その後、そのまま案内された和室が驚きの広さで、ついつい畳を数えてみたら20畳あった。
さらに驚くことには、大きめのテーブルの上になんだかすごい料理が乗っている。
綺麗に盛られた前菜やヒラメの昆布締め、野菜の炊き合わせ。
おそらく鴨肉であろう燻製や天ぷら。
塩辛に香の物、あと米はなんだか凝った感じに海苔が巻かれた小さめのおにぎりになっていた。
もうわけがわからない。
ここは飯屋か?料亭か?と問い詰めたくなって叫ぶと、宇髄はおそらくその叫びの正確な意味を理解しているのであろう、爆笑。
錆兎の方は何か明後日の方向に勘違いをしたらしく、
「ああ、不死川は呑みの時は洋食派だったか。
なら、ベーコンでも焼いてくるか。
自家製だから美味いぞ!
ローストビーフなら朝食のパンにはさもうと思ってたから解凍してあるし、あとは…トマトソースとホワイトソースなら作り置きがあるから、パスタかピザならすぐ作れる。
それからチーズはウォッシュ系とハード系、どちらが好みだ?」
と指折り数える。
──だ~か~ら~、ちょっとまてえぇぇ!!!
放置すると本当に今度は洋食の御馳走が並べられそうなので、実弥はそれにストップをかけた。
「ちげえよっ!そういう問題じゃねえっ!!
なんで急に来たのにこんな料理が用意されてんだよっ?!」
もうなんだか驚きが恐怖に勝ってしまった。
ついつい怒鳴ると錆兎はようやく一部理解したらしい。
「あ~…俺の趣味の一つが料理なのと普段から来客が多いから?
日々色々作りおいてるし、冷凍庫には解凍すれば即使える素材やソースが詰まってる。
特に明後日は祝日で休みだから、本当は明日の帰りにでも宇髄を呼ぼうと思って良いヒラメを買って昆布締めにしたりしてたんだ。
あ…不死川、もしアレルギーとかあるなら言っておいてくれ。
除去食も用意できるから」
と、まあ理屈はわかるが現実的なところでは理解できない返答が返ってきた。
──これ…材料費とか割り勘してんのかァ?
──いや?俺の趣味の一環だから俺持ち。と言ってもヒラメ以外はたいしてかかってないぞ?
──…すげえな…。
──そうか?裏庭で家庭菜園もやってるから、多くとれた時は自炊する奴に持たせたりもする程度には素材にあふれているし…。
なんというか…おおらかを通り越してもはや大雑把と言っていいレベルの太っ腹さだと思う。
──金持ち喧嘩せず…ってことかァ…
としみじみ言う実弥に錆兎は不思議そうに首をかしげるが、宇髄は同感らしく
──ま、そういうことだ。とりあえず話は呑みながらしようぜ。
と、用意された座布団の上にどっかりと腰を下ろした。
──で?冨岡はどうしたよ?今日一緒にこっちに帰ってきたんじゃねえのか?
まずは一献と、自分の分だけではなく勝手に錆兎と実弥の分のグラスにも冷酒を注いだ宇髄はそう言ってあたりを見回した。
そういえばそうだ。
と、それまでは緊張で色々気が回らなかった実弥も、その言葉で同様にあたりを見回すが、義勇の姿は見えない。
まさか自分が来るからと隠れている?とさすがに少し避けられている自覚が出てきたので地味に落ち込むが、そうではなかったらしい。
錆兎は苦笑まじりに
──ああ、帰ってきて号泣して泣きつかれて寝てしまったんだ。
と言う。
──号泣?
と首をかしげる宇髄に錆兎は頷いた。
──俺を危険にさらしたと言ってな。まあそれはお前のせいじゃないからとは言っておいたが。
と、その言葉に実弥は青ざめた。
顔面蒼白で黙ってうつむく実弥に宇髄は敢えて声をかけず、詳細を促すように錆兎に視線を戻す。
それに錆兎はまた苦笑。
「なんだか不死川に恨みがあるという輩が、不死川の関係者ということで義勇に危害を加えようとしてきたんで、とりあえず義勇には動画を撮るように言ったうえで、あえて一発殴らせておいた。
でも俺は武道の有段者だからな。
それだけでは正当防衛を主張するには弱いかと思って、刃物を振りかざす相手に敢えてスーツを斬らせておいて、これでまあ…そろそろ正当防衛が認められるだろうと思ったんで、伸しておいた」
淡々と説明する錆兎の言葉に、実弥はそう言えば…と思い出す。
正面から見ていた実弥からすると、ぜんっぜんそんな危険は感じていないのが丸わかりの表情だったが、確か言葉では『これは…少し動けないようにしておかないと、下手すれば殺される案件だな』とか言っていた気がした。
確かに状況からすると確かにそうなのだが、危機を訴える言葉と危機感がない表情に違和感を感じていたのだが、あの言葉は証拠のためだったのか…。
驚く実弥を前に、
──結構再起不能レベルにやったのか?
