ファン皆_ 第四回_ピクニック当日後半

草花を観賞しつつ散策を堪能したあと、二人が昼食の場所に選んだのは開けた芝生の上だった。
芝生の向こうには休憩をしたり、それこそそこで昼食をとれる東屋やベンチもあるのだが、ピクニックの食事と言えばやっぱり芝生に敷物を敷いて広げる弁当だろう。

ということで、錆兎はバッグの中からレジャーシートを出して芝生の上に広げると、そこに義勇を座らせたうえで、せっせと昼食の支度を整えていった。


──…うっわぁ……
次々並べられるランチのすごさに目を瞠って感嘆のため息をつく義勇。

すると、
──久々に本気出してみた
と、義勇に向けられる、とんでもなく美しく…しかし少し圧のある笑顔。
義勇が一ファンだったら嬌声を挙げそうなくらいにカッコいい。

そのイケメン俳優である錆兎の笑顔が素晴らしいのはもちろんとして、その目の前に繰り広げられた弁当の数々は、人気料理番組に長く出演している錆兎が言うだけあって、美味しそうなだけじゃなく、見た目も美しい。
容器こそ小さくたためるようにと使い捨ての物だが、中身は本当にすごかった。

ご飯はハート型で、上に桜でんぶを乗せてピンク色にした可愛らしいものだし、おにぎりには海苔でキツネやらネコやらが描いてある。

「…猫…オレンジ色…」
「ああ、デコフリという様々な色のふりかけがあるんだ。
少し華やかな色合いにしたい時には便利でいい」
と、弁当界隈の事にも何故か詳しいらしい錆兎から、義勇が知らなかった世界のことを教えてもらった。

星の形の芋に花の形の人参のグラッセ。
ウィンナーはウサギとひよこの形で、卵焼きもハート型。
さらにはなんとカメの形の酢漬けのキュウリまで入っていて、小さな動物園みたいで本当にびっくりだ。

小さな一口大のハンバーグには小さなウズラ卵の目玉焼きが乗っていて、まるでハンバーグのミニチュアみたいで可愛らしいし、そんなオカズ達が崩れないようにか、ところどころに挟んであるブロッコリーはまるで動物たちを彩る草木のようだ。

唐揚げも当然入っていて、それ自体の形は普通だが味は普通のとカレー味の二種類あって、可愛らしいピックが刺してある。

そしてピックと言えば、枝豆が一粒一粒ピックに刺してあって、それを指摘すると、

──外で食べる時は莢が邪魔だし、量を食べるわけじゃないから食べやすい方がいいだろう?
と返って来て、こんな細かなところまで気遣いが行き届いていることに、義勇は感心した。

しかも用意されていたランチはこれで終わらない。

──まあ、このあたりは定番のおかずだが…
と言いつつ、カバンの中からまだ出てくる。

定番?
これが定番なのか?!
と、その言葉に義勇はびっくりだ。

この時点で義勇が学校行事で経験した数少ない弁当持参の時に施設で持たされた、普通の白米に冷凍食品を詰め込んだような弁当とは全く違う。

こんなに綺麗な弁当なんて見たことがない。
なのにまだ何かあるのか?!

と、そんなことを思って居ると、取り出されたのはスープジャー。
そして中から出てきたのはすごく食欲をそそる匂いの綺麗な濃い赤紫色の何か。

「ちょうど良い頬肉があったから、『牛頬肉の赤ワイン煮』を作ってみたんだ」
と、これも当たり前のように言う錆兎に、もう義勇はポカ~ンだ。

これは…違う。
これはお弁当なんかじゃない。
レストランで食べる高級料理だ。
義勇なんてあの映画で錆兎の相手役に選ばれなければ、一生食べられなかった高級料理のたぐいだ、

