生贄の祈りver.普英_7_2

「すごいな、本当に塩辛い!」

舟遊び用の小さめの船の上でアーサーは桶をおろしてすくった海水を少し舐めて目を輝かせた。

「そんな事でそこまで楽しんでもらえるなら、誘った甲斐あるな」

ギルベルトはその様子を見て目を細める。



一度は飛び込んだといってもすぐ気を失ったため、実質アーサーにとっては初めての海だ。

塩辛い水も泳ぐ魚も…船がたてる波しぶきさえ珍しそうにはしゃぐ姿に、ギルベルトならずとも思わず笑顔になる。


「お姫さん、はしゃぎすぎて落っこちるなよ」

とギルが、

「そんな事にならないように俺が見てるから大丈夫だ」

とルートがそれぞれ言うのに、普段はにかみやなアーサーには珍しく

「ありがとう!」

と満面の笑顔を向けた。



「こんなアルトを絶対に不埒な風の親玉の元にはやれないな」
「手放さないわよっ。風の男女なんて返り討ちにしてやるわ」

少し離れてそんな会話を交わすルートとエリザ。


ギルベルトは初めて釣りをするアーサーに餌の付け方を教えてやって、2人で釣り糸を垂らしている。


あらかじめ場所を吟味しただけあって、やがてかかる魚。
アーサー1人では釣りあげられず、ギルベルトが手を貸して釣りあげると、それをエリザがその場で焼いてくれる。

そんな風に食べ物が口に入るまでに調理されるところを見た事のないアーサーにとって、それはとてつもなく新鮮な風景だが、日々戦場を駆けまわっていたギルベルトとエリザは、こうやって食料を現地調達する事も珍しくはなかったらしい。

慣れた手つきで火をおこし、慣れた手つきで魚をさばいていく。

ただ、ルートは出陣も皇太子殿下として数回ほどで、一般兵に混じる事はなかったらしく、そのあたりは経験がなく、少し悔しそうな顔をしているのが、なんだか年相応な感じがして親しみがわいた。


しかしそこでぽつりと頬を打つ雫。

…あ…雨……

とアーサーが気付いた瞬間にはふわりとかけられるルートの上着。
ギルベルトやエリザは魚の調理をしていたため、そこはさすがにルートが一番対応が早い。

「身体を冷やすな」
と、頭からかぶせたマントごと、雨から庇うようにアーサーを抱え込むルートを、後片付けをエリザに任せて寄って来たギルベルトが、アーサーごとふわりと自分のマントで雨よけにするように抱え込んだ。

「陛下…俺は別に濡れても構わない」
と、そこで慌てていうルートに、ギルベルトはケセセっと特徴的な笑い声をあげて
「構わなくねえよ。せっかくアルトが寒くねえようにくっついてんのに、お前が濡れたらアルトが冷たいだろ?」

と言うのはおそらく方便だと思う。
ギルベルトはアーサーを大切にしてくれるのと同様に、ルートの事もとても気遣っている。

そういう風に言われるとルートもそれ以上言えずに、少し困った表情はしたものの、黙って頷いた。



Before <<<    >>> Next 


0 件のコメント :

コメントを投稿