と、こちらは驚く様子もなく聞く宇髄。
錆兎はそれに
「いや?俺の手でそれをやったら万が一があったらまずいから。
とりあえず手首外しておいた。
その時は痛みで攻撃どころじゃなくなるが折ったわけではないから、きちんと医者に行ってはめてもらえばすぐ治る。
で、大馬鹿で医者に行かなくて何か後に残ったとしても、俺は殴られて刃物で斬りつけられて、自身の安全のために投げたが、脱臼自体は相手が転がった時に手の付き方が悪かったで押し通せるかなと」
と、もうこれも淡々となんてことのない事のように言うのが恐ろしい。
実弥も喧嘩慣れはしているが、あの状況で自身に責任が及ばないように、しかも確実に仕留めるなんて出来ないと思う。
──ってことでな、不死川
と、そこでいきなり錆兎に声をかけられて、実弥は震え上がった。
これ…色恋がどうのどころか、俺、人生が終わったのかァ?!!
とビビりまくったわけなのだが、違ったらしい。
錆兎の口から出てきたのは
──頼みがあるんだが…
と言う言葉だった。
──た、頼み??
もう何がなんだかわからないが、断ったらもう自分は生きてここから出られないんじゃないだろうか…
そんな思いでおそるおそる聞き返すと、錆兎はにっこりと言う。
──ああ、あいつらの身元を知りたい。
なるほど。まあもっともな話だ。
だが、実弥も正直やつらが誰なのか全くわからない。
覚えていない。
それを素直に伝えると、錆兎は少し考えこんで
──SNSで見たと言っていたが、ネット上だけの知り合いか?
とまっすぐ視線を向けてくる。
──あ~フォロワーですらねえんだけど、メッセが来て…
と、実弥は自分のSNSを開いて例のメッセージを錆兎に見せた。
──なるほど。
と、それにさっと目を通した錆兎は、実弥に視線を向けて
──これ…開示請求してもらっていいか?
と聞いてくる。
──開示請求?…してえのは山々だが、すげえ金かかんだよな?
相手の正体は実弥も確かに知りたいが、正直自分にはまだ下に弟妹が大勢いて、その大半が学生だ。
父は家に金を入れないどころか母の働いた金をとりあげて飲み歩いた挙句に借金を作って事故死したろくでなしで、弟妹の生活費や学費の半分以上は実弥の給与でまかなっているのもあって余裕がない。
自分が帰れなくなったりして弟妹を養えないのは困るのだが、かといって要求を飲む金の余裕もないのだと、おそるおそる申し出ると、錆兎は目を丸くして
──不死川、偉いな。自由人かと思ったら真面目な苦労人だったのか。
と感心したように言った後、
「まあ事務手続きにかかるのはせいぜい切手代や裁判所費用など数万程度だし、知りたいのは俺だからそれは俺が出すから気にしないでいいぞ?
単に不死川の所に来たメッセージを関係ない俺が開示請求できんだろう?」
と続けた。
──へ?なんか数十万から下手すると百万単位で金かかるって聞いてたんだがァ…
──ああ、それは弁護士費用な。でも俺が弁護士だから問題ない。
ああ~!!そうだった!!!
──じゃ、そういうことで進めていいな?
──おう。
今回は義勇だったが、人類最強防衛システムが守っているから危害を加えるのは無理だとわかったら、今度は攻撃が弟妹に向けられる可能性だってあるのだ。
もうなんだかわからないが、相手を特定してもらえるなら不死川が拒否する理由はない。
金がかからないというならこちらから頭をさげて頼みたいくらいだ。
そんなことを思っていると、
──よし!そういうわけで、俺側の絶対的な用件は完了だっ!
錆兎は機嫌よくそう言って、綺麗な冷酒用のグラスに注がれた酒を旨そうに飲み干した。
0 件のコメント :
コメントを投稿