……こ…も……まこも…真菰っ?
近くで錆兎の声がして、頬がぺちぺちと軽く叩かれた。
──錆兎、うるさいっ!聞こえてるっ!!
と、パシ~ン!!とその頬を張り倒し返した。
いや…錆兎は別に自分の頬を張ったとさえ言えず、軽く触れるくらいだったのだが…まあ男女の力の差という事にしておこう。
時に無骨で乱暴に見えるところもあったが、錆兎は師範の元に来る前、実家に居る頃から剣術家の実家で鍛えていたこともあって強者が弱者に手をあげてはならないと厳しくしつけられていて、特に女子どもには寛大だ。
案の定、
──なんだ、岩を斬った瞬間にぼ~っとして反応がないから心配したぞ
と、おそらくひりつく頬を押さえながらもやり返すどころか責めることもなく、ただそう言って、同意を求めるように師範を振り返った。
視線を向けられて師範は苦笑。
面の下に隠れてはいるがその表情は気配でわかる。
鱗滝さん強火担の真菰にはわかるのであるっ。
苦笑と言えども笑顔。
師範はその素敵な顔に笑みを浮かべながら、
──岩を斬れたと言ってもまだようやく入口に辿り着いたところだぞ。気を抜くんじゃない。
と言う。
ああ、懐かしい。
死後、霊になっても見つめ続けてきたが、こうやって自分に向けられた笑顔は久々だ。
値千金、世界の至宝だと言い切れる!
守りたい!この笑顔!!
そう強く思った瞬間、真菰は決めた。
これが夢まぼろしだろうと本当の現実だろうとどうでもいい。
自分は鱗滝さんの笑顔を守るためにこれからの時間を費やすのだ!!
…というわけで、何かが振り切れた時点で真菰はさらに考える。
前世?ではこのあと一人で選別に臨んで死んだわけなのだが、今生はどうするべきだろうか…。
少なくとも自分はもうあの手鬼の煽りに平静を失って後れをとるなんてことはないわけなのだが、今の筋力ではまだ、倒すまでは難しい。
そうなると、自分が生き残っても錆兎と義勇の時に二人がやられる可能性が高い。
ふむ……と、真菰は二本指を鼻と口に当てる考える時の癖になっているポーズを取りながら思案した。
2人を死なせるのは論外だ。
鱗滝さんが悲しむ。
もちろん真菰もだが…。
そしてそれを別にして、どうせ人生をやり直すなら、鱗滝さんの弟子総出で優れ者ともてはやされるくらいにはなって、さすが元水柱鱗滝左近次!剣術だけではなく育て手としても一流だ!と世間に言わしめるところまでやりたい。
それには自分だけではなく二人が必要だ。
というか、前世でも錆兎は手鬼以外の藤襲山の鬼を全て斬り捨てた猛者なので、刀の劣化と感情面の未熟さに気を付ければ、手鬼など余裕で斬れる。
他は7日間逃げまどうだけなのに、鱗滝左近次の弟子はあっぱれなことに全ての鬼を斬って捨てたと言わせたい。
そう、鱗滝左近次は育て手としても天才なのだとこの世に知らしめるために、錆兎には鬼を全て斬り捨ててもらわねばならない。
そうして最速で柱に昇りつめさせて、『すべては鱗滝先生のおかげです』と言わせなければっ!!
そのために自分は全力で補助してやらねばならないので、最終選別は今もう大岩はとっくに斬る事が出来ているが13の誕生日が来るのを待っている錆兎を待って、来年で。
もちろん義勇も一緒にだ。
あとはそう。
錆兎が死ななければ義勇はおそらく愛らしい少年のままだろうがあそこまでは強くはならないだろう。
だから前世のように強さは期待しない代わりに他人に疎まれることもなく、『鱗滝左近次が育てた子どもは人柄も良く愛らしい』と、こちらは可愛らしさで名声を勝ち取るのが良いと思う。
そうしてその、適正によって素晴らしい育成をする天才育て手としても有名になった先生が、いつかお亡くなりになる時には、その優れ者として知られた弟子たちが勢ぞろいしてお見送りをし、弟子だけでなく多くの人々に惜しまれて幸せな人生を閉じる…
そんな未来を作るため、自分はこうしてまき戻ったのだ!
と、もう何の迷いも疑いもなく、真菰は思って、その実現を固く固く胸に誓った。
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