ファン皆_ 第四回_ピクニック当日前半

ということで、服もランチもその他の持ち物も全て完璧に揃って出発だ。

都市近郊の大きな公園。
咲き誇る花々も鑑賞できるし、遊具のある広場もある。
もちろん、持参のランチを食べることのできる芝生も。

今日は電車なのでリュックは邪魔になるし、かといって義勇と手をつなげないのも寂しいのでカバンは大きな肩掛けのカバン。

そこにはランチボックスはもちろん、お茶や敷物、手などを拭くウェットティッシュや汗を掻いた時用のボディシートなど、細々したものがみんな入っている。

おやつも手作りの物とは別に駄菓子も持ってきた。
2人で1人300円までと決めて、駄菓子屋に行って結構真剣に選んだ物だ。

何故そうなったかと言えば、気合を入れてクッキーや一口パイを焼いてみたものの、義勇が
「小学生の頃…俺は友達とか居なかったから出来なかったんだけど、遠足のお菓子とか買いに駄菓子屋に行った時、クラスの子が居て、自分ひとりで食べる用と交換する用のお菓子を買ってたんだ」
なんて言っているのを聞いてしまった。
そんな事を知ったら、駄菓子を買わないと言う選択肢はない。

もちろん、義勇が小学生の頃にやり損ねた、友達とお菓子を交換という経験をさせてやるために、錆兎も自分用の物とは別に、二つ以上入った交換用のお菓子を買った。

そして駅を降りて目の前にある公園内をわくわくした目でつないだ手を揺らしながら歩く義勇が可愛いな、などと思いながら、錆兎も一緒に手を揺らす。


まずは散歩道を歩いて花を見て、それから芝生でお弁当を食べて、アスレチックに…ということで、遊歩道の方へと足を向けかけた時、ちょっとしたアクシデントが起きる。

──若様っ!若様でしょっ!僕ね、おじいちゃんの孫なんだよっ!
と、聞こえて来た子ども特有の高い声。
振り向くと幼稚園児くらいの小さな子どもがニコニコと笑っている。

おじいちゃんの孫と言われても…と言いたいところだが、相手は子どもだ。
ガッカリするような返事をしてはいけない。

そう思ったのか、錆兎はいったん義勇の手を放して、しゃがんで子どもに視線を合わせると、にこにこと笑顔で聞いた。

「そうか。今日はもしかしてお祖父さんと遊びに来ているのか?
俺もご老人の知り合いが多いから、お祖父さんだけだとどのご老人かわからないし、お祖父さんの名前を教えてもらっていいか?」
とあるいは迷子かもしれないと保護者を確認する目的なのだろうが、子どもにはそう思わせないようにという気遣いのあるその聞き方に、義勇は(さすが錆兎だっ)と感心する。

案の定、子どもは今自分が一人なことに不安を感じた様子もなく、
──うん!おじいちゃんと来たんだっ
とコックンと音がしそうなくらい大きく頷くと、
「おじいちゃんはね、横山幸雄って言うのっ。
昔ね、若様にお仕えしてたんだって言って、いっつも一緒に『若様天下御免』見てるよっ」
と続けた。

義勇は、うわ~…と正直思う。
これは…どっちなんだろう。
引退したスタッフさんか、単に孫にちょっとホラを吹いてみたか…。

スタッフさんだとしても、マネージャーとかメイクさんとか、直接やりとりのある人以外は、まだ芸歴が浅い義勇だって覚えてはいない。
ましてや錆兎なんて赤ちゃんの頃から芸能界の仕事をしているんだし、一人一人覚えているわけがないんじゃないだろうか…。

でもここで知らないとか言ったらお祖父さんと孫の関係がとても微妙なことになるだろうし、何より子どもががっかりする。
どう対処するんだろう?と他人事ながらハラハラして見守っていると、少し離れたところから、お祖父さんらしき老人が慌てて走ってきた。

「こらっ!裕也っ!ご迷惑をおかけするんじゃないっ!」
と、子どもの腕をとる老人。

その彼を錆兎は子どもの前にしゃがんだまま見上げると、
「ああ、横山さんのお孫さんでしたか。
その節はお世話になりました」
と笑顔で頭を下げた。

その言葉を聞いて、
「おじいちゃんすごいねっ!本当に若様の家来だったんだねっ!」
と誇らしげに笑う子ども。

「そうだぞ。おじいちゃんはすごく優秀な人だったんだ」
と頷いて見せる錆兎に、老人は

「いやいや、単なる一カメラマンにすぎませんでしたし…。
まさか認識していてくださったとは…」
と恐縮して見せた。

大人達の思惑が錯綜する中、子どもはフリーダムだ。

祖父が言っていたことが本当だったのが嬉しかったのか、
──ねえ、今日はなんで着物じゃないの?刀は?
などと、本当に困るようなことを、まるで旧知の仲のように錆兎に話しかけてくる。

