ペナルティらぶアナザーSBG_23_嵐のあとに_宇髄視点(完)

台風の去ったあとのような気分だった。

実弥が帰ったあと、宇髄はソファに身を沈めて肩の力を抜き、錆兎は

──鮭大根足して、他の料理も出してくるな?

と、笑顔で言うと立ち上がって、義勇のつむじに唇を寄せて小さくリップ音をたてたあと、キッチンへと消えていく。

そして当事者の義勇はきょとんと目をまるくしたまま、

──不死川が殴らずに去るって珍しいな。錆兎に軽蔑されたのがそんなにショックだったのか?

と、もう彼以外誰にも理解できない超解釈を脳内で繰り広げているらしく、それを当たり前のように口にした。

実弥がここにいてそれを聞いていたらまたキレそうだ…と思うものの、幸いにしてこの言葉を聞いているのは義勇本人と宇髄だけである。

だが、何かの拍子で義勇がこのわけのわからない…わけがわからないからこそ実弥を苛々させた考え方をまた彼に披露したなら、揉めるのはわかっているので、あとで錆兎に共有しておこうと、宇髄は心のメモ帳にメモをしておく。


こうして料理の皿をひっくり返される心配がなくなったということで、汁気のあるものや醤油皿を添えた刺身なども食卓に並び始め、3人で舌鼓を打ちつつ堪能した。

義勇も実弥居なくて安心ということなのか、楽し気に飲み食いしつつ、少しばかり酒を過ごしたのか、やがて錆兎の膝を枕にしてコテンと眠ってしまう。

そんな義勇を肴に錆兎は機嫌よく、それでも義勇を乗せて運転して帰るのだからと冷茶を飲んでいた。

──本当に…不死川はわからない男だよなぁ…

ずっと竹刀を握り続けてごつごつとした、ともすれば武骨に見える指先で義勇の髪を梳きながら、錆兎は独り言のように言う。

「俺や宇髄の体面に関してはな…敢えてつぶそうという輩も多くいたから、まあそういうのもなくはないんだろうと思うんだが、義勇に関しては本当にわからん。
好きなら優しくすればいいし、嫌いなら近寄らなければいい。
そこに居るだけで良くも悪くも人目をひいて話題に挙げられてしまう俺やお前と違って、義勇は悪目立ちもしないから、遠ざかれば目につかなくなるだろう?」

実弥がいる頃から繰り返しているその言葉は、本当に錆兎の心の底からの疑問らしい。

──世の中にはな、好きだと恥ずかしくていじめちまうガキがいるんだって。
と言うと、
──そういうのはよく聞くが、それもわからん。
と首をかしげる。

──優しくするよりも自分よりも弱い者をいじめる方が恥ずかしくないか?
本当に本気で不思議だと言う顔でそんなことを言う錆兎に宇髄は吹き出してしまう。

──いや、そうなんだけどな?そうなんだけど、皆が皆お前みてえに賢くはねえってことだ。

そう言いながら、宇髄は膝に義勇の頭が乗っているために動けない錆兎のために冷茶のおかわりを注いでやった。

──無意味に他人に敵対心をあおってもマイナスはあってもプラスにはならんのにな。
と言う錆兎の意見にはまあ賛成だ。

宇髄も敢えて他人の機嫌を取ろうとは思わないが、それでも敢えて他人に敵対心を煽ることはしない。
だが、目の前の旧友はそういうニュートラルなものを超えて、極力他人には親切にしつつ、敵を作らないようにしている気がしていたのだが……

──でも今回の実弥に関しては、お前にしてはずいぶんと手厳しくやってた気がしたけど?

そう、いつもならもう少し不死川の立場を考えつつ逃げ道を残しつつ、義勇に実害がないように立ち回っている気がする。

それを指摘すると、錆兎は冷茶を一口。
そしてグラスを置くと、

──俺にだって感情というものはあるからな。
と短く告げた。

「あ~、そうか。そうだよなぁ…。俺に負けず劣らずなモテ男が恋愛についての重い腰をあげて初めて作った恋人様に関することだもんなぁ…」

などと他人事のように言い放って笑う宇随だが、錆兎は真顔。

「義勇だけじゃない。
宇髄、お前に関しての扱いにも腹が立っていた」
と視線を向けてきた。

──へ?俺?
と宇髄が自分を指さすと、錆兎は頷く。

「無知だったり気が付かなかったりするのを責めるのはどうかとも思うが、相手を尊重して思いやりを持っていたら、今回の諸々をお前に依頼することでお前がどういう立場になるかをもう少し考えられると思う」

