目の前の少年は綺麗な青い目をしていた。
正門で錆兎を探していた時にはかろうじて目のふちに踏ん張っていた透明な雫が、今は宝石のような青から形成された水晶のように溢れ出て、白い頬を伝ってころんころんと零れ落ちている。
なので視界から来る欲求を強引に断ち切るように、錆兎はポケットに放り込んである普段使いのハンカチとは別に持ち歩いている、清潔に保った白いハンカチをカバンから出して、
──とりあえず泣くなら泣け。泣きやんだら話を聞く。
と、目の前でしゃくりをあげている少年へと差し出した。
──ごめんなっ…さいっ…
と、おそらく自身の理性では止まらないのであろう涙を受け取ったハンカチで拭く少年をみながら錆兎は分析する。
”もうしわけありません”とか”すみません”ではなく”ごめんなさい”という言葉が出てくるあたりで、錆兎が考える自身がそうであった頃の高校生というものよりもだいぶん精神年齢が幼いのだろうと思った。
少なくとも”親にとっての末息子”であり、”姉にとっての弟”であり…そして”教師にとっての生徒”という感じの、保護者と被保護者の関係を出たことのない子どものように見受けられる。
そう考えると、錆兎が昨日答えを出して帰ってきたというのに、いま彼がこうして目の前で泣いているのもなんとなくわかる気がした。
本人がやる気があるなしに関わらず、未経験のことを完璧にこなせる人間というのはごくごく少数である。
彼がそのたぐいの人間であるということはないどころか、昨日語った錆兎にとっての”当たり前の最適解”を彼が出来る以前に、理解できたかすら怪しい。
(…かみ砕いて説明するか……)
拒絶されたと相手が感じてさらに感情的になられれば余計にややこしいことになるだろう。
錆兎はそう判断して、相手が泣いていて話せないうちに、と、話をすることにした。
「暇だから説明しておく。
覚えろとかいうんじゃない。ざっくりと理解すればいい。
まず相手が非合法なレベルの害を与えてくる場合、カナエがいうように権威のある人間にガードさせるというのは一つの手ではあるんだが、カナエが考える権威というのをお前の親族が同様に考えるとは限らない。
簡単に言えば、学校で友達を殴っちゃいけませんって教師が言えばたいていの奴は言うことを聞くが、教師をなめてかかっているやつにはきかないだろう?
でも友達を殴ったら退学ですっていう規則があって、それが守られるとなれば、よほどの阿呆じゃない限り殴らない。
前者は権威のある人間に守らせるということで、後者は法と弁護士のような法を立証するプロに頼むということだ。
で、俺は昨日、後者を勧めて帰ってきたつもりだったんだ。
後者の場合、それが法的に問題があることなら、加害者がうだうだ言っても法に基づいて民事なり刑事なりで処罰できるし、きちんと手順を踏めば相手を確実に排除できる。
親族が資産狙いということなら、弁護士を雇う金くらいは用意できるだろう?」
このくらいでわかっただろうか…と思いながら説明をしたのだが、目の前の少年の反応は錆兎の予想をはるかに超えていた。
悲しそうに泣く少年の口から出たのは
──…錆兎さんみたいになりたい…
という言葉だった。
今の説明で何故そうなる?
理解できなかったのか?
これでも難しかったか?
もう人種が違いすぎてよくわからない。
目を見開いたまま絶句する錆兎を気にしないか、あるいはそれに気づくことなく、彼は貸したハンカチで目ではなく口元に当て、漫画かドラマのヒロインのようにシクシク泣いた。
さて、これでダメならどうするか…
と、ものすごい量が流れていく青い目に吸い込まれそうになって、慌てて目をそらした先には己の手とそれに握られたペットボトル。
とりあえず一息入れるかと、
──ミルクティかストレートティ、どちらがいい?
とそれをかざして見せると、そこは彼も他者に提供される人間のほとんどがそういうように、
──…あ…どちらでも……
と言う。
ああ、こういうことは一般の人間と同じ事を言うんだなと思いつつ、錆兎が
──俺は俺の飲める物を買っているから、お前が好みで選べ。
と、さらにそう付け加えると、
──じゃあミルクティで…
と、錆兎がなんとなくそちらの方が好きそうだなと思った方を選んだ。
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