義勇…と、そう言葉に乗せる時の錆兎の声はなんというかとても優しく甘やかになる。
ああ、この淡々とどちらかと言うと本質が武に偏った男がこんな声で呼ぶのだから、それはそれは特別なのだろう。
「もともと…卜部として異質なのは季武爺の息子達だと俺は思うんだ。
一度だけ会ったことがあったあの弓の名手は線が細く主張をせずに注意深く周りの諸々に気を配るような人だった。
そう、四天王で唯一、あまり争いや戦いを好まず、無用なその手の事柄からはいつもそっと距離をおいている。
うちの爺や碓井、坂田が狩りをして楽しんでいる間、まだ子どもの俺を共に馬に乗せて、木々や鳴く鳥の名やそれにまつわる諸々を教えてくれるような人だった。
しかし弱いというわけではない。
彼がその日に唯一弓矢を向けたのは逃げまどう獣ではなく、ちょうど木になっていた柿に向けてで、木に向けて馬を走らせながら見事に一発で柿の実のすぐ上の細い枝を射て、馬でかけぬけ際に落ちて来た柿を受け止めて俺にくれたんだ。
俺はずっと長い時を生きてその都度刀だけではなく弓の腕も鍛えてきたが、未だに高速移動しながら普通の枝や実ではなくヘタのすぐ上の本当に細い1cmにも満たない枝を射ぬくことは出来たためしがない。
でも最初の人生の時の義勇ものちにそれをやってみせたから、簡単に天の与えた才能と割り切りたくはないが、あれはまさに天賦の才というものだと思っている。
卜部は本当に弓の天才なんだ」
錆兎は自身のことよりもよほど誇らしげにそう語る。
宇髄は二人を見守り続けて来たと言いつつどちらかと言うと錆兎に視線が向いているので、ひたすらに義勇に視線が向いている錆兎視線は興味深い。
「で、話を戻すと、俺はわりあいと遅く到着して、すでに皆半分出来上がっていたんだが、酒が入ると気が大きくなるもので、義勇の父の卜部やその親族が、義勇が臆病で英雄の孫らしくないと声高にけなしていたんだ。
愚かなことだ…と俺はそれに子どもながら思った。
頼光四天王であった祖父達4人が居れば同じように思ったんじゃないだろうか…。
四天王と言われても役割が違えば望まれる能力も当然違う。
義勇が初対面の人間と馴染まなかったのは、後ろで危険を察知してそれを決断を下す渡辺に告げるために常に警戒することが必要とされる卜部の血が濃いからで、特攻して道を切り開く坂田や敵に混じって情報を引き出すこともある碓井と同じであるわけがないのにな。
…ということを子どもだったからそれと共に少しばかりの非難の言葉を足してやや乱暴な言い方で言ったら周りも黙ったわけだが…」
と当時を語る錆兎。
その話は宇髄からも聞いていた。
確か…
『酒の席で年齢や身分による立場の違いも考えずに大勢で上から物を言って相手を委縮させて、まだ未知数の子どもの可能性を潰しかねないことに気づかない大人の方がなさけない』
だったか…。
その通りだとしたら全然乱暴じゃないと思う。
まあ良い大人が齢10歳の少年いそんなことを言われたなら耳に痛い事は確かだが。
「でも澄んだ大きな青い目を潤ませて震えている義勇はめちゃくちゃ可愛くて、大きな声では言えないが大人達が姫坊やと呼んでいたのはなんだか納得してしまった。
まあ…相手を姫だと思うなら全力で労わって守ってやれとは思うが…」
と笑う錆兎の表情はいつもの鬼殺隊の御旗である人格者の顔ではなく、どことなく年相応の少年っぽい。
語る表情でこの時に少年錆兎は義勇に恋したんだなとなんとなく想像できてしまう。
あんなに手に入れようと執着していたのが嘘のように、実弥は上司でも恩人でもない、ただの友人が語る話を微笑ましい思いで聞き続けた。
「…すごく可愛かった。
俺はそれまでは年の割には何でも出来たし適当にやりたいようにやってもなんだか評価されてきたから、ひたすらに気持ちの赴くままに進みながら考える子どもだったんだが、その時にな、初めて立ち止まって考えようと思ったんだ。
半泣きになっているのも可愛かったんだけどどうせならやっぱり笑顔が見たかったし、その笑顔をつくる人間も向ける相手も自分だったら良いなとおもった。
で、今義勇が求めているものはなんだ?って思ったら、自分を攻撃してくる相手から自分をかばってくれる味方だよなって考えて、義勇の傍に行って、大人達をたしなめて…義勇は誰よりも卜部の孫だし俺がお前の前に立ってお前を守るからって伝えたんだ。
それは義勇に対する言葉でもあり、俺自身に対する誓いでもある。
で、それを言った時の義勇のびっくり眼ときたら、もう目が零れ落ちてしまうんじゃないかと心配になるくらいだったが、これも可愛くて…。
もうこんなに可愛い子どもを持てただけで義勇の親は人生勝ち組だろと俺は思ったわけなんだが、義勇の父の卜部の息子はわかってない男でそうは思わなかったらしくてな。
それから会うたび義勇じゃなくて俺が自分の息子だったら良かったのにとかふざけた言葉を繰り返していた。
でもそんな風に親が欲しくないというならもったいなさ過ぎるし欲しい俺が貰ってもいいだろうと思って俺が義勇をしばらく渡辺の家に引き取って共に過ごしたいと申し出たら、義勇の父は喜んで許可してくれたのは幸運だったと思う。
義勇は何も出来なくてもそれはそれで良いと思ってはいたが、俺は本当に便宜上ではなく、義勇は誰よりも卜部の爺さんの血を色濃く継いでいるのもわかっていたし、いずれ俺の背を預けるほどに強くなることもわかっていた。
だから俺の父には予めそれを伝えておいたし、義勇が望むようになってからは弓の稽古も出来る環境を整えておいたんだが、やっぱりすごく強くなって…四天王の筆頭の再来とまで言われ続けた俺が弓では一度も義勇に勝てたことはない」
勝てたことがない…と口にした錆兎はなんだか嬉しそうで、実弥はそれが不思議だった。
自分だったら勝てない事は当たり前だが嬉しくはない。
それが恋人とかならなおさらだ。
強い自分が弱い恋人を守ってやる…それが男として好ましい関係性なんじゃないだろうか…と、そう思ってそれを口にすると、錆兎は
「異性ならそういうこともあるかもしれないが、俺達は同性だしな。
恋人であると同時に相棒で人生を共に歩む片割れだ。
別に強いことが必須ではないが、互いに背を預け合って互いを守っていくことは悪い事ではないと思う。
俺は前に出て攻撃を受けるし、義勇は後ろで広い範囲でモノを見て危険を察知し、俺に伝えたり弓で離れた敵を倒す。
役割が違うだけで互いに互いを守っている。
義勇は繊細だが弱くはないんだ」
と笑った。
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