聖夜の贈り物 3章_4

本当にまるで現実離れした夢のような経験だったが、抱き上げた腕の中の重さが、これが夢でない事を証明している。
アントーニョがざっと見た範囲では幸い頭の傷はそう深くはなかったが左腕に割れたガラスが刺さっていて、止血はしたものの、かなり出血していたのでなるべく早くきちんとした処置をした方がいい。


少しでも早く館へ着くように走りたいが、あまり揺らすのもよろしくないだろう。
「すぐちゃんと手当したるさかい、頑張りや」
聞こえてないのを承知で時折声をかけ、アントーニョは速足で夜道を急いだ。

そして西の国の陣営までなんとかたどり着くと、つないであった馬に乗り館へ向かう。

少年は途中一度目を覚ましたようだったが、すぐまた意識を失い、今に至っていた。
その時に聞いたアーサーという名前は西の国にはあまりない名前で、あらためて少年が自国の人間ではない事を確信したが、アントーニョ的にはそれはあまり問題ではなかった。

そもそもあんな非現実的な拾い方をしたわけだから、もしかしたら本当に一人になってしまった自分へのサンタクロースからの埋め合わせなんじゃないかとさえ思えてくる。
「ホント、そうやとええんやけどなぁ…」

最初の家族ロマーノと違い赤ん坊でこそないものの、うでの中の少年はふっくらと柔らかい頬をしていて、一瞬意識を取り戻した時に開いた瞼の下の綺麗な緑の瞳は丸く大きく、全体的にまだ幼い印象を受けた。
体格もまだ華奢で、これはもうふっくらはしてないもののアントーニョより一回りは小さな手は、剣をふるううち固くなる大人の手とは違い、まだ柔らかさが残っている。
このあたりでは大抵15才くらいで戦場にでるから、それより前…12~14才くらいなのではないだろうか…。
どちらにしてもまだ保護の必要な年の子供である事は間違いないように思われた。

「この子…もらったらあかんやろか…」
口にしてみると、もうダメだった。
家に帰ると自分を必要とする家族が自分を待っていた日々の思い出がよみがえる。

「あかんあかん。育ち良さそうな雰囲気あるし、きっとええ家のボンボンやん。こんな可愛ええ子おらんくなったら、親御さんめっちゃ心配しはるわ」
一人馬上で首を横に振ってみるも、一度浮かんだ考えは容易に消える事はない。

「でもうちの国の子ぉやなかったら探しにこれへんし、問題ないんちゃうやろか…。あ~でも余所ん国の有力者の子とかやったら、身代金とか交換条件飲ませる代わりに返せとか言われるんかなぁ…。それやったら家ん中から出さんで誰にも会わせへんかったら、どうやろか…」
と、いつのまにか思考はいかに返さないかという方向に向かっている。
最初はわずかにはあったはずの自分の考えがおかしいと思う気持ちはもう遥か彼方に飛んで行ってしまっていた。

大切なものは手に入れたら他人に奪われないようにしまいこんでおかなければいけない。
ロマーノの時はせっかくサンタが自分にくれたプレゼントをむざむざ自分から手放してしまったのだ。
もう同じ失敗は二度とするまい。

「この子は俺だけの家族になるんや。絶対誰にも渡さへん」
館へ着いた頃にはそう決意が固まってしまっていて、アントーニョは家人の目に触れないように馬を降り、人目につかないよう少年を自室へ運んだ。

一人で血で汚れた衣服を着替えさせ、体をふいてやり、真新しい寝間着に着替えさせる。
移動してくる間に腕の怪我の血も止まっていたのできちんと消毒をして包帯を巻いた。

「これで…とりあえずええかな」
一応戦場生活は長いので切り傷等の手当ては慣れているので良いが、頭などは打っていたら少し怖いなと心配になる。
もしうちどころが悪くて目を覚まさなかったら、死んでしまったら…と思うものの、それでも口止めのきく信頼できる医者以外に見せて取り上げられるのは嫌だった。

もう失ったものを遠目で見るしかないあの胸をしめつけられるような喪失感を味わうのは嫌なのだ。
そのくらいなら完全に失ってしまった方が諦めもつく。
ひどい事を考えている…そんな以前なら当たり前にあった良識は、この1年間の狂おしいほどの家族のぬくもりへの渇望の中でとっくに消え去ってしまったようだ。

「なぁ…自分がもしサンタさんのプレゼントなんやったら目、覚ましたって?そうやないんやったら消えたってや。もう嫌や。俺だけ一人なんは嫌なんや。」
ベッドの上で眠り続ける少年を前に、ずっと自覚もしなかった本音がアントーニョの口から嗚咽とともに吐き出された。



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