と、その口から出てきたのは、まさに今回宇髄自身が実弥を見限ろうと思った理由そのものだった。
あれも実弥を追い詰めるためだけのものではなく、心からの言葉らしい。

「悪気のない男なのはわかる。
が、悪気がないのがイコール悪くないわけではない。
むしろ悪気がある迷惑行為の方が、必要な時には控えられるからまだ害が少ないと思うぞ」

錆兎は男らしく太い眉の眉尻を下げて、困ったように口にした。
その言葉に宇髄は目から鱗が落ちる思いだった。

なるほど。それもそうだ。

「自分にとってそいつと居るのが実害の連続だとしたら、相手を完全に嫌いになる前に離れるのが互いのためだと思う…。
他人は変えられない。
自分が変わるしかないことも多々あるからな」

「お前らしくねえ言葉だけど…それだけにお前がそれ言うと深いわ」
宇髄は苦笑する。

そうだ。実弥はたぶん変わらない。
宇髄がこうあって欲しい、こうあって欲しくないと思ったとしても、実弥は変わらないのだ。

「たとえそれが友人だとしても、相手を自分の理想とする形に変えようとするのは傲慢だ。
希望を言うのは良いが、相手がそれを受け入れられないというなら、いったん引いて距離を取るのが正しいと思う。
相手がそれでもお前と居たいと思うなら自ら変わろうとするだろうし、そうでないなら今はそこまで共に居ない方がいい時期なんだろう。
そうして相手の気が変わってお前の言う事を受け入れようとしてきたら、また付き合えばいい。
もちろん、お前も相手と居たいと思うならな」

「ああ、そうだな。そうするわ」

出会ってから19年間もの間、なんとか良いと思う方に誘導しようとし続けていただけに、ここで見限るのに若干の罪悪感のようなものがないわけではなかったのだが、錆兎のその、互いのため、という言葉に吹っ切れた気分だ。

まあ…錆兎の言葉と違って、実弥が宇髄の言う事を受け入れようと思う日は来ないと思うが…。

悪気はない。
だが、根本的な考え方が違いすぎるのだ。

学区内の誰もが通う公立の学校という枠組みの中では、そういう相手とも知り合う。
なんならその違いも面白いからこそ仲が良くなることは多々ある。
なので考え方が違う事は必ずしも悪い事ではないが、それが善悪の基準となると、やはり難しい。

おそらく錆兎はそのあたりが自分と似ていて、義勇も積極的にそれを主張したりはしないが似ているのだろう。


その後…宇随は実弥と距離を取った。
そして錆兎が紹介してくれた彼の友人達や義勇と居ることが増える。
それを見て実弥の方も近づいてこなくなった。

だが宇髄個人としては友人をやめたわけではない。
実弥はもともと自分が能力がないと判断した相手にはずいぶんとキツイ言い方をする男で、同僚や目下にはずいぶんと恐れられ、また、嫌われていたが、距離を取り始めてからもそのフォローは入れる。

実弥はキツイ言い方はするが、面倒を見てやる気は多分にある男だから頼ってみろと後輩達をうながしたり、言い方を知らないだけで悪気はない男で自分も同じような言い方をされても気にしない人間だからと同期に避けてくれるなと頼んだりもしていた。

そのあたりは今までと一緒。
だが、自分が常に共にあって全面的に尻ぬぐいについて回っていた頃よりも、今はだいぶ楽になった。

全てが穏やかに解決したわけではない。

実弥はいまだすごい目で義勇を見ているし、宇髄の事はそれとわかるほどに避けている。
だが今回のことで宇髄が距離を取ったことで、何か思うところはあったようだ。
視線が痛いだけで義勇にちょっかいをかけには来なくなった。

錆兎の言葉ではないが、今は近くに居ない方がいい時期なだけで、いつかわかりあうとまでは行かなくとも、自分と相手が違う考えを持った違う人間なのだというくらいの認識は持てる日がくるかもしれない。

それが5年後か10年後か…あるいは数十年後かはわからないが…

昔々揉めた相手がいたが、今は和解してめでたしめでたし…となる日が来たらいい…そんなことを思いながら、宇髄は今日も錆兎と彼から紹介された今の時点で価値観が似ている友人達と平和な日を送っているのである。

──完──








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