「お待たせ。
ごめんね、錆兎との約束で義勇は部外者に会わせられないから、話はよければ俺が聞くよ?」
しかもそれだけ待たされて出てきたのは銀狼の姫君ではなく、この寮内を我が物顔で闊歩している銀竜寮の姫君だ。
予想外の対応に少し戸惑う亜子だが、考えてみれば元々自分が直接対決をする気はなかったのだからこの状況はむしろちょうどいい。
銀竜の姫君を洗脳して銀狼の姫君を口撃させればいいのである。
正直に言えば目の前に居る銀竜の姫君もあまり好きなタイプではない。
華奢な体躯に真っ白な肌。
髪はサラサラ漆黒で、同色のまつげは長くクルンと綺麗なカーブを描いている。
目は大きく鼻と口は小さく、まるで人形のように愛らしい。
この学園に居る時点で紛れもなく少年のはずだが、絶世の美少女にしか見えない。
それも可憐な妹系の…。
亜子が目指すふんわりと優し気な少女系とは若干方向性は違うが、立ち位置やターゲットになる男に関しては被るところが多いため、気があうわけはないのは当然だろう。
それでも銀狼寮の姫君のように憎しみを感じるレベルではないので我慢はできる。
にこりと自分的に親しみのこもった可愛いと思っている笑みを浮かべて
「突然訪ねて来たのに話を聞いてくれてありがとう」
と言って薬がよく効くようにと少し近づけば、彼はニコニコと邪気のない笑顔のまま
「俺なら暴言も流せるしね」
と、何か恐ろしいことを口にした。
え??
と驚く亜子。
そんな亜子の様子に構うことなく、銀竜の姫君、無一郎は
「俺には洗脳は効かないよ?」
と核心をつく発言をした。
「え?え??な、なんのことかしら??」
ととぼけつつも、亜子は今更ながらこの銀狼寮の寮長の背後には亜子とJSコーポレーションのつながりを知る産屋敷という名門の家がついているということを思いだす。
そう、つまりはJSコーポレーションの洗脳薬のことはバレていると思うのが正しい。
青ざめる亜子。
その心の内を見透かしたように、無一郎は
「すでにね、錆兎の実家とつながりのある会社で洗脳を無効化する薬を開発済みで、この銀狼寮の寮生はもちろん、俺達、銀竜寮生全員も服用してるし、他の寮にも徐々に配布してるからこれからは洗脳は出来ないと思った方がいいよ?」
とやはり笑顔でそう口にした。
可憐な顔立ちに愛らしい笑みを浮かべているのにどこか冷ややかで恐ろしい。
確かに笑顔なのに目が笑っていない。
良くも悪くも他に興味を持たない淡々とした少年…JSコーポレーションから与えられた無一郎の情報ではそうなっていたのに、目の前に居る華奢な少年は、どこか恐ろしい悪魔であるとか、巨悪の組織の黒幕であるとか、そんな雰囲気を醸し出している気がする。
「ち、違うのっ!私はJSコーポレーションの取引先の新人社員でJSコーポレーションから脅されて依頼を断れなくて…っ…」
ああ、何故こんなタイミングで無効化薬が開発されるのよっ!!と内心苛立ち、そして焦るが、とにかくなんとか矛先をそらさなくては…と、そう口にするも、なんと
「経緯なんて関係ないよ。
やったことが全てだよ」
と無一郎にピシャリとシャットされた。
そしてその後に続く言葉…
「俺ね、この学園の創始者の孫なんだ。
爺ちゃんには孫はいっぱいいるし、みんな俺のことなんて気にしてないけどね。
でも俺は爺ちゃんが色々考えて一所懸命作ったこの学園を踏みにじる相手を許さない程度には爺ちゃんの孫っていうことを忘れてはいないんだ」
ひっ…とその無一郎の飽くまで笑顔で紡がれる断罪の言葉に亜子は小さな悲鳴をあげる。
──それで…?
──…え?
──やだなぁ。言ったでしょ?俺が話を聞くって。
──……
──……
──……
──学園に害を成そうとした柏木亜子の最期の弁明、ちゃんと聞くからね?
ひいぃぃぃーーー!!!!!
低い…低い、静かな声でそう言って微笑む銀竜の姫…そしてこの学園の秘かな権力者の言葉に、亜子は初めてこの仕事を受けたことを後悔したのだった。
無一郎くん、さすがですね。
返信削除主張はしないけど大変聡いお子さんなイメージですね😁
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