村田の人生やり直し中_104_エピローグ【完】

──皆、よく頑張ってくれたね。

無惨を倒してから半月ほど過ぎた頃だった。
すでに瓦解した旧産屋敷邸は取り壊されて更地になり、実は秘かに用意されていた別邸で正真正銘最後の柱合会議が開かれた。

前世のそれとは違って1本の柱も折れることなくきっちり8人揃った柱がこれまでとは違い広い広間で並んで座っている。

その正面、上座におわすのは、前世ではこの時には亡くなっていた産屋敷耀哉様。
その隣には同じくこれよりずっと前に死んでいた錆兎も控えていた。

ただし彼は唯一くらいあとをひく怪我を負っていて、すでに開かぬ左目は眼帯で隠れている。

これは無惨戦後に帰宅した時に義勇に号泣された。
それに、くれぐれも錆兎を守ってくれるようにと彼独自の奥義の凪まで教わって参戦したのにこのざまで言葉もなく項垂れる村田。

しかしその横からひょいっと一歩前に出た宇髄が
「ま、錆兎は視覚にあまり頼らねえ奴だから物理的には困んねえしな。
赤ん坊の顔とか視覚で感じるものは右目がある。
それよかこの男前にカッコいい眼帯つけたら伝説の剣士っぽくなってイケてる感がさらに増すんじゃね?」
などと言いだして、それに義勇がパッと反応した。

「…伝説の剣士…そうだなっ!錆兎は顔が良いからきっと眼帯も似合うっ!
色々取り寄せようっ!俺が選ぶからっ!!」
とキラキラした目で言い出して、なんとかそちらは事なきを得た感じだ。

そして今、目の前の錆兎は黒地に金で嵯峨桐紋の刺繍のしてある眼帯をしている。

眼帯はいくつもあって義勇がその日の気分で選んでいるとのことだが、今日は正式な場ということなので渡辺家の代表家の家紋入りにしたと、旧邸と同じく産屋敷邸の敷地内にある錆兎の家に寄った時に大きな腹でドヤ顔をした義勇から説明を受けた。
一時はどうなるかと思ったが、義勇が楽しいなら何よりである。

一方で無惨戦のせいではないが、同じく失明しているお館様。
だが無惨が死んでたった半月なのだが、ただれたようになっていた皮膚は少し綺麗になっていて、体調もすこぶる宜しいようだ。
おそらく謎の病自体は回復に向かっているのだろう。


他は本当に無事だ。
前世と違って上弦との戦闘すらほぼ無いに等しかったため、痣を発現した人間すらいないので、命に別状どころか日常生活で不自由を感じる障害が残った柱すらいない。

お館様がいらっしゃるまでは手を繋いで待っていた伊黒と甘露寺はなんとすでに甘露寺の実家に挨拶を済ませていて、1か月後に祝言を挙げるからと招待状が届いていたし、宇髄は3人の嫁達と子作りがてら温泉旅行三昧。

煉獄は何故か前世では早々に亡くなっていた母が存命で、鬼殺隊の仕事が終わるからと言って自堕落な生活は宜しくないと言われて父と道場を営んでいるようだ。

不死川は気の優しい彼らしく和解した弟の玄弥と共に、怪我人を看るため戦いが終わってからの方が忙しい花柱屋敷の手伝いに足しげく通い、なんだか胡蝶カナエと良い雰囲気に。

身内のいない無一郎はお館様の庇護のもとで鬼に親を殺された孤児を集めた孤児院を開くことになった悲鳴嶼の手伝いをするそうだ。


そうしてお館様が挨拶とねぎらいの言葉と共に鬼殺隊の解散を宣言して最後の柱合会議が終わった後、とりあえずそのまま下げ渡しになった水柱屋敷に帰ろうとした村田をお館様がちょいちょいと手招きをして呼びよせた。

ああもしかして一人今後が決まっていない自分を心配して下さっているのか?と思いつつも別室へと連れられて行くと、そこには仏頂面の錆兎がいて、ああ、これは”お館様モード”ではなく”耀哉モード”なんだなと村田は即察してしまった。


