生贄の祈り 第四章_3

「お姫さんどうよ?」
廊下に出たエリザを待ち伏せるようにギルベルトがすぐ側の壁にもたれていた。
「うん!めっちゃ可愛い♪あの子の護衛って楽しくなりそう♪」
と弾んだ様子で言うエリザに呆れた目を向けるギルベルト。


「お姫様に仕えるのはナイトって決まってるじゃない♪」
と、主張してアーサーの護衛の役をアントーニョから勝ち取ったエリザがまずしたのは、専用の制服を作る事だ。
もちろん…男の…騎士が着るようなもので、飾りの域を超えた剣まできちんとベルトに下がっている。

「やってみたかったのよねぇ…お姫様をお守りするってやつ♪」
とはしゃぐその様を見ていると、どう見ても趣味と実益…と言いつつ、天秤が趣味の方に大きく傾いている気がする。

「13って言っても小柄で華奢だし、声変りもまだだし、かつらでちょっと太めの眉毛隠せばドレス着せても似合いそうよねぇ。縫ってあげようかなぁ…」
というのは、
「せめて長衣までにしておけっ!」
と慌てて止めた。

昔々まだ少年だった頃に、アントーニョと共にフライパンで脅されて女装させられ、不気味にして無様な姿を晒す事になったのは、ギルベルトの黒歴史だ。

どう見てもそういう風な可愛らしさとは無縁だった自分達でさえそうだったのだ。
あんな可愛らしい風貌の子供を前にしたら止めなければ本当にやりかねない。

まあそんなエリザの事だから、単にどうよ?と聞いたらそういう感想が返ってくる事も想定の範囲内だ。
ギルベルトはしかたなく訂正した。

「お前なぁ…そういう意味じゃなくて…、お姫さんの具合きいてんだけど?」
「ああ、そっちね。意識戻ったからとりあえずトーニョに譲ってあげようかなと…」
エリザは言って少し笑みを浮かべて答える。

そこで
「……トーニョ余裕ありそうか?」
と、ギルベルトは少し考え込みながら言った。
その言葉にエリザは眉をひそめる。

「なに?なんか起こった?」
「いや…起こったっていうか…」
「なによ、はっきり言いなさいよ!」
「……風がお姫さん獲得に動いてる」
「あ~……」

そう言えばアーサーが太陽の国に送られてくる時も妨害してきたのは風の国だった…と、エリザは思い出す。

「どっかのボケ高官のせいで、今お姫さんのこっちに対する信頼が微妙だからなぁ…あそこに暗躍されると嫌なんだよな…心理戦はあそこの十八番だからな……」
ギルベルトは表情を厳しくした。


力の太陽、技の風と、それぞれ語られる両国。

太陽の国が戦闘に長けていて力でつぶすタイプなら、風の国は情報で掻きまわして取り込むタイプだ。
そしてアントーニョが得意な戦闘の時に自らが前に出るように、風の国の王も得意分野では自らが前面に出る。
もちろんそれは武器による戦闘ではない。
…というか、アントーニョと違って戦闘時に自らが出る事は滅多にしない。

風の王、フランシス・ボヌフォアが自ら行うのはその美麗な容姿を最大限に生かした外交だ。

太陽の国はある意味わかりやすい。
戦力である程度の勝敗は予測がつく。

しかし風の国はしばしば美しき王が自ら行う外交によって、圧倒的に不利な状況を覆す事もあり、予測不可能だ。

ギルベルトもエリザも外交のためにフランシスに会った事はあるが、あの美しさはまさに魔性だと思う。

サラサラとした蜂蜜色の髪に海のような深い蒼の瞳。
完璧に整った人形のような顔立ちは、その表情によって天使にも悪魔にも見える。

油断のならない人物…そうわかっていても、あの綺麗な顔で優しげな表情で微笑まれるとほだされそうになるのだ。
 
「実は数日前に密書が届いてて…風が言うには、お姫さんはずっと前から風の国へ送られる事になってたんだと。でも森の方がこっちに傾いて盟約無視してうちの国に送っちまったから、ただでとは言わねえから返して欲しいってよ。」

「それ…いつのこと?」
エリザの言葉に先回りしてギルベルトはこたえた。

「トーニョのお気に入りだからってわけじゃなさそうだぞ。
密書が送られたのはたぶん風がお姫さんの拉致に失敗してすぐくらいだ。
だから…最初は力で取り戻そうとして失敗して、外交でって感じだな。」

「それだけ風にとって森が重要ってこと?」

「いや…お姫さんとの交換条件としてうちの国と接している風の領土の一部と、森の国の他の人質、それに森自体から風が手を引く事まで提示してきてるから、あくまでお姫さん個人を御所望って事らしいぞ」

「それ…すごい破格の条件ね。…まあ渡す気はないけど。」
「だよなぁ…」

始めから途中で強奪など考えないで交渉してきてたら、それだけの条件だったら普通に渡せたのだが、強奪という手段を取る事でアントーニョがあの子と出会ってしまった。
もう渡せるはずもない。

そうなると双方力づくで…となりかねないわけだが…あちらは普通に戦いを仕掛けてくるような真似はしないだろう。

「これ…今のトーニョに言っても平気だと思うか?」
「追いつめる事になるとは思うけど…黙ってるわけにもいかないでしょうね…」
エリザは大きく息を吐き出した。

「とにかく…早急に信頼関係築かないとだわね。ギル、あんたも協力しなさいよ」
「俺そういうの苦手なんだけど…」
「そういう事言ってられる時じゃないでしょ。ベルちゃんにも言っておかないと」
エリザはそこで話を切り上げると、ちょうどアーサーの着替えを取りに行って戻ったベルへと駆け寄った。


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