──俺に弟なんていねえっ!
数刻後、水柱屋敷の居間でそう叫ぶ実弥に、
(うわぁ…前世のアレ覚えててもそれ言っちゃうんだ~)
と呆れる真菰。
そうしててっきり縁を切られたと思っていた元師匠の呼び出しを不思議に思いつつ足を運んだ実弥は、そこに前世以上に鬼と距離を取って欲しいと願っている弟がいて、感情が高ぶるまま叫んだようである。
玄弥の方は前世の記憶があるわけでもなく、今生では親兄弟が亡くなった後に兄に会うのはこれが最初なので、その拒絶の言葉を聞いて動揺している。
しかしそこで前世と違うのは、事情を全て知っていて、二人を共に居させる気満々のある程度の権威のある人間が同席していることだ。
錆兎は真菰に実弥の分も茶を煎れるように言うと、実弥にも座るように指示をする。
そんな錆兎を前に自分が相手の方が目上だと認めた人間には素直な実弥は渋々その指示に従って座った。
そうしてとりあえず少し落ち着いたところで、
──お前の気持ちはなんとなく察するが、その判断は賢明とは言い難いと思うぞ
と、まず錆兎は実弥に向かって声をかけた。
──ああ?何がだよ
と不機嫌な顔を錆兎に向ける実弥に錆兎は苦笑する。
「言いたい事、反論があれば聞く。
だがまず先に用があって呼び出したのは俺なのだから、先に俺の要件を含めた意見を聞け。
そして全てを聞いた上でまだ言いたいことがあるのなら、話を聞き終えた後に言え。
それまでは口を出そうとしたら真菰に殴らせる。
それでいいな?」
その錆兎の言葉に真菰は湯呑を実弥の前に置いた後、ぶんぶんと腕を回し始める。
普通ならとんでもない暴論と言うところかもしれないが、実弥は鱗滝組のこういう脳筋なところがわりあいと気に入っているので、それに素直にうなずいた。
一方でこういうやり取りになれない玄弥はやや驚いて動揺しているようではあるが、それには特に触れずに錆兎は話を進める。
「まず…鬼殺隊の隊士にならなかったら鬼の危険にさらされないかと言うとそうではない。
身を守る術、あるいは身を守ってくれる相手がなければ、鬼に出会えばなすすべもなく死ぬ。
それは鬼殺隊の隊士の多くが経験していることだ。
隊士になるか、ならないで内部で働くか、どちらを選ぶかはおいておいて、後者を選べば鬼の脅威を熟知している鬼殺隊に守られることになる。
はっきり言えば市井で無防備に身をさらしているよりは、それこそ柱屋敷の使用人でもしている方が鬼の脅威から身を守るという意味で言えば安全だと思うぞ?
それでなくともお前は少し悪目立ちをしてしまっているところがあるから、一部恨みを持って危害を加えられればなどと良くないことを考える奴もいる。
そして…俺が少し調べただけで玄弥がお前の弟だということはわかったからな?
お前はある程度鍛えたからお前には手を出せないとしても、その親族ならと思う人間が出てこないとも限らない。
そういう害が玄弥に及ばないようにするには、柱屋敷など、しっかりした場所で保護をした方が良いと思う。
正直…俺も色々思うところがある出来事はあったものの、お前は一度は自分が色々面倒を見た弟子のような人間だからな。
出来ればあまり良くないことに巻き込まれたりして欲しくはない。
…ということで、風柱屋敷にというなら匡近は受け入れてくれると思うし、世論の方は俺がなんとかする。
兄弟でどこかの柱屋敷に身を置くという形を取った方がいい。
お前は兄としては良い兄だったらしいから、弟に対する兄としての態度を見ていれば、他の気も和らいで評価もまた戻るかもしれないし、大切な身内が居るということは、自身の行動に対する戒めにもなる。
俺も元は短慮な性格ではあるのだが、俺の短慮による評価が真菰や義勇、はては鱗滝先生に影響するかもと思えば身を慎もうと思って今があるからな。
もしいまさら風柱屋敷には居にくいということなら、水柱屋敷で引き受けてもいい。
即答えを出すのが無理という事なら、時間はやる。
とりあえず行き先が決まるまでは玄弥は水柱屋敷で預かっておくから、自分と言うより玄弥にとってどうするのが一番良いと思うかをゆっくり考えてみろ」
──錆兎…俺を見限ったんじゃなかったのかよォ……
錆兎がいったん言葉を終えると、そこまで本当に静かにその言葉を聞いていた実弥は少し目を潤ませて唇を尖らせた。
それに錆兎はふと笑う。
「言っただろう?俺は親しい相手順に気遣いをしていく人間だ。
だから義勇の害になると思えばお前を遠ざけはするが、悪影響のない状態で居るならば、関わりのない人間よりはお前を優先して動くぞ?」
(あ~…もうこれはマジ落ちるな。俺が不死川だったとしても落ちる自信あるわ)
と秘かに笑う宇髄とそれに肩をすくめる真菰の目の前で、実弥はいよいよ泣いた。
──匡近に挨拶に行くわ。で、許可が取れたら玄弥を連れに来る
嗚咽交じりに言う実弥に、錆兎は
──お前が風柱屋敷に戻るなら匡近の方をここに呼ぼう。その方が早い
と言った後、少し間をおいて
──実はそれとは別に…無理にとは言わないがお前に頼みたいことがある。
と言葉を添えた。
──…頼み?
とそこで実弥はまだ涙で濡れた顔を錆兎に向ける。
「ああ。もちろんそれは今回の事とは全く別の次元の事で、今回動くための条件とかではなく、断ってくれてもいい。
ただ…お前にしかできないことで、それを引き受けてもらえれば俺がすごく助かるし、なんならたぶんお館様も助かるようなことなんだ。
だが全く危険がないとは言い切れないから、守る人間も出来た事だし断ってくれても本当に構わない」
実弥は自分がずっと敵わないと思っていた相手が自分に頼み事……しかもそれを受ければ相手がとても助かるとまで言われて断る男ではなかった。
むしろ自分が目上と認めた相手が自分を頼ってくれたことに歓喜する。
──何を水臭えこと言ってんだァ!俺がお前の頼み断るわけねえだろォ!!
と実弥はいきなり元気になって言い切った。
そう言ってくるのは錆兎もわかっている。
なんならこの流れで実弥が断るわけがないのは、この場に居る全員がわかっていた。
(…頼み事の内容聞かないで引き受けちゃうあたりが実弥だよねぇ…)
と言う真菰に笑いながら頷く宇髄。
(まあでも…これでいくつかの難題はクリアだな)
と言いつつ、軍師二人はすでにこれからの計画について相談し始めた。
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