいつもまだガキだから色々整理がつかねえだけで、別にフェリちゃんがどうのなんて思ってねえよ。むしろ嫌な思いさせてごめんな、フェリちゃん。」
さきほどの厳しい表情が一転、ギルベルトは気遣わしげに眉尻をさげる。

「ま、ちょっと頭冷やしたら戻ってくるからあいつは放置でっ。それよりそっちのお姫さん診るのが先だなっ。一応死なない程度には回復してっけど、ちと力足りなくて完璧じゃねえから。ほら、俺様が触るとお日様がブラックホールになっから、フェリちゃん頼むわ」
そこでいつものふざけた表情に戻ってケセセっと笑うと、フェリシアーノをうながした。



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