隣のアーサーの部屋から聞こえてくるなごやかな笑い声が別世界の事のようだ。
そのなごやかさに誘われるようにフラフラと部屋の前に立ったギルベルトは、ノックをしてドアを開けた。
「着替え中わりい。ちょぃ急ぎで聞きてえ事あるんだけどいいか?」
そう言葉をかけたギルベルトの声で、ベルと二人の時はリラックスしていたようだったアーサーの表情に少し緊張の色が見える。
子供に好かれるような容姿でも雰囲気でもないのは自覚しているが、しかたない。
クシャクシャっと銀色の髪を片手でかきまざして、ギルベルトは困ったように続けた。
「いきなりこんなおっかなそうな軍人来たら緊張するよな。ごめんな。でもこれも仕事だし、クビになって弟飢えさせるわけにもいかねえんで、ちょぃ協力してくれねえか?」
母親は弟ルッツが生まれてすぐ亡くなり、その後男手ひとつで兄弟二人を育ててくれた、アントーニョの剣の指南役だった父親もギルベルトが15歳の時に亡くなっていて、それからはギルベルトが一家の大黒柱だ。
怖かろうがつらかろうが逃げるわけにはいかない。
「弟…いるのか」
アーサーの興味は意外なところで引けたらしい。
とりあえず慣れてもらうきっかけにでもなれば、と、ギルベルトはうなづいた。
「ああ、確かお姫さんと同じ年だな。13歳になる。親は死んじまったから俺の唯一の家族だ。」
「そっか…普段は家に?」
「ああ。正確には家から士官養成学校だな。俺ん家軍人一家だったから。」
「そうか…偉いな。」
ほわっと笑みを浮かべてそう言われて、ギルベルトは少し嬉しくなる。
「ああ、あいつは偉いぞ。親いなくても、ホントに真面目に立派にやってるんだ。」
ルッツは自慢の弟なんだ、と、ついつい続けるギルベルトに、アーサーは言った。
「ああ、弟も…だけど、ギルベルトが。そんな風に一人でちゃんと弟養って育ててるのが偉いし立派だと思う。」
「え?俺様??」
思ってもみなかった言葉にギルベルトは一瞬呆けて、次の瞬間真っ赤になる。
ふざけて俺様偉い!と言ってみたり、冷ややかにギルちゃんすごいわ~偉い偉いと、心のこもらな言い方をされたりとかは日常茶飯事なわけだが…実はギルベルトは真面目に褒められた事が皆無と言って良い。
ちょ、ちょぃ待て~~!!!
と心の中でワタワタ動揺し、結局頭を抱えてしゃがみこむ。
「えらい愉快な反応ですね、ギルベルトさん」
ベルの言葉に、ギルベルトはそのままの姿勢で言った。
「いや…不意打ちだったから。俺様とした事が動揺した。うん、そんな事言われた事なかったし。」
「さすが不憫の称号もってはるお人ですねぇ」
感心したように言うベル。
そこでアーサーが不思議そうな顔で言った。
「なんでだ?こんな若いのに近衛隊長なんてすごい仕事しながら弟ちゃんと育ててるなんて、ギルベルトはすごいやつじゃないか」
うああああ~~~~。
その言葉に頭を抱えたままギルベルトは文字通り床を転がりまわった。
驚いた顔でそれを見つめるアーサーの肩をベルがポンポンと叩く。
「褒められ慣れてへん方なんよ。そのくらいにしたって?もうギルベルトさんのHP0やわ」
HP0の意味はよくわからないが…褒められ慣れてなくて恥ずかしいと言う気持ちは自分にもよくわかったので、アーサーはうなづいた。
「うん。わかった。ごめんな、ギルベルト。」
と素直にそう言うアーサーの言葉に、ギルベルトはガバっと起きあがる。
そしておもむろにガシっとアーサーの両肩に手をおいた。
「お前は俺様が守ってやるからなっ!いつまでもそのままでいろよっ!」
いきなりの意味脈絡がないギルベルトの反応にアーサーは少々戸惑うが、ベルの
「この人こういう人やさかい、気にせんでええで」
という言葉に、とりあえず、ありがとうと礼だけ言っておく。
「で?ギルベルトさん、なんか聞きたい事あったんやないんですか?」
これ以上脱線する前にと突っ込みを入れるベルに、ギルベルトはようやく祝初称賛からの興奮状態から抜け出した。
「あ~、そうだったっ。お姫さんに聞きたい事があるんだけどなっ」
…もうお姫さんの呼び名は諦めよう…。
たぶん太陽の国の人間はみんなこうなんだ…と、アーサーは心中ため息をついて言葉を待つ。
「風の国って知ってるか?」
ギルベルトの言葉にアーサーはうんざりと思い出す。
「嫌みな男女の国。」
その言葉にギルベルトはさらに聞く。
「フランシス・ボヌフォワに会った事あるのか?」
アーサーはうなづいた。
「昔からよくうちの国に来てて…その都度人の事、眉毛だのちんちくりんだのからかう嫌な奴だった。…手土産の菓子は美味かったけど…」
「お菓子ならうちが美味しいワッフルとかタルトタタンとか焼いたるからっ!そんなんに釣られたらあかんよ!」
とそこでベルが慌てたように言うのに、釣られねーよとアーサーは口をとがらせた。
「散々人の事けなしておいて、なのに大人になったらもらってやるから自分の国に来いとか変な事言う頭おかしいやつだった。菓子だけは美味しかったけど」
「あとで思い切り美味しいの焼いたるさかいなっ!アーサーはうちの弟なんやし、そんな変態のとこ行ったらあかんでっ!!」
ベルにぎゅ~っと抱きしめられて、いかね~よ!とワタワタするアーサー。
「うん…まあ俺様もクーヘン焼いてやるから。味は弟のルッツの保証付きだぞ」
とギルベルトも言う。
まあアーサーの話を聞いた限りでは、フランシスと森の間でアーサーを将来風の国にやる事になっていたと言うのは本当らしい。
が、アーサーの認識としてはそんな密約が結ばれていた事は知らないし、フランシス関しては嫌いというほどのものではないが、いつもからかいにくる変な奴…くらいのものなのだろう。
が、フランシスの方としては、かなり頻繁に訪れていたらしい事を考えると、簡単に諦めるとは思えない。
どちらにしても争う事にはなるだろう。
さて…どう切り出すかなぁ…。
仕事があるからとギルベルトは早々にアーサーの部屋を辞して、風の国への書簡の文面に頭を悩ませた。
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