「頼光~!あっち行って遊ぼ!」
「頼光様、それより笛を吹いて下さいませ。ひなきが琴をひきますので」
「右近様、にちか、美味しいお菓子を持参いたしましたのよ。ご一緒に…」
「あら、ありがとう!右近にい、花火と一緒に食べようよ!」
「お待ちなさい!わたくしは右近様と二人で頂こうと思って……」
「「勇人(様)~」」
無惨が倒れて4年後のこと…3家族が温泉旅館に勢揃いしている。
と、笑う宇髄は、あれから3人の嫁と子作りに励んで、3人の嫁全員が全て娘を産んでいる。
産屋敷の家は言うまでもなく娘4人に息子1人。
その双方の娘たちは桃太郎の息子たちをめぐって火花を散らしていた。
そんな中で産屋敷家の唯一の息子は一つ年上の三つ子の兄と、双子の片割れである兄、合計4人の兄に囲まれた、渡辺家唯一の娘に歩み寄って
「姉や妹が騒々しくて申し訳ない。
宜しければあちらで菓子でもいかがですか?」
と、手を取ろうとして、
「「「「宜しくはない!うちの妹に手出しは無用だ!」」」」
と、4人の兄達に遮られる。
そんな息子たちに義勇が
「こら、お前達、仲良くしないか」
と、眉を寄せる。
だが、そこで息子たちは
「俺達とと言うなら仲良くも致しますが、桜は駄目です」
と、口を揃えて言い、それに父親の錆兎までが
「男女七歳にして席を同じうせずというからな。
息子たちが正しい」
などと言い始めて、
「…桜はまだ3歳だから7歳にして…には入って居ないと思う」
と、義勇の呆れを誘う。
しかし嫁のそんな反応にも錆兎は飽くまで
「いや…桜は3歳でも輝利哉様はもう8歳だ」
と主張した。
5人の子どもの中で唯一の娘。
しかも義勇にそっくりの漆黒の髪に青い瞳の日本人形のように愛らしい娘ときたら、父も兄達ももうメロメロだ。
例えお館様の家のご子息であろうと、余所の男など近寄らせるわけには断固として行かぬ。
そんな唯一の娘に対する情熱は、自分の嫁よりは同じく5人の子のうちこちらは息子がたった1人という奥方様の方が理解を示してくれたようだ。
「確かに…無惨が倒されて産屋敷家も病弱な一族ではなくなったのですから、輝利哉もむしろ錆兎殿のご子息の中に入って揉まれるべきですね」
と、きっぱりと断言する。
無惨が倒されてから毎年一度続けている家族ぐるみでの温泉旅行ももう4回目になった。
おそらくこれはお館様が生きている限り…いや、もう子々孫々の慣習になる可能性もある。
もちろん単なる親しい家族の交流という意味合いもあるが、それだけではない。
知識と技術の継承の確認、それがより大きな理由だ。
あの最終決戦の1ヶ月後。
全ての整理が終わって、鬼殺隊は解散とあいなった。
隊士達には階級によって十分な退職金が支払われ、産屋敷で作った会社を始めとして再就職の世話までされる至れり尽くせりさである。
錆兎と義勇はと言えば、最初は師範の鱗滝が鬼殺隊解散のタイミングで鬼もいなくなったことだし最終選別で幼い命を散らした弟子たちの墓がある狭霧山に戻ると言うので、彼の老後は一緒に過ごそうと思っていたこともあって共に戻ろうと思っていたが、産屋敷に引き止められた。
いわく…これから警備会社…という名のもとに、鬼殺隊の技術を秘かに受け継いで行く会社を作りたいので、その現場責任者となってほしいとのことである。
もう鬼がいないのに?と、それにそう問えば、産屋敷は言う。
「今、日本で分かる範囲には…ね。
でも世界は広いんだよ?同じような存在が全くいないと言えるかい?
もし世界のどこかに無惨のような存在がいて、それが何かで日本に来ることになって子どもたちの生活を脅かすようになったら?
その時に呼吸その他の知識が完全に途絶えていたら、もう対応出来ないだろう?
