「…痛いん?…堪忍な。…もう親分なんもしてやれる事ないんや……。
…せやけど…もうちょっと頑張ったって。お願いや。
…元気になったら…そうやな、ピクニックでも行こか。
弁当にはアーサーの好きなエンパナーダいっぱい作って…おやつにチュロスもつけたるわ。
それとも町に出て市でも冷やかして歩こか?
…アーサーが好きな紅茶用に新しいカップ買うてもええなぁ…。
親分何でもしたる。どこでも連れてったる。
せやから…頑張ったって。死なんといて。お願いや…」
フェリシアーノと共に止血を終え、瀕死のアーサーを自宅へ連れ帰って半日以上たつ。
アーサーはヒューヒュー苦しげに小さな呼吸を繰り返しながら、時折痛むのか顔をしかめていた。
フェリシアーノが薬草を集めてくれた甲斐あって出血はなんとか止まっているものの、すでに大量の血を失っている事と、恐らく肺などの臓器まで達している傷のため、いつ命が尽きてもおかしくないように思われる。
(ロマーノ…頼むわ…)
と、アントーニョは今頃城まで馬で疾走してくれているはずの元養い子に心の中で語りかける。
双子の乗ってきた馬は国王自慢の駿馬なので、恐らくそろそろ城についている頃だろう。
すぐ話がついたとして早くてあと半日。
間に合ってくれ…と、悲壮な気持ちで祈り続ける。
実は間にあったらどうなるのか、どうして助けられるのかなど、アントーニョは知らない。
それでもそれが唯一の縋ることのできる希望だった。
もしそれがダメなら…
(…一緒にいったるからな…一人でなんて行かさへん)
アントーニョは心の中でつぶやいて、両手で握った自分より一回り小さな白い手に口づけを落とした。
「少し…息が苦しそう。万が一血とか吐いちゃった時のために、横向かせてあげた方がいいかも…喉詰まらせちゃうから…」
フェリシアーノが濡れたタオルをしぼって、アーサーの額に浮かぶ汗を拭きながら言う。
「なんかフェリちゃん、怪我や病気に詳しない?」
それを受けてアーサーの頭だけをそっと横向かせて、アントーニョは視線だけをフェリシアーノに向けた。
自分も決して詳しくないとは言わないが、アントーニョの場合は戦場を渡り歩いて実際に怪我人を多く見たり、自分自身も怪我をして自力で応急処置をしてきた経験によるものだ。
赤ん坊の時に外に逃がされたロマーノと違い、ずっと城の中で王子様暮らしをしてきたフェリシアーノが薬になる野草にまで詳しいのは、不思議と言えば不思議だ。
「あ~俺ね、ギルに教わったの。ギルは元神官見習いで、その手の事いっぱい勉強してたし。俺はいつか城を出る身の上だから」
少し苦い笑みを浮かべるフェリシアーノは、城でみる無邪気な様子と違い妙に大人びて見えた。
「城…出されるん?それとも自分の意志で?」
アントーニョの質問にフェリシアーノは
「う~ん…」
と唇に指をあてて少し考え込んだが、やがて
「両方…かな?」
とにっこり笑う。
「両方?」
「うん。双子だから…できれば権力に近い場所から遠ざかった方がお互いにね、トラブルがないっていうのが公的な理由。でもって…私的な方はね…やりたい事あるんだ。探したい物がある。
だからね、いつか西の国って単位じゃなくてこの島自体を出ようと思ってるから、そのためにね、こっそりギルから医術学んでたの。何もできないんじゃ生きていけないでしょう?」
そう、東西南北の国はそれぞれこの大きな島が4つに分かれて出来た国だ。
この島からはるか遠くに大陸があるとは聞いたことはあるが、外から人が来たという話もきかなければ自身も島の外にまで遠征はしたことがないので、本当かどうかはアントーニョも知らない。
正直日々の生活と島内の戦いだけで手いっぱいで、外にまで興味を向けた事もなかった。
「…島自体かぁ…。スケールでかいなぁ、フェリちゃん」
「そんなことないよ。単に探しものがこの島じゃみつからないだけ。あ、でもこのことはまだみんなには秘密だよ?」
フェリシアーノはシ~と言うように人差し指をたてて片眼をつぶってみせた。
「そろそろ城に着いた頃かな…兄ちゃん」
フェリシアーノはそれ以上は話すつもりはなかったのか、そこでその話題を切り上げて、開け放した窓の外に目をやった。
アントーニョもフェリシアーノが国どころか島を出てまで見つけたい物が何なのか興味がないではなかったが、今はそんな好奇心を満たすより、より切実な問題の解決の方が重要だった。
ロマーノが城を目指してから今までの間に、アーサーはどんどん弱っている。
ちょうど今まで過ごした時間と同じだけの時間持たせる事ができるのか…。
「あかん…弱気になったらあかんな…」
嫌な考えを振り切るように首を横に振るが、目の前に展開する現実は無情だ。
それまで苦しそうではあるが一定の感覚で呼吸を繰り返していたアーサーは急にヒュウッと空気が漏れるような呼吸をしたかと思うと、咳込み始めた。
そして激しく咳き込むと同時に吐き出す息の中に血が混じる。
「いけない、アントーニョ兄ちゃん、逆流しちゃわないように半身おこさせてっ!」
窓辺に佇んでいたフェリシアーノが慌ててタオルを手に戻ってきた。
「アーサーっ、しっかりしぃ!すぐやからっ、もうすぐやさかい、頑張るんやっ!」
もう枯れ果てたと思っていた涙が、再びアントーニョの視界をゆがませる。
半身を起させて自分に持たれさせたアーサーは、苦しさのための無意識なのか、弱弱しくアントーニョのシャツの裾をつかんだ。
アントーニョは片手でアーサーの体を支え、もう片方の手でその手を握り締める。
抱きしめた体から、手から、どんどん力がなくなって行くのを感じて、アントーニョは逆に自分の手に力を込めた。
そうしなければ連れて行かれてしまうような気がした。
シャツを握るアーサーの手から力がどんどん抜けて行く。
もうほとんど指がかろうじてひっかかっている程度で、それも完全に消えてしまうのも時間の問題だ。
とても数時間ももたせるのは不可能なように思われた。
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