「なにも…クリスマスにくれたモンをクリスマスに取り上げる事ないやん。良い思い出やった日に悪い思い出重なったら、良い思い出に浸る事もできんくなるやん。なあ、ネコちゃん、そう思わん?」
戦闘の合間に摂る食事もあえて一般兵と同じ物。
ただ、いつもなら兵に混じって摂る食事は今日に限っては一人離れて摂る。
クリスマスだけあって増える家族の話題を耳にいれたくなくて、昼食のお供はおこぼれに預かろうと寄ってきた人懐っこい茶色の猫だ。
この猫はどこか賢い猫で、アントーニョが分け与える食べ物の代わりと言った感じで、まるでちゃんと言葉を聞いているように黙って耳を傾け、同意を求めると
「にゃ~ん」
と鳴いた。
そのあまりのタイミングの良さにアントーニョは小さく噴出した。
「なんや自分、結構俺と気ぃあうんちゃう?なんならうちに一緒に来るか?」
とさし出した手は、しかし取られる事はなかった。
猫はプイッっとそっぽを向き、今度は遠慮しておきますとでも言うように
「にゃっ」
と声をあげる。
本当にアントーニョの言葉を理解しているかのようだ。
そうして会話をしながら食事を摂っていた一人と一匹だったが、最後、昼食を食べ終わったアントーニョが
「じゃ、そろそろ俺戻らな。」
と立ち上がると、猫は別れでも告げたいかのようにスリっと一度アントーニョの足に頭をすりつけると、タタっと少し離れて振りかえってまた
「にゃ~ん」
と鳴き、今度は振り返ることなく走り去って行った。
気が合ったように見えても所詮猫とは一期一会。
昼食時間の間中、楽しく会話できただけでも上出来で、次に万が一目にする事があったとしても、お互い声をかける事はないだろう…。
そう思っていたのだが、何か特別な縁があったのだろうか。
アントーニョはその猫とのちに再会を果たすことになるのだった。
「あ~、これかぁ…。届けたるの明日でええよな」
誰もいなくなった陣営跡地で、アントーニョは小さなお守り袋を拾って懐にいれた。
それは急いで身支度をして家路に着いた兵士が、慌て過ぎて落としてしまったものだ。
帰宅途中にその事に気づき、探しに戻ると子供が起きている時間に帰れないと嘆いていたのを小耳にはさんだアントーニョが、恐縮しまくる兵士から半ば強引に回収を請け負ったのだ。
どうせ早く帰宅しても待つ人間もいない気軽な身である。
大切な親の形見ということなので、とりあえずあっさり見つかった事にホッとして、さて帰ろうと町の方へと足をむけかけた時、
「にゃ~っ」
と物陰から茶色の塊が飛び出してきた。
「なんや、昼間の猫ちゃんやんか。また会うたな」
笑顔で話しかけるアントーニョの足元にタタっと駆け寄ったその猫は、アントーニョの足をカリカリと軽く前足で掻くと、タタっと離れて振りかえり、また何かを訴えるように
「にゃ~っ」
と鳴いた。
「なしたん?」
アントーニョが少し首をかしげると、猫はまたタタっとアントーニョの足元にかけよって、同じ動作を繰り返して鳴く。
「ついてこいってことかいな?」
さらにそう聞いてみると、猫は
「にゃあっ!」
とひときわ高く鳴いてタタっと駆け出し、時折アントーニョがちゃんとついてきているか確認するように止まって振りかえった。
不思議な猫だが、別に害があるような気はしない。
むしろ…
「なんかええもんでもあるんかいな。サンタの埋め合わせだったりしたら笑うわ~」
と、少し楽しい気分になってくる。
こうして猫と男が走る誰もいなくなった夜の戦場跡は、一面真っ白な雪野原になっていた。
「うあ~、ホワイトクリスマスやん。綺麗やなぁ、猫ちゃん。大事なもんぜ~んぶなくした最悪な日のはずやのに、なんでやろ?楽しい気分になってきたわぁ」
白い息を吐きながら走るアントーニョが言うと、それにこたえるように猫が
「にゃ~ん」
と鳴いた。
しかし浮かれた気分でひたすら猫のあとを追いかけていたアントーニョは、戦場の中央、国境あたりまで来ている事に気づき、少し警戒をし始める。
「猫ちゃん、まだ走るん?そろそろ国境なんやけど…。」
少し歩調を緩めて困ったように声をかけるアントーニョに、猫は
「にゃあ~ん」
と甘えるように擦り寄ると、また走り始めた。
「もう…ここでデレるとかずるいわぁ、猫ちゃん。しゃあないなぁ…」
このしたたかさはメス猫か…などと思いつつ、アントーニョは苦笑してまた走る。
しかし心配はいらなかったようだ。
少し走ったちょうど国境を超えるか超えないかあたりの場所で、猫はピタリととまると、暗闇に向かって
「にゃ~」
と声をあげた。
そしてそれに呼応するように、目の前の猫より細い
「にゃあ~」
と言う鳴き声。
「なん?友達がおるん?」
アントーニョがそう声をかけた時、崩れた建物の影から、ずるずると布が這い出てきた。
「うあっ!」
さすがに驚いたアントーニョが一歩後ずさると、猫は
「にゃ~」
とまた鳴いて、布の端を加えてずるずると引っ張った。
すると布の下から、小さな茶色の子猫が這い出てきて
「にゃっ」
とまた建物の影に戻って行く。
それをぼ~っとみていると、隣で猫がせかすように
「にゃあっ」
とアントーニョを見上げた。
「なん?ついていけってこと?」
「にゃ」
猫にうながされるまま崩れ落ちた建物に足を踏み入れたアントーニョの目にまずうつったのは、真っ白な中に埋もれた金色…そしてそれを彩る赤。
色合いの美しさにまず息をのんで、次の瞬間ハッと我に返る。
「あかんやん!生きとるん?!」
それが血を流している人間だと言う事にきづくと、誰に言うでもなく叫んで駆け寄った。
西の国にはほぼいない光色の髪に真っ白な肌の少年。
崩れ落ちた窓ガラスで後頭部でも切ったのか、金色の髪にまるでリボンのように赤が混じっている。
落ちてきた壁で汚れたらしく背中の部分が少し汚れているものの、質の良さそうな真っ白なシャツは、少年が庶民の子供でない事を容易に連想させた。
「俺をこの子んとこ連れて来たかったん?」
少年の前にしゃがみこんで上着を脱ぐアントーニョの横に寄り添うように座っている猫に声をかけると、猫はなんだか満足そうに
「にゃ~」
と鳴き声をあげる。
「連れてきてくれておおきにな。この子、俺が連れて行くけど、ええんやろ?」
シャツ一枚でさすがに寒そうな少年を自分の上着でくるみ、アントーニョがそう確認を取ると、大小の猫が声を揃えて
「にゃあ」
と了承の意を唱えた。
そしてとりあえずの応急処置を終えてアントーニョが少年を抱き上げると、おそらく親子であろう大小の猫はそれぞれアントーニョの左右の足に頭をすりよせてからアントーニョを見上げ、よろしくとでも言うように、
「にゃあ」
と一声鳴くと、夜の闇へと消えていった。
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