彼女が彼に恋した時_7_後編

もう義勇にも何がなんだかよくわからない。
不死川はキレているし、前日の甘露寺さんへの諸々で今不死川への評価が駄々下がり中の伊黒君もキレ気味だ。

それでも鱗滝君が
「とりあえず話は宇髄が来てからな?」
と言うのに二人とも堪えているが一触即発な空気である。

そして…そんな空気に耐えかねたのか、お菓子を出し始める甘露寺さん。
それを義勇にも勧めてくれた。

さらになぜかつられたように
「部活前に腹が減るから持ってきたんだっ」
と、間食にしては随分たくさんの大福を出して甘露寺さんの菓子と取り換えっこをする煉獄君は、それを義勇にも一つ分けてくれた。
そうして3人揃ってひたすら食べる。

それを見て鱗滝君が
「じゃあ俺も…腹の足しになる系ではないが、集中が切れた時ようの糖分補給に持ち歩いているんだ」
と小さな丸い干菓子をくれたので義勇も煉獄君と甘露寺さんにもらった菓子を勧めるが、
「ありがとう。でも俺はまた進行役をするから、気持ちだけ」
と少し残念そうに言うので、
「じゃあ大福は無理だけど、甘露寺さんのは個別包装だから後で食べるように半分こね」
といそいそとハンカチに半分包んだら、
「じゃあ追加っ」
と甘露寺さんがざらざらっと菓子を追加してくれた。

そんな間も険しい顔の不死川と伊黒君。

幸いと言うかあいにくというか、まだ帰っていなくて呼び出された宇髄君は、その和やかと険しさが入り混じった空間に、複雑な表情をしてみせた。


「いきなりですまないな。
なんだか色々誤解が起きているようで揉めてるんだ。
俺達は同じ班だし不死川が一人で孤立するのもどうかと思うから呼び出させてもらったんだが、宇髄、今時間大丈夫か?」

「…すまないのは錆兎じゃないよね…。錆兎は何も悪くない…」
モグモグと頬張っていたものをごっくんと飲み込んで言う義勇に
「てめえが言うなァ!!」
と怒鳴る不死川。

そのやりとりになんとなく色々を察したのだろう。
「毒食らわば皿までたぁよく言ったもんだよなぁ」
と大きく息を吐きだしてくしゃりと頭を掻きながら、宇髄君はそれでも鱗滝君に提示された席についた。

「ということで話し合いを始めたいと思うんだが…」
と全員が揃ったところで鱗滝君はそう言いつつ、
「だが俺も状況を全く把握していない。
誰に何を聞くかなんだが…」
と珍しく困った顔をする。

しかしそこで村田君が
「あ、俺、知ってるかも!
あれだよね?今朝の手紙のことだよね?」
と手を挙げた。

「手紙?」
と眉を寄せる鱗滝君と、村田君の言葉で義勇を睨む不死川。

しかし義勇はそれに
「誰にも見せるなと表書きに書いてあったから見せてはいない。
ただ教室で読んだら誰かには見られるから人のいない所で読むのに4階に続く踊り場で読もうと思って、一人じゃ怖いから村田君についてきてもらって、待っててもらったんだ」
と言う。

その言葉に伊黒君が何か言おうと口を開きかけたところで、宇髄君が先にそれを遮るように
「不死川、お前、何やってんだよっ!
昨日冨岡には構わないって約束しただろうよっ!」
と言う。

おそらく伊黒君が言えばもっと過激な言い方になるだろうところをかばうためだろう。
言わんとする内容はおそらく同じだと思われる。

それに不死川は
「近づかねえ、話しかけねえって約束だったから、手紙にしたんだよっ」
とドヤアっとした顔で言って、宇髄君の頭を抱えさせた。


「まあ…接触を禁じるというのがどこまで含むかの相談は後にして…とりあえず話を先に進めよう。
不死川、今回お前が放課後に義勇に話しかけたのは、その手紙の内容の問題ということでいいか?」
困った顔でなんだか色々悩みながらも、鱗滝君がそう進めると、不死川は大きく頷いた。

