錆兎の自宅は広いし会社からも近いので、しばしば皆のたまり場になっていた。
だから誰がいつ来ても大丈夫なように普段からつまみやら料理やらはレンチンしてすぐ出せるように冷凍してある。
そんな周りと自らの習慣に今日ほど感謝した日はない。
いきなり距離を詰めることはできなかったとしても、うちに来れば美味いものが食えるとなれば、宇髄曰く一人暮らしだという義勇もまた何かの折に遊びに来ようと思ってくれるかもしれないし、接触する機会が増えて慣れてくれば、あるいは…という下心は当然ある。
なのでまずは慣れてもらうためにとノンアルから弱い酒、若干強めの酒も取り揃えて、軽いつまみから腹にたまるような料理まで、滅多に出さない祖父のコレクションの良い皿に盛りつけた。
義勇には”ちょっと変わった個室居酒屋のようなつもりで”と言ったが、どちらかというとちょっといい割烹のような雰囲気である。
話があるといった時には少し気持ちが不安定なような雰囲気だったので、ポットとハーブティ各種、それに手製のクッキーや焼き菓子も添えて、ものすごい量になったのでこれを盆でもっていくのはつらいなと思って、ワゴンを出してそこに並べた。
浮かれすぎているな、自分…と、その飲食物の多さに苦笑。
それでも思えば何も退屈しのぎになるものを用意しなかったことに気づいて、あまり義勇を待たせては…と、錆兎は急いで義勇を待たせた居間へと戻る。
さぞや退屈しているのでは?と焦って戻ったわけなのだが、義勇は錆兎が開け放した障子の向こう、祖父が丹精込めて作り上げた庭をキラキラした目でみながら、
──綺麗だな…
などとつぶやいていた。
それに錆兎は感動する。
どこか心細げな容姿や態度も好きなのだが、この空間で退屈することもなく自分も大好きなこの庭を愛でて楽しんでくれるその感性は本当に好ましくもより愛おしく思えた。
これはもう、宇髄には申し訳ないのだが全力で行かせてもらおう…と、錆兎はそう心の中で決意する。
本気で相手に好かれようと思えば、信頼が何より大切だ。
酒で流すよりはまず相手の言いたいことを本腰を入れて聞こう。
錆兎はそう思ってまずは落ち着かない様子の義勇にハーブティを入れて用件を聞いてみる。
そして思った。
これはもう友情より恋情をとっても良い案件だと。
最初、錆兎は当たり障りなく、義勇ともっと交流を持ってみたかったのだと今回の訪問に対して歓迎の意を表明したのだが、それに対して返ってきた義勇の反応が、涙ながらの『…俺……好きって言っても…好きって言ってもらえない人間なのに…?』という言葉で、若干動揺した。
もしかして誰かに『好き』と言って応えてもらえなくて落ち込んでいるのか…そう思うと錆兎自身も落ち込んだが、考えてみれば義勇が他の誰かに失恋したからと言って、錆兎が義勇に失恋するとは限らない。
相手が『否』と言ったなら、むしろ今の義勇はフリーなわけだし、自分が距離を縮めても何も問題はないだろう。
そう思って念のために失恋か何かの話か?と聞いてみると、そうではないらしい。
義勇の話を要約すると、宇髄と飲む約束をして店に行ったら、昔から自分に暴力暴言を繰り返す不死川もなぜかいた。
仕方なしに同席をしたら無理やり罰ゲーム付きのカードゲームをやらされて、その罰ゲームが『誰かに告白をしてOKをもらってくること』だったらしい。
それを聞いて錆兎は内心憤りを覚えた。
罰ゲームで告白なんてする方だけじゃなくてされる方にも嫌がらせじゃないか。
告白をされて自分も付き合いたいと思ってOKを出したら実は罰ゲームだったと言われたら、言われた本人の気持ちをおおいに踏みにじることになるし、下手をすれば罰ゲームをやらされた人間は死ぬほど恨まれる。
そんなことを平気でやらせるような男だったのか、宇髄は…と、自分がずっと親友だと思っていて尊重していた相手にもおおいに失望した。
義勇は全く気付いていないようだが、話の流れからすると宇髄が以前言っていた、義勇にずっと片思いをしている人間というのは不死川のことなのだろう。
今回のことでそれを確信した。
と、同時に、長い付き合いだけに人見知りの義勇が緊張することなく心安らかに過ごせる相手ならと思ってしていた配慮が全く無駄だった、もう遠慮する必要はないだろうと思う。
さらに言うなら義勇はそこで告白してそれに誠実に応えてくれる相手として自分を選んでくれたのだ。
それに応えて何が悪い。
頭の中では色々と感情的なものが渦を巻いていたが、錆兎はそれを表に出さないように気を付けながら、それなら自分はきちんと応えるから自分に好きだと言ってみてくれと言った。
そして義勇の口からたどたどしく紡がれる”好き”の言葉。
それが錆兎が義勇に対して持っている”好き”とは大きく違うのだろうなと思いつつも、錆兎はそれに応えて自分も好きだと口にしたのだった。
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