聖夜の贈り物 3章_2

しかし唯一の家族の終わりはロマーノが17歳になった年、去年のクリスマスに訪れる。
夜にはロマーノのお披露目を兼ねた夜会が開かれるため、クリスマスの昼間、最後の二人きりの食事。
その時、絶対宮廷なんて馴染めない、帰りたくないとごねるロマーノに夜会に出るよう説得したのは自分だ。
「会ってダメならうちに戻ってくればええやん。それこそどうしても嫌なら跡取りは双子の弟おるんやし」
深く考えずにそう言って送りだした。
宮廷に戻ってもロマーノとはお互い唯一の家族だ。それは変わらない。
アントーニョは当たり前にそう思っていたが、そんな楽観的な考え方は広間に一歩入った瞬間に崩れ去った。

「兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん!!」
広間に入った瞬間、叫びながらロマーノに飛びついてきたのは、ロマーノよりもやや柔和な面立ちの双子の弟。
「会いたかったよ~。俺、兄ちゃんに会えるのをすっごく楽しみにしてたんだ♪」
可愛い可愛いロマーノに似た顔立ちの弟王子の本当に嬉しそうな邪気のない笑顔。
それを微笑ましそうに見る貴族達。
その可愛らしい弟に案内されて行く先にはこの西の国を強国に押し上げた偉大な王。

手放しで歓迎されて帰還を祝われて、表にはださないもののロマーノが喜んでいる事は、赤ん坊の時から彼を見てきたアントーニョにはよくわかった。
この瞬間ロマーノは自分の家族である前に、現王一家の家族になったのだ。
自分がいないと何もできない弟はもういない。

ここまで影で跡取りを守り育てた功労者として王を始め皆に称えられたものの、それになんの意味があるのだろうか…。
手に入れたはずの唯一の家族、可愛い弟は失われてしまった。
栄誉なんかいらなかった。
勲章も、広大な領地も、正妻の血筋の王族に次ぐ身分も何も要らない。
自分と家族が飢えない程度のささやかな糧と家があればいい。
だから返したって…、たった一人の家族なんや…と言葉にする事も許されず、アントーニョは居た堪れない気持ちで早々にその場を辞した。

それから何回か招かれて城にあがる事はあったが、もちろん別にアントーニョに対するロマーノの態度が変わる事はなかった。
ただ、アントーニョが唯一の家族ではなくなっただけだ。
双子の弟と仲良くじゃれあうのを見るたび、祖父である王にすねたような悪態をつくのをみるたび、ロマーノにはちゃんと家族が他にいるのだ、と思い知らされた気持ちになり、アントーニョは次第に城に足を向けなくなった。

そんなアントーニョを心配してか、ロマーノはたびたび手紙をよこす。
何かを振り切るように渡り歩いては剣をふるう戦場でも何度も手紙を受け取った。
不器用を絵に描いたようなその文章に、一緒にいた頃から素直に表現する事が苦手だった彼の精いっぱいの親愛の情があふれているのは、ずっと彼を育ててきたアントーニョにはもちろん感じられたが、どうしても王都に戻って城に足を向ける気にならない。
しかしそれでも諦めることなく、心配と親愛を詰め込んだ手紙は届けられ続けた。

そしてロマーノが城に帰って一年、王や王妃や弟など身内だけで過ごすから一緒に食事をと言うクリスマスの招待状も、数日前にロマーノがわざわざ自分自身がお忍びで城を抜け出して持ってきたのだ。

もちろんまだロマーノに特別に大切な人間と認識されている事は素直に嬉しかった。
でも“本当の家族”に囲まれたロマーノを見て、“元家族”であった日々を想うのに本当に耐えられなかったアントーニョは東部の戦場に出向く事を理由に断った。

「なんだよ、クリスマスなんだし、お前がわざわざ行く事ねえじゃん」
口をとがらせるロマーノだったが、
「そのクリスマスにまでこの国のために命かけて戦ってくれとる兵がおるんやで。未来の王様がそんな事言うたらあかん。まあ王様一家がこんな日まで戦場におったら、この国危ないんちゃう?って思われかねんけど、王に連なるもんが一人くらい一緒に頑張らな申し訳ないやろ?」
と、飽くまで“元兄”の態度でなだめれば、“アントーニョはそういう人間”と思っているロマーノは他意はないのだと納得してくれる。

「お前って…ホント“そういう奴”だよな。跡取りの育ての親御様なんだし、その気になりゃ摂政にでもなんにでもなってふんぞり返って暮らしていけるってのに、まだ最前線で働くのかよ。まあいいけど、無理すんなよ?」
と呆れと心配を含んだ口調で言いながら、ロマーノは残念そうに城へ帰って行った。

ということで…言ってしまったからにはと東部地区に赴く。
王族用の立派な建物を避けて、あえて借り上げた商人の別荘。
使用人も最低限にしたのは、“弟”を王宮に返して与えられた豪華な環境を思い出したくなかったからだ。
二人が住んでいた王族にしてはささやか過ぎる邸宅に似たその建物に着くと、ついついクリスマス用に一人で食べるには多すぎる量のご馳走の用意を頼んでしまった。
もうロマーノはいないが、こんな家で食べればちょっとあの頃の気分に浸れるかもしれない…ただそんな理由だった。






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