生贄の祈り_ver.SBG_9_撤収

──じゃあ、行くぞ。

一応、立場としては賊からの保護というものではあるのだが、では嵐の国の人間が来たなら引き渡すかというと、それも悩むところである。

依頼してきたのは炎獅子王で、依頼内容は森の国の王子を危険から守る事。
嵐の国の人間に引き渡せば保護責任からは解放されるかもしれないが、では彼らがきちんと安全な王城まで王子を危険にあわせることなく護衛できるかというと、保証はない。

かといって一応揉めもしていないが同盟国でもない水の国の人間である自分がそこまで関わろうとするとさすがに警戒されるだろう。

それならいったんは安全な自国の王城に保護をして、そこから護衛兵を伴って直接嵐の国の王都まで送っていった方が安全だ。

というわけで方針が決まったなら善は急げである。

出発を促しながら手を差し伸べればおずおずと伸ばされる小さな手。
それを驚かさないようにあくまでこちらは微動だにせず、その白い手がしっかりと自身の手に乗せられるのを待って、それを掴んで立ち上がり、地面に座ったままの少年を助け起こす。

そうして立ち上がった少年の前に膝をついて真っ白なチュニックについた汚れを丁寧に払ってやると、錆兎は少し迷ったが結局少年を横抱きに抱きあげて馬まで戻った。

「向こうの兵力がわからないからな。
このまま駆け抜けた方が安全そうだから、ここからは馬だ」
と、言いつつ少年をまず馬に乗せ、続いて自分も飛び乗り、その後、鳥笛を吹く。

そうして一番最初に戻ってきた兵に
「王子はこの通り確保した。
でも向こうの戦力も不明だし、援軍が来ないとも限らん。
だから俺は先に出発するから皆に撤収を命じておいてくれ」
と、伝えた。

本来なら王が1人で行動などとんでもないと思いがちだが、王は王でも最強の水獅子王だ。
たいていの相手なら問題なく切り抜けるだろう。

そう判断してその兵は
「了解いたしましたっ!お気をつけてお戻り下さい、陛下」
と、敬礼して見送る。

その言葉に当たり前に頷いた錆兎は、腕の中の少年が固まるのを感じてゆるりと見下ろした。

「…へい……か?……」
まるで信じられないものを見たように見開かれる目。

「ああ、言ってなかったな。
俺は水の国の王、鱗滝錆兎だ。
今回は国境沿いで賊が誘拐を企んでいるという情報を得て、自領の治安の維持と人道的支援のために足を運んだんだ」
という錆兎の言葉はおそらく少年の耳には最後まで届いてはいない。

「え?おいっ?!!」
焦る錆兎の腕の中で、少年はぐったりと気を失っていたのだから……。

これが水獅子王と称される王と生贄の少年の最初の出会いであった。


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