生贄の祈り 第四章_2

コーヒーを淹れてくると部屋を出て行ったエリザを見送って、アントーニョは再びアーサーに視線を戻した。
自分に背をむけるように眠っている。
今まではずっと仰向けに寝ていた気がするから、そろそろ眠りが浅くなって目を覚ましつつあるのだろうか…と淡い期待を抱きながら、自分の方が椅子を持ってアーサーの顔の向いている方へと移動したアントーニョは、そこでまた固く閉じた瞼の端から涙があふれているのに気づいた。

「堪忍な…」
また罪悪感がアントーニョを襲う。
前もこんな風に眠りながら泣いていたな…と、思い出す。
あれは確かこの子がおそらく初めて恐ろしい経験をしたであろう、風の国の襲撃のあとの馬車の中。

あれから何度も守ってやると言いながら、今回この子を泣かせたのは自分の手まわしの不手際だ。
どうも自分はその手の根回しが苦手だ…というより今まではする必要がなかったので、した事がなく、気が回らない。

完璧にできるようになるまではきっと何度もこうやって涙を流させるのだろう。
それでももうこの子を諦めてやる事はできない。

アントーニョはアーサーの涙を指でぬぐう。
せめて泣かせるたびこうやって自らの手で涙をぬぐおうと決意した。

「ほんま堪忍な。」
そう言って少し身体を乗り出し、いつかしたように目元に口づけを落とした時、ぱちりと開いた瞼。
そして…次の瞬間、ぱ~っとまるで果実が早送りで色づくように赤くそまった頬。

「あ~、良かった!!気がついたん?!」
前回と違ってきちんと意志を持って自分に向けられるペリドットにアントーニョは破顔した。

「な、何したんだよ!!」
一方で唇が触れた目元を押さえて真っ赤になって叫ぶアーサー。
ああ、やっぱり可愛ええなぁ…と、にこにこ笑みが止まらない。

「何て…キス?ああ、でも気付いて良かったわ~~。もし自分にこのままなんかあったら、親分、エルナンの一族郎党皆殺しにせなあかんとこやった。」
「こ、怖い事言うな!!」
「え~、当たり前のことやん。可愛ええアーサーに馬鹿な事しよったんやから。今回は本人だけで勘弁したるけど。」
「本人だけって…何すんだよっ」
「たいしたことないで。ちょっと処刑するだけや」
「たいしたことあるだろ~~!!!」
こんな優しげな笑顔で優しげな口調で処刑という言葉を普通に口にするのが理解できない。

「あのアホがした事考えたらたいしたことやないで。」
アントーニョはそう言うと、ソッとアーサーの上半身を起こさせて、飲んどき、と、薬のグラスを渡した。
アーサーはそれを受け取って素直に中身を飲み干す。

そして空になったグラスをアーサーから受けとってサイドテーブルに置くと、アントーニョは正面からアーサーを見つめ、その頬にそっと手を添えた。

「な、覚えといてな。自分は俺の宝物やから。めっちゃ大切にしたる。
自分のする事なら自分の身が危険になるような事、それから俺から離れて行く事以外は何でも許したるし、俺の出来る範囲の事やったらどんな願いでも叶えたる。
今回は俺が思いつく限り最高の付き人と最高の護衛つけたったんやけど、それで足りへんかったら、言うてくれれば別の奴つけたり人数増やしたりしたってもええ。
やから…なんも心配する事ないし、なんかあったら俺にいい?
俺に言いにくい事やったらベルにでもエリザにでも言ったらええ。
だから絶対に今回みたいに命縮めるような事だけはしたらあかんよ?」

真剣なまなざし…怒ってない事はわかったが、何故そうまで言ってもらえるのかがわからない。
それを口にすると、アントーニョは
「好きやから。それじゃあかん?」
と、当たり前に言う。

うあぁぁ~~~と、アーサーは全身真っ赤になってブランケットを頭からかぶった。
トーニョといいエリザといい、なんで太陽の国の人間はこうなんだ。
向けられ慣れてない好意にいっぱいいっぱいになるアーサーを
「ホンマの事やから。何でもしたるさかい、危ない事だけはしたらあかんで」
と、アントーニョはブランケットの上から抱きしめた。


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