「まあもう冨岡も行動起こしてるから内容は鱗滝も知ってるんだろうし、言うけどな、鱗滝が冨岡とつきあってんのって、Wデートしたい甘露寺が冨岡にも彼氏を作りたいってことで伊黒に頼んで、伊黒がお前に頼んだからだろォ?
で、それなら特に好きでもねえ奴とつきあうより、つきあいてえって言う俺と付き合った方が冨岡にとってもいいんじゃねえか?ってことで、俺が付き合ってやるから礼を言って別れてこいって話だったんだ。
で、別れて来たっていうから、ま、俺がつきあうってことで、もう話しかけるなとか近づくなってのは終わりだなって思って声かけたらこれだ。
わけわかんねえ」

「はぁ??」
普段は口に物を入れたまま話すなんてはしたない真似は絶対にしない義勇だが、これはさすがに声をあげた。

ありえないっ!鱗滝君と別れて不死川とつきあうなんて絶対にありえない!!
そう言うために叫び声をあげたあと必死にモグモグと咀嚼して飲み込もうとしている義勇にソッと自分のタンブラーのお茶を飲ませてくれる甘露寺さん。
このあたりは身についたお姉ちゃんスキルのなせるわざだ。

そこで普段は他人を慮ったりしない伊黒君が甘露寺さんの意を汲んで、代わりに
「それはありえんっ!
錆兎と別れて不死川と付き合うなんて物好きはこの世のどこにも存在するわけがないっ!」
と、まさに義勇が言いたかったことを言いきってくれる。
義勇はむせかえりながらも、その伊黒君の素晴らしい発言に拍手をしておいた。

しかし不死川はそんな日が東から昇って西に落ちるくらいの当たり前のことをわからないらしい。

「でも冨岡自身が俺に別れてきたって言ったんだァ!!」
とありえない発言をした。

そこでようやく口の中の物を飲み込み終わった義勇は訂正する。

「手紙の内容、全然違う。
不死川の手紙は錆兎に私と付き合ってくれるように言ってくれた伊黒君に礼を言えというものだった。
で、私は不死川の指摘通りだと思って、伊黒君に礼を言いに行って、一応、不死川にも指摘してくれたことに対して、『ちゃんとお礼言ってきた。指摘してくれてありがとう』とは言ったけど?
何故それが錆兎と別れて不死川と付き合うという話になっているのか全くわからない」

視線を向けられた伊黒君は
「確かに冨岡に礼を言われたぞ。
まあ俺が錆兎と冨岡が付き合ったら良いと思っていたのは事実だが、何かする前に二人が付き合い始めたから実際は何もしていないから、礼の必要はないと答えたが…」
と義勇の言葉が本当であると頷いて見せる。

それぞれの発言に全員が脳内はてなマークだ。

「ちょっと確認しよう」
とそうしていても仕方ないと鱗滝君が軽く手をあげて言った。

「義勇、その手紙、今持ってるか?」
と聞いた彼に義勇が頷くと、鱗滝君は今度は不死川にむかって、
「不死川、申し訳ないんだが…もう内容を言ってしまっているのなら、現物を確認させてもらってはダメだろうか?
文章の認識に食い違いがある気がする」
と聞く。

