錆兎の猫_後編

いったん車を停めてある駐車場に戻って少年を助手席に乗せ、走りだす事30分。
下町の…おそらく駅からだいぶ歩くのであろう古びたアパート。

近くのコインパーキングに車を停め、アパートの外側にある錆びた階段をあがってすぐ。

「狭いけど…どうぞ」
と促されるまま入った部屋は本当に狭かった。
6畳もない部屋が1部屋しかないワンルーム。
部屋の隅に畳んである布団。
小さなローテーブル。
奇妙な事にはそのテーブルにはこの部屋に不似合いな綺麗なテーブルクロスがかかっている。
それだけではない。
壁一面に刺繍やパッチワークのタペストリ。
そして、やはり部屋の隅、布団の横には古い…しかし上質の針箱。

少年が出してくれたお茶はティーバッグの紅茶だったが、何故かカップはおそらくマイセンだ。
ボロイ家なのにところどころに妙な物がある。

「もしかして…裁縫とかを仕事にしているのか?」
と聞いてみると、少年はいえ?と首を横に振った。

「実家いた頃の趣味です。
家族が死んで針箱と少しの糸と布、あとはこのカップだけは持ち出せたから…。
それで作れるだけは作りました」

「あー…なるほど」
錆兎はなんとなくそれで察した。

おそらく中学までは裕福な家庭で育って、親が事故死して判断出来る大人がいないのを良い事に全部誰かに持って行かれたとかなのだろう。

施設に入れられたと言う事は親戚などが干渉してくる事もない。
あとは……

「生活は?仕事とかはしているのか?」
と、問えば、
「バイトのかけもちを…。
コンビニとかファミレスとか…」
と、返ってくる。


よっし!!!
と、心の中でガッツポーズをする自分は随分と性格が悪いのではないだろうか…と思わないでもないのだが、そんな事も瑣末な事に思えるほどには錆兎は切迫していたのだ。

こんなチャンスは二度とない。
というか、これは日々真面目に信心深く生きてきた自分に神様が恵んでくれた幸運なのではないだろうか…。


「あの…な、すごく突然なんだけど……」
切り出す事になんの躊躇も戸惑いもなかった。

今錆兎は弟が出て行って1人の家に慣れないでいる。
家に戻ったら出迎えてくれる相手が欲しい。
だからペット…猫でも飼おうかと今日一日ペットショップめぐりをしていたのだ。

でもどうせなら人間のほうが良い。

お帰りと言って欲しい。
ただ家にいてくれればいい。
生活全般面倒は見るし、欲しいモノがあれば用意する。
なんなら金は出すからネットショッピングとかでなら何でも好きな物を注文してくれて構わない。
一緒に住んでもらえないだろうか?

そう言うと、義勇は目をまん丸くした。
でも否とは言わなかった。
ただ
「えっと…猫の代わりに家で飼われて欲しいって話…です?」
と聞き返してきた。

「…そんなもの…って言ったら軽蔑するか?」
「…んーー別に軽蔑とかは…」

悩んでいるようだ。
そりゃあそうだ。
自分でも突拍子もない話だと思う。
露骨に怪しい。

それでも…
「即Noって言わないんだな」
と、まあ断られるだろうなと思って苦笑する錆兎に、義勇は至極真面目な顔で言った。

「言いませんよ?だって言ったでしょう?俺、錆兎さんのファンでしたし」
そう言う問題か?と思うのだが、義勇は当たり前といった顔で突拍子もない事を言う。

「もう俺を気にする人間なんて誰もいないし、暮らすのは良いんですけど…」
「へ?良いのか?」
「ええ。ただ問題が…」
「…問題?」
「…猫の代わりって言う事なので、猫ってどういう風にすればいいのかわからないんです」

ぷはっと錆兎は吹きだした。
本当に…思い詰めていただけに一気に力が抜けた。

「うん、別に好きにしてればいいんじゃないか?
猫種によっても猫の個体によっても性格なんて違うし。
ただ俺が帰って来た時に、おかえり~って駆け寄ってお出迎えしてくれればそれで」
「それだけで?あとは?」
「きまぐれで好き勝手しているのが猫だろう?」
「なるほど」

その日はカップと針箱とテーブルクロスとタペストリだけ車に詰め込んだ。
義勇いわく他のものは別に良いと言う事なので、後日代理人に片付けさせる。

そう、錆兎はこうしてお気に入りの子猫を見つけてお持ち帰り。
大きな鈴の付いたチョーカーは、猫っぽいからという子猫の希望で錆兎が買ってやって、毎日錆兎が帰宅すると、奥から子猫がちりんちりんと鈴を鳴らしながら駆け寄ってきてお帰りを言ってくれる。


従弟が出て行ってからはしばらく気を使って仕事の後に食事に誘ってくれていた友人達は、やがて誘っても誘っても断って帰る錆兎に
「錆兎、もしかして猫飼ったのか?」
「どんな子なんだァ?可愛いか?今度会わせろよ」
と聞いてくるので、錆兎は答えるのだ。

「丸一日ペットショップ歩きまわって見つけたすごく可愛い子猫をその日のうちにお持ち帰りしたんだけどな、本当に可愛い。
ありえないくらい可愛い。
もううちの義勇以上に可愛い猫なんて世界中探してもいないな。
つやつやの真っ黒な毛にすごく綺麗なブルーアイ。
このブルーの色合いに一目惚れしたわけなんだけどな。
会えばみんな絶対に欲しくなってしまうから、絶対に誰にも会わせない。
俺だけの大事な子猫だからな」

そんな錆兎の猫自慢は友人達だけにとどまらず、あちこちでされたので、錆兎の愛猫の義勇は芸能界や錆兎のファンの間でも有名になったが、そのお猫様が掃除や洗濯、料理や裁縫に至るまで、家事を完璧にこなしつつ、『おかえり、錆兎っ』などという言葉で毎日錆兎を迎える猫と言う名の青年である事を知るのは、ペットの猫(仮)の義勇と飼い主の錆兎、その2人だけなのであった。








2 件のコメント :

  1. 「錆兎の猫」とても可愛くて楽しく拝見させて頂きました☺️もしも、スノ様のお気がちょこ〜っとでも向きましたら、続編などなどでその後の二人(一人と一匹?)の様子や互いにもっと大事な存在になってゆく…とかの過程が知りとうございます〜🙇✨
    素敵なお話をありがとうございました😊

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    1. 気に入って頂けて嬉しいです。この話は別ジャンルで書いた物のリメイクで原作でもここでおしまいなのですが、何か思いつくことがあったら書いてみようと思います。
      ありがとうございます😊

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