生贄の祈り 第四章_5

「あ~?あの色魔がかいなっ!」
ギルベルトがエリザに話した事ように風がアーサーの返還を要求してる事を話すと、アントーニョは思い切り不機嫌な声をあげた。

「あんな老若男女なんでも手ぇ出す変態色魔んとこに可愛ええアーサーやるなんてとんでもないわっ!あの子は俺の宝もんやっ。国の半分やる言われても渡さへんわっ。どうしてもしつこいようなら、一戦交えてもええでって言うたり!」
と、アントーニョが
「そうよねっ!ギル、いいから“一昨日来い!変態男女!!”って返してやんなさい!」
と、エリザがそれぞれ言うのに、ギルベルトはため息をついて眉間に手を当てた。

「お前ら…なんでそう喧嘩腰にしかモノ言えねえんだよ…」
NOUKIN二人に囲まれた俺様可哀想…と、つぶやいた瞬間、背中にアントーニョの蹴りが、頭にエリザのフライパンがヒットして、床にキスするギルベルト。
普憫はどこまでも不憫である。

「あのな…一応向こうはそれなりに正当な理由もあって誠意も示してるわけだろ?お前らちょっと落ち着いて対応しろ。」

「「あ~そういう面倒なのはギルにまかせるわっ。ただし渡さない方向でっ!」」
ギルベルトはなんとか立ち直って正論を主張するのに、二人ユニゾンで答えが返ってきた時点で、諦めた。
だめだ、こいつら。書面作りなんてやらせたら即全面戦争だ。
俺様が書面作るしかねぇ…。

「ともかくギルちゃん、必要なら大地の方に手を回し?あそこはうちとの国境沿いの湖の国欲しがっとったやろ?うちの戦闘力ならあそこ落とせるさかい、それ条件にして、参戦してくれとまではせんでもええ、中立保つよう交渉してや。
1対1の戦闘なら風ごときに負けへんから…滅ぼさん程度に可愛がったるわ。」
スっと温度をなくすアントーニョの深い緑の瞳に、ギルベルトは総毛立つ。

しばしば情熱の国と称される太陽の国のトップの情熱は、敵の排除に対しては苛烈なまでに燃え上がる。
そうして排除対象になった国々のたどった悲惨な顛末を何度も目の当たりにしてきた人間としては、自身の身の安全という意味でも従わざるを得ないと思う。

それでも三つ巴という現状を崩すとバランスが崩れて混乱の時代に突入するため、弱めはしても滅ぼさないという計算を脳裏に残した発言をするあたりが、普段NOUKINとからかっている直情型に見えるトップの隠された冷徹さだ。
ただ力押しだけでは小国からトップ3国に割り込むまでのし上がる事は出来ないのだ。

「…わかった。大地の方への書状はすぐ用意させる。」
ギルベルトが言うのに、アントーニョは冷ややかな視線をむけた。

「わかってるやろうけど…アーサーの事は触れんで単に風のイチャモンにむかついたさかいって言うといてや?うちの国は短気で好戦的で通ってるし、それで信じるやろ?」
「…わかった…」
返事をする声が震えてなかっただろうか…と、ギルベルトは少し心配になった。
生まれると同時くらいに剣を握り、物心つく頃には戦略を叩きこまれた生粋の軍人のギルベルトでも用心する相手はいくらでもいる。
しかし恐れる相手は幼馴染にして君主であるこの男だけだ。

身内には情が深く敵には容赦ない。
そう称されるアントーニョにとって幼馴染であるギルベルトは紛れもなく身内だ。
だからギルベルトは安全な位置にいるはずなのだが、それでもたまに一切の熱をなくし氷のように冷たくなる緑の視線が恐ろしくてたまらなくなる瞬間がある。

白か黒か…0か100か…アントーニョの感情は常に二者択一なのだ。
だから…アントーニョにとってより大切な相手と自分が何かあった場合、自分はおそらく容赦なく切り捨てられるだろう。
その時には身内だった時に確かに存在してたはずの情はみじんも残っていないだろうと思う。

その時の目的のためには何もかも切り捨てられる事…それがアントーニョの強みで、この国を再び大国へと伸しあげる事ができた原因の一つでもあるのだが…。

普段は陽気で能天気で単純で…すっかりそんな事は忘れ果ててなごんでいるのだが、こういう瞬間にたまらなく恐ろしくなるのだ。

「風に対しては…ちょいお姫さんに話聞いちゃダメか?」
そして今その生命線ともいえる部分に触れざるを得ない事にギルベルトは緊張して言う。
おそらく今アントーニョの中で最も上の優先順位の子供。
できれば触れたくないが、より確実に状況を好転させるためには情報は不可欠だ。

「どの程度知ってるかとか、姫さん自身の感情とか…情報が多い方がより風に対して有利に動ける」

氷のような視線を向けられて、身震いしたいのをこらえてそう付け加えれば、そうやな…と、アントーニョは少し考え込み、

「しかたない…けど、聞きだし方は考えてや?」
と口元だけ笑みの形を浮かべて言った。

もちろん目は笑ってない。
これならむしろ笑顔じゃない方がマシだ…という言葉は飲みこんで

「わかった。じゃ、これから会ってくる」
と、ギルベルトは逃げるようにアントーニョの部屋を出て行った。




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