「ま、まあ構わねえけどよォ…」
と不死川の許可が出たので、鱗滝君は義勇の手から不死川の手紙を受け取って目を通した。

そして、
「なるほど…」
と、それを宇髄君に渡す。

その後、宇髄君から伊黒君へ、伊黒君から村田君へ、村田君から煉獄君へ、煉獄君から甘露寺さんへ…そして最後に義勇の手に戻った。

はぁ…とため息が誰からともなく漏れる。
まず口を開いたのは村田君だった。

「あのさ、前提として冨岡さんは表書きを見て文字通り、手紙を見せなきゃ良いって認識だったのもあって、俺が結局それなに?って聞いた時に内容は教えてくれたのね。
あ、もちろんちゃんと見せちゃだめって言うのは守ってて、飽くまで彼女から見たその手紙の内容ね。
それが『不死川からで、錆兎が自分ととつきあってくれたのは、伊黒が錆兎に頼んでくれたからで、伊黒にちゃんとお礼を言っておくべきだし、お礼を言うのにつきあってやるって言われた』って認識だったのね。
でもってたぶんこの手紙で不死川は錆兎は冨岡さんに彼氏を作りたいという伊黒に頼まれて冨岡さんとつきあっているんだから、それなら自分が彼氏になる=つきあうから、錆兎に彼氏役はみつかったからということで今までありがとうって礼を言って別れろって言ってるんだと思うんだ。
つまり…不死川は礼を言う相手は錆兎で、礼を言う理由は彼氏の居ない冨岡さんに彼氏を作るために付き合ってくれたことというつもりだったんだけど、冨岡さんの理解は礼を言う相手は伊黒で、理由は錆兎と付き合うのに協力してくれたから…と思ってたってことかなと俺は理解したんだけど…そんな感じ?」

不死川と義勇、双方の顔を見てそう言う村田君に、二人は揃ってうんうんと頷いて見せる。

「じゃ、誤解が解けたとこで、俺と…」
と、そこで言いかけた不死川の言葉は、義勇の
「ありえないっ!絶対にありえない!」
という言葉で遮られた。

「この世で一番カッコよくて優しくて素敵な錆兎と付き合えたのに、自分から別れるなんてこと絶対にない!
もし錆兎が私のこと特別に好きじゃないなら、好きになってもらえるように努力する!
それとは別に、不死川と付き合うって言うのもありえない。
いつ殴られるか怒鳴られるかを気にしながらのデートなんて絶対に嫌だし、そのくらいならずっと彼氏いなくて生涯独身でたまに姉さんや蜜璃ちゃんと遊ぶくらいでいい」

午後いっぱい、許されて付き合っているつもりで居たところからのきっぱりとした拒絶に不死川も動揺したらしい。

「ふざけんなっ!!殴らねえし怒鳴らねえって言ってんだろうがァ!!!」
と思わず立ち上がったところで、伊黒君に
「今まさに怒鳴ってるな。
声が大きければ正しいとでも思っているのか?
それとも威圧すればいう事が通るとでも思っているのか?
そもそもが…これまでの態度を考えれば貴様が本当に冨岡を想っているとは思えない。
断られる前提で偽りの告白をして、振られたと言って甘露寺に慰めてもらおうという魂胆だな」
と、ネチネチとトドメを刺される。

そして不死川の怒りの視線が伊黒君に向いて、昨日の争いが再燃するかと緊張が走ったところで、
「あ~、申し訳ないが、俺もちょっと話させてもらっていいか?
なんだか誤解をされているようだから…」
と、鱗滝君が小さく手を挙げて言った。

今までずっと冷静に進行役を務めていた鱗滝君のいうことだからか、そこでみんな口を閉じて彼の言葉を待つ。

そして鱗滝君がちょっと困ったように言った。

「俺が義勇と付き合っているのは、当たり前なんだが義勇の事を好きだからなんだが…。
付き合うことになってWデートをしたいという話を小芭内からされたが、少なくとも付き合う前に義勇と付き合わないか?と打診されたことはない。
何故不死川が俺が義勇とつきあっているのは小芭内に言われたからだと思っているのは謎なんだが、誰かがそんなデマを流してたのか?
そもそも俺が義勇に好意を持っているというのは、以前不死川とのやりとりで話したと思うし、好きな理由もその時に話したと記憶しているんだが?」