同様の理由で、刀鍛冶の里も普段は包丁を作る会社として残すつもりなんだよ」
そう言われれば自分にも義勇が産んでくれた可愛い息子たちがいるので否とは言えない。
水柱邸の維持費は住宅手当として会社から補助がでるというし、給与も当然出る。
何より苦楽を共にした同期達も同じ職場に雇ってもらえるというのが残る決め手となった。
産屋敷は当然他の柱にも声をかけていて、継子柱や胡蝶、宇髄などはそれを了承。
悲鳴嶼は会社には入らないが産屋敷家の縁の寺で亡くなった隊士や子どもたちの菩提を弔いながら、時折り岩の呼吸の型を教えにくるということで納得した。
こうして狭霧山には時折り子どもたちを連れて遊びに行くということで、少なくとも現役を引退するか鱗滝に介護が必要となるまでは水柱邸でそのまま暮らすことに決める。
継子柱の中でも家族のいない不死川と伊黒は、誰もいない家に居てもしかたないと、柱屋敷を処分して水柱邸に転がり込んできたが、数年後、不死川は胡蝶カナエと、そして伊黒は煉獄の紹介で甘露寺蜜璃という明るく可愛らしい娘とそれぞれ所帯を持って水柱邸にほど近いところに家を構えることになるのだが、それはまたずいぶんと先の話である。
そして水柱邸に残る事を決めて1ヶ月、無惨戦から2ヶ月の月日が経った頃、また義勇が吐き気で寝込み始めた。
何故?まさか…もうありえないよな?と驚く錆兎に、義勇は決戦の2日前、例の小鬼が最期の挨拶に来たのだと驚くべきことを告げてくる。
言われれば、なるほど、と、覚えはある。
最後の打ち合わせを終えて寝室に戻った錆兎を閨に誘う義勇は確かに普通ではなかった。
しかしそんなこととはつゆ知らず、単に翌々日にはかなり命がけになる戦いに赴く錆兎を送り出すことになるので普通の精神状態ではないからだと思っていたのだが、実は息子たちを身ごもった時にかけられた血鬼術と同じものがかかっていたからとのことである。
何故その時に言わなかった?と問えば、義勇は鬼がいなくなっても身ごもってしまえば妊娠が継続するのか、それともその時点でなかったことになるのかがわからなかったからと答えた。
もし錆兎が宿ったかもしれない自分の子が消えるかもしれないと知れば、あるいは無惨を倒す手にためらいが生まれるかもしれないから…と。
ああ…と思う。
確かにそうだ。
男女の夫婦と違って”次”は絶対に望めないというのもあるし、それを考えてしまったらおそらく自分は無惨を倒せなかった可能性が高い。
義勇と自分の可愛い子どもを犠牲にしてまで、市井の平和を望む姿勢を貫けるほど自分は強くない。
そして…その可能性を知っていて敢えてあるべき姿を貫かせるためにそれを口にしなかった義勇の心の強さに驚いた。
これぞ英雄の嫁…いや、自分などよりよほど英雄ではないだろうか。
ともあれ、それから7ヶ月ほど経って今度は双子が誕生した。
今回は宇髄の嫁たちも全員腹に子がいて産み月間近だったため、前回同様に奥方様と産屋敷の産婆がきてくれた他には、不死川が親しく連絡をとりあっていた胡蝶カナエが妹を連れてかけつけてくれた。
こうして前回同様音声多重の泣き声が聞こえてきて、ああ、生まれた…と、安堵し落ち着いたのも束の間、胡蝶姉妹に抱きかかえられて先に錆兎の待つ居間に連れてこられた赤ん坊を前に、錆兎の目が点になった。
──…髪が…黒…い……
妹のしのぶに抱えられているほうの赤子は綺麗な黒髪で、義勇にそっくりな日本人形のように愛らしい顔をしている。
驚く錆兎に、上の息子たちと同様、錆兎そっくりの宍色の髪の赤子を抱いたカナエが笑顔で
「ええ、義勇さんにそっくりよね。しのぶが抱いている方は女の子。
私が抱いてる錆兎さんに似た子は男の子よ」
と伝えて来る言葉に、錆兎は思わずガッツポーズだ。
いやいや、男でも女でも義勇が命がけで産んでくれた子どもたちは可愛らしいが、1人くらいは義勇似の女の子が欲しいと思うのはしかたがない。
もうこれが最後、二度と子が望めないのだとわかっているのだから、なおさらだ。
こうしてたった2年で一気に4男1女、5人の子持ちになったのは驚きだが、幸い同期もそのまま元水柱邸に住んでいるし、特に二郎にはそのまま専属の家政婦として働いてもらうことになったので、手はたくさんある。
息子たちが生まれた時と違うのは、産屋敷の子どもたちが足繁く通ってきて、それぞれに4人の息子たちの中で特定の息子を構っていくこと。
あまりに通うので話を聞いてみると、将来の自分の婿なのだから素敵な男性に育ってくれるように尽くすつもりだ…という。
いやいや、なんだそれは?
赤子の頃からの英才教育というのは産屋敷家らしいが、いつ全員それぞれ産屋敷家の娘と婚約という話になっている?