うわああ~~というような焦った顔の祖父。
だが錆兎は動じない。

それどころか、少し声を潜めて
──今は秘密の仕事で変装中なんだ。いつもの格好だと目立つだろう?
などと言うではないか。

すごいな、芸歴が長いとこんな機転が利くようになるのか…と、ひたすら感心する義勇。

子どもはたいてい秘密…という言葉が大好きだ。

この少年も目をキラキラさせて、
──秘密なんだねっ。わかったっ!僕、若様がここに居るってこと内緒にするねっ
と嬉しそうに頷く。

それに錆兎も頷いて、
「ありがとう!さすが横山さんのお孫さんだなっ!
そうだ、お礼にこれをあげよう」
と、カバンについていた時代劇『若様天下御免』の若様が持っている、表に紀州葵、裏に狐の模様が描かれている印籠の小さなレプリカを渡してやった。
そうして大喜びの子どもと恐縮する祖父に手を振って、錆兎はまたゆったりと歩き出した。


2人の姿が見えなくなると、義勇は堰を切ったように錆兎に問いをぶつける。

──錆兎って…一緒に仕事した人全員覚えてるのっ?!
──いや?それはいくらなんでも無理だろう?
──じゃあさっきのお祖父さんは?!覚えてなかったのに覚えてるって言ったの?

確かに本当の事を言うのもなんなのだが、錆兎が嘘をつくとは思っていなかったので、単純に驚いたのだが、錆兎はちょっと困ったように笑う。

「そうだな。確かに嘘は良くない。
だが、本当の事を言う方が好ましくない場面も時にはある。
サンタクロースが居るか居ないかの話みたいなものだな。
自分に実害のない範囲の事なら、敢えて子どもの夢を壊す真実を話す必要はないと思うし、それであのご老人と子どもの関係が良いまま保たれるなら、まあいいんじゃないかと思った。
そもそもが、俺の身元は『若様天下御免』の御三家の若様じゃないしな。
今回は時代劇だからそんなにそういう勘違いをしてくる子どもは居ないと思うが、ヒーロー番組のヒーロー役の俳優が子ども達にあれはフィクションであって、自分はそのヒーローじゃないとか言わないだろう?」

「確かに!杏寿郎は子ども番組が多いから、そのヒーローが好きな子どもに他の番組の役について聞かれたら『あれは世を忍ぶ仮の姿なんだっ』で通してるって言ってたし…」

「ああ、そうだなっ。
杏寿郎は年齢層が低い子どもが見る番組が多いからそのあたりは大変そうだな」
「うん。錆兎以上に嘘というものと遠い感じがするよね、杏寿郎は」
「公明正大な正義の味方しか演らないからな、あいつは。
俺はまだ探偵のシリーズとか持ってるし…。
宇髄なんかはもうキャラ自体うさん臭さで売ってるから(笑)」
と、笑いながら言った後、錆兎は少し真面目な顔で

「そういう意味だと実弥は偉いぞ。
年齢層が上がるとファンも居るけど、基本悪役だからな。
嫌われたり、暴言吐かれたり、なんならチビ達から砂くらいぶつけられても、夢を壊すからって悪役ムーブし続けてるからな。
あいつが実は一番優しい」
と強面の同僚についても言及した。

確かに実弥は見た目も物腰も怖いが、なんのかんので態度は優しいと思う。
思うのだが、義勇は錆兎の、実弥が実は一番優しいという言葉に納得がいかない。

「確かに実弥は見た目に寄らず優しいが…それはギャップがあるから余計にそう思うんじゃないか?
一番優しいのは錆兎だと思う!」

そう、良いことに関しての一番は絶対に錆兎だ!ということは義勇の中では譲れない不文律で、それを主張してみると、錆兎はちょっと目を丸くして、それから苦笑。

そして言う。

「万人にという意味な?実弥が優しいって言うのは。
俺は他人に親切にするのは親の躾の結果と習慣であって、優しさではない。
感情的な優しさと言う意味では俺の優しさは全て義勇のためにあるから、そりゃあ全部ひとりに向けられているものと比べたら、実弥がどれだけ優しい気持ちを持っていようと敵うわけないだろう?」

自然に止まってしまう義勇の足。
人気イケメン俳優の笑顔も言葉もプライスレスだ…と、義勇はぽか~んとその場に立ちすくんだ。

これ、錆兎にこの顔でこの声でこの言葉を言ってもらえるなんて、もう一生分の運を使い果たしてしまったんじゃないだろうか…と義勇は真剣に思う。
全財産はたいても良いから今の義勇と代わりたいという人は絶対に少なくはないはずだ。

──義勇?どうした?
と、こんなとんでもないセリフを吐いておいて、なんでもないことのようにふるまう錆兎はどうかしている。
彼はもっと自分の魅力とその威力というものを自覚するべきだ。

「俺は今、世界中の女性陣を敵に回したと思うぞ?」
と、色々思った結果、義勇がそれだけを口にすれば、錆兎はまた不思議そうに…でもなんでもないことのように、

「そうなのか?
よくはわからんが、心の底から安心しろ。世界中がお前の敵に回っても俺が守るから」
と、とどめを刺して来た。







2 件のコメント :

  1. お久しぶりの誤変換報告です、、(⁠・⁠–⁠・⁠;⁠)⁠ゞ枝豆の莢が刀の鞘に…お暇な時にご確認ください🙏因みに家では安い赤ワイン🍷は主に染色に使うモノと成り果ててます(⁠●⁠´⁠⌓⁠`⁠●⁠)

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    1. お久しぶりです😁
      普段刀の話ばかり書いてるから、まず鞘が出てきちゃうんですねw
      たぶん出てくるのはこっちじゃなくて後半の話かな?
      後半の方で修正させて頂きました😀

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