生贄の祈り 第三章_3

「ちょっと趣味と実益かねてくるわ…」
そんな幼馴染の様子を少し離れたソファで眉根を寄せたまま心配そうに伺っているギルベルトにそう言い置いて、エリザが立ちあがった。
そして止める間もなく、アントーニョの後ろに立つ。

いつもなら例えエリザやギルベルトでも後ろに立たれる事を嫌うアントーニョがなんの反応も示さない様子に、これはかなり参ってるわね…と、エリザはため息をついた。

そしてそのままアントーニョの肩に手を置く。
それでもなんの反応も返さないアントーニョの様子に構わず、エリザは再びサイドテーブルに放置された薬のグラスを手に取ってアントーニョに差し出した。

「簡単に諦めてんじゃないわよ。」
「簡単に…やないやん…。簡単に諦められたらこんな苦しないわ……。」
嗚咽を飲みこんで答えるアントーニョに、
「じゃ、とりあえず薬飲ませなさいよ。」
と、エリザはさらに薬のグラスを押しつける。

「飲ませられるモンならとっくに飲ませてるわっ!意識失っとったら飲ませられへんやん!」
後ろを振り返って怒鳴るアントーニョの剣幕にもまったく臆することなく、エリザは肩をすくめた。

「トーニョがやらないなら、あたしがやってあげてもいいわよ?」
「何を?」

「決まってるじゃない♪く・ち・う・つ・し♪」
パチ~ンとウィンクするエリザに一瞬ポカ~ンとして、次の瞬間、アントーニョはエリザの手からグラスを奪い取った。

「慌てて一度に飲ませたらむせるからね。少しずつゆっくりよ」
というエリザのアドバイスにコクコクうなづくと、アントーニョは薬を口に含む。
そして細心の注意を払いながらゆっくりゆっくり薬を飲ませた。
意識がないのが逆に幸いしたのか、薬は吐き出される事なくアーサーの体内へと飲みこまれて行ったようだ。
全てを移し終えると、アントーニョは、ほ~っとため息をついた。

「こんなんしたの初めてやわ。思いつきもせえへんかった。エリザ、おおきに」
「ううん。お礼はネタでいいから。」
「ネタってなんやねん?」
「詳しくはギルにでも聞いといて」
「ああ、きいとくわ。」

そんな会話を交わしながら、エリザはアントーニョの隣にずるずると椅子を引っ張ってきて腰をかけた。

「うん…確かに可愛い顔してるわ。資料だと13ってなってたけど、もっと幼く見えるわよね。」
エリザは自分のその頃を少し思い出してみた。

エリザの家は軍人家系で、女のエリザの他には子供に恵まれなかった父親の意向で小さい頃から男の子のように育てられたため、エリザは小さい頃は自分も男だと思っていた。
ところが当然第二次性徴が始まった辺りで一緒に育ったギルベルトやアントーニョとは違う自分を自覚して…最終的には軍人の道を諦めたのだが、13の時の自分を振り返ってみても、この子よりは逞しかった気がする。

まあ…当時のエリザは並大抵の男よりは男らしかったというのはあるのだが…。

「ねえトーニョ」
「なん?」
「この子さぁ…あたしが守ってあげよっか?」

「はぁ?」
いきなりのエリザの言葉にアントーニョはまぬけな返事を返す。

「あたしだったらさぁ…今回みたいな事あっても素直に離れないでうるさく言われたらはり倒すくらいの事できるし、怪しい奴きてもはり倒せるし、ギルがうざくてもはり倒せるし…」
「いや、ギルちゃん関係ないやん」
と、そこでさすがに突っ込むアントーニョ。

「うん、でも姫ちゃんの護衛には適役だと思わない?」
確かに女官長などという役職についた今でもエリザが剣の稽古は欠かしていないのは知っている。
ベルのように素直ではなく必要なだけのしたたかさはあって、しかも幼馴染だけあって信頼はできる。
確かに護衛としては理想的と言えなくはないのだが……

「いきなりなんで?」
アントーニョ自身に対する好意と信頼に関しては疑う余地はないわけなのだが…少し悩んで聞くアントーニョに、エリザは少し考え込むように視線だけを上にやる。

「う~ん……しいて言うなら、滾った…から?」
「なんやねん、それは」

「あたしさぁ…結局女一人男しかいない軍に入れないからドロップアウトしたわけなんだけどさ…女仕事してるのに飽きちゃった。」
「飽きんなやっ」
「え~、飽きるわよ?んでね、現役に戻りたいっていうか…。剣腰につけて歩きたいんだけど、軍無理じゃない?だったら姫ちゃんお守りするってのも楽しいかな~って…」
「ふ~ん?」

「だめ?もちろんベルちゃん差し置いてとかじゃなくて、身の回りの世話はベルちゃんでいいし、護衛に徹して被らないようにするから」
今ベルを外せばかなり傷つくだろうという事まで気を回せるくらいにエリザはこう見えて賢い大人だ。
たぶん必要とあれば、アーサーを精神的にも守る事ができるくらいには…

「この子…助かったらな…」
結局アントーニョは信じることにした。

「大丈夫。助かるわよ。じゃ、あとはベルちゃんのフォローね。」
ポンとまた軽くアントーニョの肩を叩いて、エリザは立ちあがった。

「そっちも任せていいん?」
「もちろん♪大船に乗ったつもりでいなさい♪」
「…沈没せんといてな」
との言葉に、少し冗談を言う余裕が出てきたらしいと、エリザは内心ホッとする。

「しないわよっ。どんな嵐が来ても絶対に沈まない大船だからね」
と、また片目をつぶって答えると、そのまま廊下にいるであろうベルを追って、エリザは部屋から出て行った。


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