──ああ~!!そう言えばっ!!!
と他のクラスでそれを聞いていない宇髄君以外の全員がその時のことを思いだした。

顔に出る者でない者様々だが、少なくとも不死川の顔色が変わったところで、思い出して欲しいあたりは思い出したと判断したのだろう。

「…ということで、俺は自分から義勇と別れるつもりはないし、義勇もそうだと言ってくれるから、義勇が一人になるならという気遣いは無用だ。
そういうことで、誤解は全て解けたということでいいか?」
と、最後にそう言ってこの場を納めようとする鱗滝君だが、不死川はそれに対してどういう思いでか、何も答えず無言で席を立って教室を出て行った。

「…今どういう心境なのかはわからないが、俺はそれほど不死川と親しくないし、立場的にもあまり顔をみたくないだろうから、宇髄、不死川のメンタルのフォローは任せていいだろうか?」
と、鱗滝君に言われて、宇髄君は少し困った顔をしながらも
「まあ…しかたねえよな」
とそれを了承する。

それを見送って一部ため息。

「あ~…杏寿郎、俺にもそれ一つくれ。疲れた…」
と、鱗滝君が本当に疲れたように言って手を伸ばすと、そこに大福を一つ乗っける煉獄君。

そんな鱗滝君に伊黒君が
「よくあれにキレなかったな。
お前の忍耐にはいつも驚かされる」
と感心したようにいって、これも良ければ…と、甘露寺さんからもらった菓子をそっと鱗滝君の前に置いた。

それに礼を言いつつ、
「感情を爆発させるのは俺の仕事じゃないからな」
と苦笑する鱗滝君に、
「そうだな。君が止めなければ収拾がつかなくなる」
と朗らかに笑う煉獄君。

「?」
とそこで会話に微妙についていけずに首をかしげる義勇に気づいた鱗滝君は
「俺達は幼馴染なんだ。
俺の爺さんが杏寿郎の父上の剣道の師匠でな。
その杏寿郎の父上は俺の剣道の師匠で、幼い頃から家族ぐるみの交流がある。
ついでに言うなら甘露寺さんも村田もその道場に通っている」
と説明をしてくれる。

「杏寿郎も甘露寺さんも良くも悪くも感情が表に出る人だからね。
錆兎まで感情的になったら収拾がつかなくなるんだ」
と、それに村田君が補足した。

なるほど!だから外部生なのにこのあたりと特に仲が良いのか、と納得する義勇。

「…というわけで…もし次の班も生徒が自由に決められるなら、このままの班を継続していければいいなと思ってるの。気の置けない相手だと楽しいし、みんないい人だしね」
と最後ににこやかに言う甘露寺さんの言葉に、義勇は大いに賛成すると同時にホッとする。

本人がああいった今でも不死川が義勇を好きだというのは信じられないし、なんなら伊黒君が言った、甘露寺さんの気を惹くため義勇にちょっかいをかけているというのも結構信じているのだが、どちらにしてもこの先もちょっかいをかけて来られるのは目に見えているし、その時に今の班で班の皆が止めてくれるのはありがたい。

そして何より鱗滝君とずっと同じ班なのは嬉しい。

その最後の気持ちが顔に出ていたのだろう。
甘露寺さんが
(…好きな人とずっと一緒に居たいわよね。私も同じよ)
と寄り添ってくれて、なんだか幸せな気持ちで話し合いは終了して、皆でなかよくお弁当を食べ始めた。

そして昼休みが終わり、帰りのホームルームが終わってさあ帰ろうかという時間。
チラリと廊下を気にする鱗滝君に皆が不思議に思って同じく廊下に視線を向けると、ちょいちょいと鱗滝君に手招きをする宇髄君の姿。

「皆は気にしないで帰ってくれ」
と、それに立ち上がる鱗滝君。

まだ何か?と全員が立ち上がりかけるも、
「宇髄が俺だけを呼ぶってことは、俺だけに聞かせたいことなんだろう。
必要があれば俺から皆に伝えるから、今は俺だけ行かせてくれないか?」
と言われて、全員仕方なく再度席について、鱗滝君を待つ事にした。








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