──なんだ…いわゆる試し行動というやつか…
俺が嘘をついたと打ち明けても錆兎さんは怒らなかった。
と叱られたら悲しいのについつい聞いてみると、錆兎さんはう~ん…と考え込んで、それから
──これは俺の説明が足りなかったのが招いた結果というか…対話不足だったのが原因な気がするから。
と言う。
──対話…不足…?
と俺が首をかしげると、錆兎さんは頷いて、またいつもの
──義勇、少し話をしようか…
という言葉を口にした。
「まず最初に言っておく。
嘘は確かに良くはない。
だが、絶対につくなというわけではない。
他の奴にそれをやられたらガチギレするかもしれないが、お前は俺の大切な唯一の子どもだ。
だから俺が許可をするし、許可をしたからにはそれで起きた不具合については俺が全面的に責任を持つ。
お前が自分自身を守るための嘘だったらついていい。
お前が安全で幸せであること。
それが最重要事項だからな」
きっぱりはっきり宣言する錆兎さんに、俺は目を丸くした。
全てにおいて錆兎さんは正しいと信じている俺ですら、一言申したくなる。
「錆兎さん…過保護すぎない?」
これに関してだけは錆兎さんより俺が正しい。
そう自信を持って言ったんだけど、その言葉はこれまた自信満々の錆兎さんに否定された。
「いや、俺は親だからな。
全身全霊で子どもであるお前の幸せを守りたいと思うものだ。
だからお前の安全を確保するための嘘は俺にとっては正義だ」
「…それが…嘘をついたことで誰かを傷つけたりするとしても?」
「その嘘をつくことでお前がひどく傷つくことを回避できるなら仕方ないと思う。
…が、ではなんでもかんでも嘘をついて人を傷つけて良いかというとそうではない。
お前が今そうしたように、普通に他人の事をも気遣える強くて優しい子どもに育てるのも親である俺の責任だ。
俺は日々お前と会話をして考えや意見を言い合って、お前に俺の事をわかってもらうよう努力をしているつもりだし、お前の事もわかっているつもりだ。
つまり…お前の善良性を信じて、お前を信頼している。
お前を全面的に信じているから、お前が100万欲しいと言った時、一般の人間がそれを稼ぐ労力がわかったうえで、それでも必要なことに使うんだろうと思ったから、用途をきかなかった。
その判断や使い方が間違っていたとしたら、お前は反省してその失敗から何かを学んでくれると信じているしな。
真菰が話した過去の恋人たちに関しては、俺はそこまで彼女達の人間性を知っているわけじゃなかったからな。
それが本当に必要なものなのか、そこまで欲しいものなのか、それともそれこそ言ってみただけなのかが聞かないとわからん。
だから聞いた……ら、なんだか嫌がられて離れて行かれたんだが…」
と、それまでは優しい大人の顔で話していた錆兎さんは、最後に心底困惑したようながっかりしたような…なんだか複雑な顔をした。
でもすぐ元の表情に戻って
「少なくともお前がどうでもいいからとか、子どもだから聞いても仕方ないとか、そういう投げやりな気持ちで聞かないわけではなく、お前の判断を信頼しているし、それで間違ったなら全力で責任を持つ気持ちがあるから…と、思ってもらえると嬉しい」
というので、俺はとりあえずホッとした。
俺はどうでも良いと思われているわけでも彼女達より軽んじられているわけでも、嫌われているわけでもなかった。
錆兎さんは俺を信じてくれていて、俺の行動の全部の責任を負ってくれるくらいに俺を気にかけてくれているんだ。
こうしてホッとした俺に、最後に錆兎さんは言った。
「というわけで…俺は信じてもらえるように努力をするが、どうしても俺を信じられなければ真菰でも村田でもいい。
何か困った事が起きたら対処できる大人に相談しろ。
お前に危険が及ばないなら俺はお前を叱りはしないし、お前が相談した相手の力が及ばない時は全力で支援するからな」
「うん。ありがとう。錆兎さん、大好き」
思わず零れ出たこの大好きという言葉の意味は、この時点では俺もよくわからなかった。
子が親に対するようなものなのか、人間的になのか、それとも真菰さんが大叔父さんに抱いているようなものなのか…それともそれら全部なのか…
でもぎゅっと抱き着いた俺を抱きしめてくれる錆兎さんの体温が心地よくて、とりあえずこの時は俺の不安はあっという間に消えていったのである。
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