──貞子ちゃんみたいに女子力高くてよく気がつく良い子が錆兎には似合うのかもね
『鱗滝先輩は何でも出来てカッコよくて完璧な人だから、その隣に居るのが似合う女子になろうと思うと大変そうですよね』
と言った貞子の言葉に、冨岡義勇からそう返ってきた時は、貞子は内心ガッツポーズを決めた。
カップケーキを渡してから数日後。
結局、『何か不快にさせていたらと思うと心配で』と貞子に言われれば、トラック前に飛び出した一件もあるので突き放すのは勇気がいる。
少なくとも冨岡義勇にはそんな度胸はないようだった。
恒例の早朝のお茶会の再開は、昼休みに中等部にカップケーキのお礼を言いに来た時に、翌朝からと告げられた。
そうして再開したお茶会では毎回手作りのクッキーを持参する。
もちろんさりげなくプレッシャーをかけるためだ。
案の定、冨岡義勇は美味しい焼き菓子を、それはそれは美味しそうに頬張りながら、それでも時折ため息をつき始める。
貞子はそれに追い打ちをかけるように
「先輩、何かありました?
もしかして鱗滝先輩の事?
あんな完璧な彼氏だと、隣に立つ彼女もそれなりの女子であることを求められそうだし、やっぱり色々大変なこともあるんですか?」
と、暗に能力がない女子だと鱗滝先輩に相応しくないと思わせるように話を持って行く。
──うん…そうだねぇ…
と冨岡義勇はそれに小さくため息をついたあと、冒頭のようにつぶやいて、貞子を秘かに歓喜させた。
そう、そうなのっ!だからあなたから別れを切り出しなさいよ!
と内心思いつつも、もちろんそんな本音はおくびにも出さず、
「そんなことないですよ~。
私、大家族の長女なので、家事歴とかは長くて、他の人の面倒とかも見慣れてるんですけど、ほら、お母さん臭いっていうか…。
自分で言うのもなんですけど、良い奥さん、良い母親にはなるかもしれないけど、彼女としてはなんていうか所帯じみてて…。
すぐ下の妹なんかすごくオシャレで今どきで、男子が彼女にって言うと、ああいう子の方が良いんだろうなぁって思いますもん」
と、顔の前で両手を振って否定した。
でも貞子は思っている。
鱗滝先輩はそういう今どきの彼女を求めるタイプではない。
なまじ顔が広くて面倒見が良くて、面倒を見なければいけない後輩達がたくさんいるので、一緒に面倒をみるのが苦じゃないタイプの方が助かるだろうし、似合いだと思う。
そういう意味でも冨岡義勇よりも自分の方が絶対に先輩に似合っている。
貞子の方が似合いかも…という冨岡義勇の言葉を一見否定しつつも実は肯定してさらなるプレッシャーをかける貞子に、冨岡義勇が
「錆兎は外見より内面を重視する人だし、今どきっぽい彼女が欲しいわけじゃないから…やっぱり貞子ちゃんみたいに気遣いできて家事とかも得意な方が良いんだと思う」
と少し眉尻を下げたあたりで、貞子はよっしゃー!!と心の中でガッツポーズを決めたわけだが、続く言葉は貞子の予想とは違う言葉だった。
──だからね、私も貞子ちゃんを見習って料理とか頑張ろうかと思ってっ!!
は?はああぁぁ?!!
普段うっとおしいほど後ろ向きな女なのに、何故そこで前向きになる?!!
「え?えっ??でもっ、あまり向いてない無理はしない方が良いですよ?
冨岡先輩は今のままの冨岡先輩が良いって言う人もいっぱいいるでしょうし…」
焦った貞子はとりあえず今の自分に合った別の人を見つけた方が…と暗に告げたのだが、それに冨岡義勇は何を勘違いしたのか
「うん!錆兎はね、今のままで良いって言ってくれるけど、やっぱり支えられるだけじゃなくて錆兎を支えられるように努力はしなくちゃねっ」
と、なんだかめちゃくちゃ前向きな言葉が返ってきて、頭が痛くなってきた。
「…やっぱりね、出来る限りの努力をしても一緒に居たいんだ。
貞子ちゃんみたいな家事と気遣いの達人にまではなれないかもしれないけど、頑張るねっ」
そう言われて、貞子はしばらく唖然として固まったが、それでもそれで諦められるようなものではないっ。
能力的に足りなくても能力をあげる努力をするからというならもう、絶対に一緒に居られないレベルの何かを作るしかない。
絶対に…絶対に、絶対に、冨岡義勇を排除して鱗滝先輩の彼女になってやるっ!!
貞子はすぐにそう切り替えて、そちらの方向での計画を考え始めた。
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