無惨戦で気を失っていた時には亡くした家族が居て、母と一緒に地獄に行こうとしたら、父親に追い返された。
それでも緊張しながら生真面目に布団の中でジッとしていると、いきなり拳骨が降ってきた。
…え?とそれにさすがに固く閉じていた目を開けると、少年期を抜けかけた…でも大人にしてはまだ少しばかり小さめの拳。
しかし今は握られているその手は開けば固く、タコがたくさんできていることを、実弥は知っていた。
粂野匡近…実弥を自分の師範とつないでくれて、鬼殺隊に入るきっかけをくれた恩人であり兄弟子である。
…でも…でも匡近はとっくのとうに死んだはず……
そう思ってはみるものの、夢にしては落とされた拳骨の感触はリアルだった、
──お前なぁ…確かに選別は夕方からだが、移動時間もあるし、心の準備とか最後の修練とか、色々することもあるんじゃないか?
と、混乱して固まっていると投げかけられる言葉に、実弥はさらに混乱した。
最終…選…別??
ガバっと起き上がると、そこは遥か昔に過ごした師範の家だった。
目の前に居るのは同じく昔死んだはずの兄弟子で、しかも記憶している最後の頃の姿よりずいぶんと若い。
少年の頃の匡近だ。
かくいう実弥だってなんだか体が頼りない。
当時は特に体格が悪いとかは思わなかったが、ついさっきまで大人をやっていた身からすると、まだ14歳の自分はずいぶんと頼りない体格な気がする。
というか、それはそうとしてこれはなんなんだろうか…。
匡近に早く早くと急かされて布団から出て着替えて茶の間に向かうが、光景に覚えはあっても事情がわからない。
「ほんと、実弥は危機感ないよねぇ。
まあ緊張しすぎないのは良い事だけど、危機感は持ちなね」
と、茶の間では、当時すでに隊士として働いていた匡近が、それでも普段は過ごしていた屋敷の主、実弥の師範が割烹着を着て、片手に茶碗、片手にしゃもじを持って苦笑していた。
いつでも飄々と…それこそそこらじゅうを気ままに吹く風のようなこの師範は、確か実弥が選別を超えて最初の任務に行って戻ってきたら、
【…とりあえず任務こなしたってことは、もう給与も出るし生活もできる一人前の隊士だよね。
ということで、師範として拾っちゃった責任はもうおしまい。
俺は稼ぐだけ稼いだし、今後は可愛い女の子でもひっかけて楽しく生きていくから、お前達はこれからがんばれ~】
などと言うふざけた手紙一つを残して、風のように消えていた。
そんな師範の行動に関しては、元々軽いふざけた態度を崩さない人だったから、まああいつらしいなと実弥も諦める。
そしてその後はご丁寧に家も売り払われていたため、風柱になってお館様から屋敷を頂戴するまでは、行く先々の藤の家でお世話になる生活になった。
が、今、久々にその人を前にして実弥は気づいてしまう。
実弥が弟子になった頃にはもうあった、師範の頬に浮かぶ風車のような痣…。
本人はオシャレで入れた入れ墨なのだと言っていたが、そうじゃない。
今ならわかる。
これは実弥達にも出た、寿命と引き換えに力を発揮する例の痣だ。
そう考えれば、なんのかんので、全くの素人の実弥に2年ほどで風の呼吸を全て叩き込む程度には優れた育て手であった彼が、実弥を最後に弟子を取らなかったのも、手離れしてすぐ姿を消したのも、おそらく痣の寿命で亡くなるのを弟子達に見せないためだったのだろう。
…最後までふざけやがってっ!看取るくれえはしてやったのにっ!!恩を着せ逃げかよォ!!
察してしまえば胸が詰まる思いでそんなことを思うが、そんな事情を今ここで暴露しても口が達者な師範には丸め込まれるのがオチだ。
とりあえずそれでも彼は実弥が無事に選別を突破して任務をこなすのを見届けてから消えるくらいには弟子達の行く末を心配していたのだろうし、その想いに応えて自立した姿をみせてやるのが一番だろうと、実弥は痣についての言及は控えることにした。
それよりなにより、優先して考えなければならないことはいくらでもある。
しかしまずは一番目の前にあることをかたづけようと思う。
そう、朝飯だ。
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