「大志もこれまで本当にご苦労様だったね」
と村田に座を勧めながら自分も座ってお嬢様の一人が淹れられるお茶をにこやかにすするお館様。

「…これからもご苦労様が続くかもしれないが…」
とそれに遠慮のないとげとげしさで錆兎が言う。

うあぁ~と稀代の英雄のその不機嫌さに村田は内心冷や汗をかくが、言われているお館様は涼しい顔だ。

「早速だけど本題に入らせてもらうね」
と有無を言わさず話を進められる。



「…え?俺が側近??」

お館様の話は確かに村田の行く末のことではあったのだが、村田が想像していたのとは少しばかり違っていた。

てっきり今後どうするのか?
一生遊んで暮らせるほどの金はあるが仕事をしたいということなら紹介しようか?とかそんな話だと思っていたのだが、そうではなく、

「今後ね、鬼殺隊は解散するけど今まで剣術しかしてきていない子も多いしね。
その子達の雇用を作る意味も含めて会社を興そうと思っているんだ。
隠もほとんど残ってくれるけど、元隊士達をよく知っていて、彼らからもよく知られているまとめ役が欲しくてね。
錆兎に頼んだら嫌だって言うんだ。
それでもどうしてもってさらに頼んだら、君が一緒にやるならって我儘を言い出して…」
などと言う。

「…我儘は俺よりお前だろう?
先に俺の職業選択の自由を奪っておいて何を言う?」
「だって私たちは友達じゃないか」
「友達を巻き込むのが我儘じゃないと言うなら、俺と村田は親友だからもっと我儘ではない」

もうこんな感じのやりとりにもいい加減慣れた。
というか、いくら錆兎が希望していると言っても他の柱ではこんな素のお館様と錆兎のやりとりを見せられたら混乱するだろう。
おそらく二人ともそれも考慮の上で村田を選んでいるのだと思う。

どちらも色々な意味で村田の恩人で…そして大切な相手だ。
彼らが敢えて村田をと望むなら、今後について何も考えていないのもあるし、彼らの手を取るのもやぶさかではない。

こうして村田はその後、産屋敷財閥で社長を務める産屋敷耀哉の元、副社長の錆兎の秘書として働くことになった。



そして…時は流れ、年号も昭和になり大きな戦争も超えて平和になった時代……

村田は老年になってさすがに仕事は引退。
都内にある旧水柱邸の自宅の縁側でのんびりお茶をすすっている。
隣にはなんと14歳も年下の妻…かなた。
そう、元お館様、現産屋敷財閥会長の実子である5つ子の一人だ。

彼女が16歳の時にぜひにと請われて籍を入れて、その2年後に生まれた娘は今は錆兎の長男で現産屋敷財閥副社長の渡辺頼光と所帯を持って孫も居る。

ちなみにあの無惨戦の時に義勇の腹にいたのは男女の双子で、妹の桜は現産屋敷財閥社長の産屋敷輝利哉の妻だ。

こうして産屋敷家と渡辺家、そして村田家はいつのまにやら血縁関係となっていた。

しかしながら、他はとにかくとしてかなたが何故村田との結婚を承諾したのかがいまだにわからない。

なにしろ元柱とはいえ14歳も年上の地味で冴えない中年男だ。
母親に似て絶世の美女である若い彼女の夫として似合いとは言えないと思う。

幸いにして母親のかなたに似て美しく生まれついた愛娘から送られてきた孫の運動会の写真を見ながら、村田はふとずっと抱えていたそんな疑問を思い出して妻を振り返った。

「…かなたさんさぁ…今でも本当に綺麗だよね。
娘も君に似て本当に良かったって思うし、顔だけじゃなくてお育ちもお嬢様で品があるし、しっかりしてるし?
優しくて賢くて…本当に俺は君が結婚してくれて幸せだったけど、俺は少しでも君を幸せにすることができたのかな?」

そんな村田の言葉に、もうさすがに老年に差し掛かって目尻などにはややしわを刻んではいるものの十分美しい妻は少し目を丸くして、それから花がほころぶような微笑みを浮かべる。

そう、妻はいつでも村田に優しくて、躾で子どもを叱ることはあっても基本的にいつも笑顔だった。

「元柱でもさ、煉獄とかは名門の家の息子で良い男だったしさ、年が近いということなら無一郎なら6歳差だったでしょ。
なのになんで俺みたいな冴えない中年男だったのかなぁってずっと不思議に思っていたんだよね。
お館様はかなたさんが自分で俺が良いって言ったからって言ってたけど、ありえないでしょ」