首をぶんぶん横に振りながら、そう主張してみると、錆兎は、
「義勇は面白い事を言うな。別にこれも普通に家庭料理だぞ?」
なんて、ハハッと笑って言う。

家庭?どこの家庭で普段こんなすごい料理が出てくるんだ!
と言いたい。
めちゃくちゃ言いたい。

しかし錆兎は
「肉は頬肉が手に入らなければ普通にカレーで使うような脛肉で良いし、あとは300円くらいの安いワインとトマト缶、コンソメキューブと小麦粉、塩、玉ねぎくらいあれば普通に簡単にできるから。
あとは今回は味付けに蜂蜜を使ったが、別に砂糖でも良いしな」
と、何でもない事のように言う。

嘘だ、絶対に“簡単に”じゃない。
と思いつつも、もう口論する余裕もないほど良い匂いに、義勇の腹がぐぅと鳴る。

それを合図に料理を並べ終わった錆兎は、
──じゃあ、実食だっ
と、紙の取り皿を取り出した。



味は美味しい。
間違いなく素晴らしく美味しい。

だが、美味しいのと綺麗な見ため以外に義勇が感心したのは、赤ワイン煮とハート形のご飯以外は全て、フォークでプスっと刺せば簡単に食べられることだ。

色々なおかずが全て一口サイズに整っているので、フォークに刺して一口で食べてしまえば不器用な義勇でも零すことなく食べられる。

嬉しくなってそれを報告すると、錆兎は自分が食べるついでに義勇の取り皿に色々入れてくれながら、

「遊ぶ目的で行って、外で食う食事だからな。
食う手間と片付ける手間、それを極力かけないようにするのも、楽しいピクニックのランチのポイントだ」
と言う。

なるほど。
ピクニックのお弁当はなかなか奥が深いものだったんだっ。
と、義勇は目から鱗が落ちる思いだった。

そうして楽しい昼食の時間。
落とす心配も零す心配もない数々のおかずを前に、義勇はついに野望を達成させることにした。

そう、いつもは食べにくい物は錆兎が口に放り込んでくれるのだが、たまには義勇だって錆兎に食べさせたいのだ。
でも不器用な自分だと錆兎の口に届く前に落としてしまう可能性が高い。
だが、今回のこれなら大丈夫だし、やってみたい。

でも器用な錆兎にはその必要はないだろうし、嫌がるだろうか…と、思いながら
──あの…錆兎、お願いがあるんだけど…
と、おそるおそる切り出す義勇。

──ん?なんだ?何かとるか?
──そうじゃなくて…
──…?
──俺が…
──義勇が?
──錆兎に……
──俺に?
──料理を…食べさせて見たい…
──…??…料理を作ってみたいってことか?…それなら帰ったら…
──そうじゃなくてっ!!
──……??
──俺が錆兎におかずを食べさせて見たいんだっ!あ~んって!
──……っっ!!

錆兎が無言で片手で顔を覆ってうつむいた。
何か堪えるように赤くなってわずかに身を震わせている。

…これは…怒らせたか?
と、不安になった義勇が慌てて
──ごめんっ!嫌ならっ…
と口にした言葉は
──嫌じゃないっ!ぜんっぜん嫌じゃないっ!!
というわずかに大きくなる錆兎の言葉に遮られた。

「…唐突だったから…ちょっと驚いて動揺しただけだ。
……驚くようなこと滅多にないから…」
と、少し声のトーンを下げて言う錆兎に、義勇は

「そっか、そうだよねっ。
錆兎はすごい男だから色々が予測済みだし、想定外の事なんてそんなに起きないよねっ。
確かにびっくりしてるとこなんてあまり見たことがないしっ」
と、なるほど!と納得してキラキラした目を錆兎に向ける。

そして…
──じゃ、あ~んしていい?
と、コクンと小首をかしげて聞いた。

そんな無邪気なお願いを錆兎が否と言えるわけがない。
いや、言う気もないのだが……


──あ~ん
と口元に差し出されたのは唐揚げだったが、緊張しすぎて何を食べているのかもわからず、錆兎がそれを認識したのはのちに過去の画像を見た時だった…というのも良い思い出である。








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