形の良い唇が少しへの字に曲がっている。
泣きそうな表情で無言でトランクをクローゼットからひきずりだす義勇。
内向的で人見知りなため表情が薄いように見えて、錆兎と二人になると途端に子どものように表情が豊かになるのが可愛らしいと思う。
思うのだが…
と聞くと
「別にすねてるわけじゃない」
と間髪入れずに返ってくる。
それでもなんでもないというわけでもなさそうで…
「ふむ…そうか。
お前がそう言うならそうなのかもな。
でも浮かない表情に見えるから…無意識なのかもしれないし、よくよく考えて何か気に障るようなことがないか教えてくれ。
お前が平気だとしても俺が気になるから」
と、後ろから抱きしめると、義勇は俯いた。
「別に…ただ…」
「ただ?」
「早川さんに本当のところを聞いてみたかったかなと、ふと思って…」
わかる…。
今回松坂が最初嫌っていると言いつつ実はそれには理由があって、実際は宇髄を嫌っているわけではなかったと聞けば、同じような状況の自分もどうなのだろう?と思うのはわかる。
普通誰だって嫌われたいわけではない。
だがあの状況であの男が実は…はないだろうなと錆兎もさすがに思う。
しかしそこでそれはないと言って義勇を傷つけるようなことはしたくないし、かといって嘘もつきたくない。
結果…錆兎の口から出てきた言葉は
「それ…早川が実は好意を持っていたと思いたいと言うふうにも取れるよな…
まあ実際悪意よりは好意を持って欲しいというのはそうなのだろうが、なんというか…心が狭いとは思うが俺は面白くない…。
少し妬ける」
で、案の定、複数のことを同時に考えることが苦手な義勇はその言葉で早川の諸々は頭から吹っ飛んでしまったようだ。
「そ、そんなことはないっ!!
別に早川さんに特に好かれたかったとかじゃなくて、単に俺が嫌われるような人間じゃなかったということだったら良かったなと思っただけでっ!!
好かれたいのは錆兎だけだっ!
名前を書かれたいのも名前を書いておきたいのも錆兎だけだからっ!!」
と、錆兎の両腕を掴んで身を乗り出してくる。
そんな義勇の胸元に揺れるキツネの模様のドッグタグ。
それには義勇本人ではなく錆兎の名前が入っていて、錆兎の胸元にも義勇の名が入った同じものが揺れている。
それを揃いで購入した時の事を思い出して、錆兎はクスリと笑みをこぼした。
「これ…スイーツビュッフェの帰りに買ったんだよな。
お前が俺に自分の名をつけておきたいと言って…」
と、義勇の胸元のペンダントを手に取って言う錆兎に義勇はうんうんと頷いて
「だって…錆兎は世界で一番カッコよくてこの世の人間で錆兎の隣に立ちたいと思わないような馬鹿な人間は誰もいないから、錆兎が良いって言ってくれるうちにちゃんと俺のだって名前を書いておかないとって思ったんだ」
と、真面目な顔で言う。
「誰かのものって記名するのは一人だけ、唯一だから…。
大人になっても俺は法的には錆兎の唯一にはなれないから、せめて形だけでも唯一になって欲しいし唯一になりたいんだ」
普段おっとりして何かに執着すると言うことがほぼない義勇が唯一執着するのが自分だと思うと素直に嬉しいし満たされる。
「俺も宇髄と一緒で色々他と違うから実は気の置けない関係の人間てできにくい方なんだけどな…。
騙す騙されるで言うと、命を取るとかまではいかないが、勉強にしても武道にしても普通に切磋琢磨すればいいものを勝つことにこだわり過ぎて色々陥れることで上を手に入れようとする人間も多かったし。
だから義勇が思っている俺に好意を持っている人間と同じくらいには、俺は悪意を持たれてきたから、あまり他人に期待するという習慣がないし、無条件に相手に心を預けるということもなかったから、義勇や宇髄のような傷つき方をすることはなかっただけだ。
基本的には他人には親切に誠実にと務めながらも、相手からはそれを期待しないようにと無意識に適度な距離感を取ってセーブしてきたんだろうなと思うんだが、義勇はな…無理だった。
抱え込みたいという欲求を制御できなくて、海陽の編入試験まで受けさせて、寮で同室になれるよう手配して…正直お前が今後望もうと望まざるとに関わらず、手放してやれる気がしない。
正直…本気を出した自分の人脈を余さず使ったら本当に世界中のどこへ逃げられても捕まえられる自信があったりするから、どこかでセーブしてやらないとお前を潰してしまうんじゃないかと怖いんだが…」
そっと義勇の白い頬に手を添えてその愛らしい顔を見下ろすと、義勇は
「錆兎なら潰してもいい…。
でも…どこに居ても捕まえられるというより、どこに居ても助けに来られるスーパーマンだな、錆兎は」
と言うと、錆兎の手に自分の手を添えてスリスリと頬を摺り寄せた。
義勇はもう自分のことを殺しに来ているんじゃないだろうか…と錆兎は思う。
いつも色々な反応を見るたび思う。
口下手なはずなのに自分に返す言葉の数々があざと可愛すぎて本当に死にそうだ。
最終的には好きだ…という言葉しか頭に浮かばない。
それでもそこは会長様だ。
「まあ…俺はお前の希望は全身全霊で叶える気だから…とりあえずは法的に唯一でありたいなら同性婚が認められている国の市民権を取って籍を入れても良いし、なんなら先輩諸兄や同級生、あるいは今後育っていく後輩達に手を回して同性婚が認められるような法改正を全力で目指してみるのもいいかもな」
などととんでもない発言で会話を締めて、帰宅のための荷物整理に戻っていくのである。
そんな頼もしい恋人の姿にため息をつきつつ、義勇もその手伝いを始めた。
そして…わずかに開いた戸の隙間からもう一つため息が漏れていることには、互いに関心が向いている二人は気が付くことはない。
── 完 ──
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