村田が言うと、
「ありえなくないですよ。
お嫁に行くならあなたの元が良いと私がお父様に頼んだと言うのは本当です」
とかなたは言う。

「…なんで?」
とそれに少し驚いて村田が言うと、かなたは村田の湯呑に茶を足しながら
「あなたが私を救ってくれたから…」
と、不思議なことを口にした。

「え…?」
とさらに驚く村田にかなたが語ったのは、なんとも驚くべき話だった。


「私ね、無惨が倒れてもお父様もお母様もお姉様達も居ないなら意味がないってすごく悲しかったんです…」
「…え??…ちょっ…それって……」

まさか…かなたもまき戻っていたのか?
と驚く村田にかなたは巻き戻りの真実を告げた。


「悲しくて悲しくて…そして神職であるお母様の実家で祈り続けていた時、声が聞こえたのです。
もう一度時を巻き戻してやろうという声が…。
それでも私一人巻き戻ったところで何も出来る気がしません。
そこでさらに祈るともう一人だけ巻き戻してやるということでしたので、熟考の上、あなたに賭けてみることにしたのです」

あの運命の日から持ち続けた謎が50年以上経った今解明されて、もう本当にさすがにこれ以上驚くことはないんじゃないかと固まる村田。

しかし疑問はまだまだ残る。

「え?なんで俺??
お館様とかの方が上手くいく確率高かったんじゃないの?」

そう、そこだ。
自分は前世では確かに生き残ったが単なるいち一般隊士だった。
このお嬢様はそんな自分に何が出来ると思ったんだ?

…と、そんな村田の言葉に出さない疑問も全て悟っているらしい。
妻はコロコロとそれは若い頃から変わらぬ鈴の音のような声で笑った。

「お父様は前世でありとあらゆる可能性を考えてご自身が出来得る限りのことをなさっていたので、もう一度巻き戻ってもそれ以上のことはお出来にならない。
お母様も同じくです。
錆兎様や煉獄様は意志のとても固いお方です。
巻き戻ってもやはりご自身の思うところを貫かれるでしょう。
前世でそれなりに色々を変えることが出来る地位についていらした方は、皆ご自身が最良であると思われることをなさっているので二度三度と巻き戻っても大きく変わられることはないと思いました。
そんな時…私の脳裏に浮かんだのがあなたです。
最後まで命を繋いだ、当時水柱であった冨岡様の同期。
錆兎様以外全員選別を超えて隊士になられたのに他は全員亡くなられた中で、冨岡様以外で唯一生き残られたあなたでした。
一般隊士…という立場は特別なものではないようでいて、同期が全て亡くなる中で唯一生き残り、冨岡様にも認知をされていた…というのはかなり特別な方ではないでしょうか…。
そう考えて私はあなたに賭けてみることにいたしました。
その後は当然、あなたの動向は注意しておりました。
自分が表に立てなくとも必要な方を生かし、地位に驕ることなく下を労わり、そして上下に関係なく必要な方に必要な手を差し伸べ続ける。
そんなあなたをずっと観察しているうちに、この方と一緒になりたいと思うようになったのですよ」

正解でした。打倒無惨においてもわたくしの幸せにおいても…と、かなたはふわりと笑う。
少女の頃と変わらぬ愛らしい顔で。

もう連れ添ってから40年以上経つが、村田は今だにこの笑みに弱い。
可愛くて綺麗で直視できない愛妻にそんな熱烈な告白をされて、長年の謎が解明した驚きなど宇宙の果てに飛んで行ってしまった。

齢70を超えてあとどのくらい生きられるのかはわからないが、村田の人生も確かにとても幸せなものだった。

幼い頃、鬼に家族を全員殺されて天涯孤独の身になった時には不幸のどん底だとおもったものだが、その後の人生は大変なこともあったが確かに幸せなものだったと思う。

そう、まるでおとぎ話のように、最後はめでたしめでたしで終わる人生であった。


── 完 ──





4 件のコメント :

  1. とても素敵なお話でした。幸せな未来のある柱達に、本当にこうなってくれたら良かったのにと思わずにはいられませんでした。
    個人的に村田さん密かに好きだっので村田さん主役で嬉しかったです。素敵なお話をありがとうございました。

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    1. ありがとうございます✨
      私も村田さん大好きなんです💕
      錆義書いてると必ずと言っていいほど登場させちゃうくらいです😄
      そして…ハピエン派なので話を書く時、かなりの確率で最後の一文にめでたしめでたしの言葉が入ってたりします😊

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  2. 定期的に読み返したくなるお話です。村田さんが幸せになれてよかったです。

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    1. ありがとうございます。
      kmtの中でも大好きな村田さんのお話なので気に入って頂けて嬉しいです😊

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