生贄の祈り 第四章_1

気付いた時にはあれほど苦しかった呼吸が楽になっていた…。
柔らかく温かいベッドの感触。
花の良い香り、

身体のだるさはまだあるが、寒気と身体の節々の痛みもなくなっていて、アーサーは不思議に思う。

まだ夢の続きを見ているのか、それとも?
うっすらと目を開けた先には見慣れぬ綺麗な人。男性にしては若干線が細く、薄茶色の髪は長く伸ばして後ろで束ねているが、服装からすると男性のようだ。
「お気づきになりましたか。」
その綺麗な人はニコリと洗練された笑みを浮かべると優雅な動作で膝を折った。

「今回護衛を任せられましたエリザベータ・ヘーデルヴァーリと申します。
エリザとお呼び下さい。」
「…女性…」
名前からするとそうなのだろうとポツリと口にしたアーサーに、エリザはまたニコリと微笑みかけた。
「そう思って頂かなくとも大丈夫ですよ。少なくとも…陛下やこの城の近衛隊長とは幼い頃から共に剣を学び戦場を駆け巡った仲です。」

「…陛下……」
アーサーの脳裏に先日の高官とのやりとりが浮かんで、表情に緊張が走る。
その表情の変化を読み取って、エリザは少しずれたアーサーのブランケットをかけ直しながらアーサーに視線を合わせて少し笑みを浮かべた。

「今回の事では陛下も大変心を痛めておいでです。」
「嘘だ…」
だって怒っているって言った…
「ベルを付けた事で怒ってるから…」
「あれは人事の者の手違いで、手違いを起こした者が勝手に失態を取り戻そうと先走ってしまいまして…申し訳ありませんでした。でもそれを知った陛下は激怒されまして其の者は処分されましたので、ご安心を」

「処分……」
苛烈な国として名高い太陽の国で処分というのはどういう事になるのだろうか…。
その言葉に青くなるアーサー。
その様子に気づいたエリザは小さく微笑んで、ブランケットの隙間からのぞくアーサーの手を取った。

「大丈夫。ひとたび命を受けたからにはあなたの事は何からも…例え相手が陛下であったとしてもお守りいたしますよ、お姫様。」
と恭しくその手に口づける。

思わず赤面して、そういうのは本当のお姫様にやるべきだろうと思うアーサー。
そう言えばトーニョにも姫扱いされたし、苛烈な武闘派の国と言う噂とは裏腹に、この国の人間はみんなこんな感じなのだろうか……。

どう反応を返していいかわからず、言葉もないままただただ赤くなって動揺しているアーサーに、エリザは
「可愛らしい反応ですね。陛下がお目に留められるのもわかります。」
とクスリと笑う。

からかわれているのか…とも思うが、あまりにムキになったらまた笑われそうだ。
結果…アーサーは寝返りをうち、エリザから視線をそらす。
後ろからクスクスと笑い声。
別に嘲っているような嫌な感じのものではないが、やはり恥ずかしい。

「エリザ!俺寝とったん?起こしてやっ!!容態は?!」
その時後方でいきなり聞きなれた声がした。
ドキンと心臓が跳ねる。
エリザの言う事を疑うわけではないが、高官の言う通り本当に怒っていたとしたら…?
…実際対峙した時のアントーニョの反応が怖くて身体が硬直する。

すると後ろからエリザの手が伸びてきて、なだめるようにポンポンと優しく背中を叩かれた。

「熱…また少しあがってきたかな?」
と、エリザの声。
国王に対しての言葉にしてはくだけていて、なるほど本人が言う通り幼馴染だからなのだろう。
そしてその言葉に
「ほんま?」
と言う小さな声が近づいてくる。
しかし続くエリザの
「うそっ」
の言葉に、その声が一気に大きくなった。

「エリザ、いくら自分でも怒るでっ?!それ笑えへんわっ!!」
「ごめん。」
「…ほんまや…。もう寿命縮まるかと思ったやん…。」
は~っと言うため息とともに椅子を引きずってくるような音。

「トーニョ人の倍くらい生きそうだから、それで丁度良さそうだけど…」
「なんでやねん。…まあこの子にやったら、半分やりたいけどなぁ…。」
後ろからエリザの手より大きな手が伸びてきて髪をなでる。
「もう丸2日目ぇ覚ませへんし…自分警護につけたのはええけど、このまま目ぇ覚ませへんかったらどないしよ……」
深い深いため息。
その声音はアーサーのよく知るトーニョのものだった。
いまのところ怒っているとかいう感じはしない。
まあそういう風に感じ取れるようにエリザがわざと聞かせているわけだが、もちろんアーサーは気づかない。

「コーヒーでも入れてくるわね」
ガタっと椅子から立ち上がる音。
ちょっと待ってくれ!と言う事もできずにアーサーは焦る。
何からも守ると言ったのは嘘か?!
今の状態でアントーニョと二人なんて無理だ…。
一度優しくされたその相手にひどく冷たい態度を取られるというのは、元々冷たくされるより怖いしつらい。
アントーニョの手前、そんな文句を言う事もできずエリザが部屋を出て行く音をただ聞いているしかなかった。

パタン…とドアが閉まった音に、なんだか泣きたい気分になった。
というか…泣いてる。
なんだか太陽の国に来てから…いやアントーニョと会ってからかなり涙腺が緩くなった気がする。




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