いや義勇が良いと言えば…1人くらいはという話は生まれる前にしていたかもしれないが…
どこか前のめりな姉と妹に囲まれて、一人息子の輝利哉はおとなしい。
他の4人は全員それぞれ姉妹が張り付いていて、1人ゆっくり覗ける末娘、桜のゆりかごを前に飽きもせずにじ~っと見ていて、様子を見に来た錆兎や義勇に
「お邪魔しております。
私はあまり家から出してもらうこともなかったので、初めて赤子を間近で拝見させていただきましたが、本当に手も足も鼻も口も…何もかもが嘘のように小さくて可愛らしいです」
と、にこにこと笑みを浮かべて言う。
まあ…お館様の跡取りだけに非常によく躾けられた出来たお子様だ。
娘は嫁にはやらん!と言いたいところだが、あと17,8年ほどして年頃になったら、どこぞの馬の骨にやるよりは、この少年が立派に成長していたら仕方がないので嫁に出すのも考えてやらんでもない…と、錆兎は思った。
まあ、それまではうちの愛娘なので、一定の距離を保ってはもらうべく全力でガードする所存ではあるが…。
彼の姉妹に抱え込まれている息子たちに関しては…まあ、男なら男に生まれたならば自分の身は自分で守れ。
嫌なら自力で全力で拒否しろ、と言う視線を送っておく。
宇髄の家もほどなく嫁3人が全員娘を産んだため、赤子が生まれて3ヶ月後に最初に3家族でお館様のご招待で温泉旅行に。
それから毎年9月後半あたりにご招待旅行が習慣になった。
そして3年目あたりから…それまでは産屋敷の娘たちがちょうど彼女たちと同じく4人いる桃太郎の息子たちをそれぞれ自分の婿扱いしていたところに、宇髄の娘たちが参戦を始めて、すさまじい騒ぎになっている。
そんな騒ぎをにこにこと穏やかな笑みを浮かべて遠目にみながら、お館様が
「そう言えば…実弥のところも小芭内のところも娘が生まれたらしいね。
次回からは彼らの家族も誘ってみようか…」
などと恐ろしいことを言い出した。
「ほぉ…すげえな。みんな女かよ。
桃太郎の息子たち争奪戦だな、おい」
と、宇髄が言えば、
「うちだけじゃなくて輝利哉様とて男児だろう?」
と、錆兎がちらりと自らの息子たちに囲まれてタジタジとしている輝利哉に目を向けるが、そこで産屋敷は飽くまでにこやかに…しかし断固とした口調で
「大丈夫。
この先誰に何人娘が生まれようと、輝利哉の妻は桜だけだからね。
安心してくれていいよ」
と、全く何が大丈夫で何を安心すれば良いのかわからない発言をし、それに大きく頷くその妻のあまねは、
「輝利哉だけではなく、娘たちも責任を持って桃太郎の嫁として教育しておりますから、ご安心下さい。
なにしろ全員わたくしが自ら取り上げた子どもたち。我が子も同然ですから」
と、こちらもプレッシャーをかけてくる。
飽くまで口調は穏やかだが見え隠れするその必死さに
「お館様の家…桃太郎の家系好きすぎじゃね?」
と、宇髄は苦笑するが、そこで須磨がぴしっと手を上げ
「でも、でもっ!!他はとにかく勇人君は私が産湯つかわせてお父さんに見せに行った子なのでっ!!勇人君は私の娘の出雲の旦那さんに下さいっ!!」
と、身を乗り出した。
それを皮切りに
「それを言うなら右近はあたしが産湯つかわせたんだから、花火の婿だよっ!」
とまきをが、そしてとうとう場と立場を考えて無言を貫いた雛鶴まで
「頼光さんは長子ですし…年下の可愛らしいタイプの方が好きかもしれませんよね。
……うちの千代鶴のように……」
と、言い出す。
一気に冷え込む空気。
「錆兎様のお子たちにうちの娘達を嫁がせるというのは、3人が生まれる前からお館様と錆兎様で取り決められていたことなのですよ?
残念ですが」
と、静かに…だが有無を言わさず断言する奥方様に、
「残念なら出雲に譲って下さい!うちは残念じゃなくて大喜びですぅ」
と空気も文脈も読まない須磨。
「残念というのは我が家がではなく、あなた方にとって、という意味ですよ、須磨さん」
と、天然相手にやや顔を引きつらせながら説明する奥方様。
「…生まれる前…ということなら、決定ではありませんよね?
性別もわかりませんし…。
百歩譲って1人はお嬢様の婿になったとしても、あとの3人に関しては自由では?」
と、雛鶴も少し食いつき気味になってきて、最終的に
「「義勇さんはどう思われます?!」」
と、妻たちが一斉に義勇に向かって身を乗り出してくるので、義勇がびくぅっ!と錆兎にしがみつくと、そこでようやく
「「まあ、少しおちつけ(落ち着きなさい)」」
と、各々夫達が妻をなだめにかかった。
そうして少し距離が保たれたことで、義勇はそれでも聞かれたことには答えねばと思ったのだろう。
それでも錆兎の腕を掴んだまま、ぽつりぽつりと口を開く。
「俺は…息子たちは可愛いけど…錆兎の血をちゃんとこの世に残せたことで満足だし…俺には錆兎がいるから、息子たちも大人になれば嫁をもらって所帯を持って、さらに錆兎の血を繋いでいってもらえれば嬉しいと思う。
だから…本人たちが好きになった娘と一緒になればいい。
好きな相手と毎日ともに過ごせるということは、本当に幸せなことだから」
と、最後はその視線は錆兎に向けられていて、本人はあまり周りを気にしていない。
その発言がこの先、それぞれの家庭で熾烈な嫁教育競争が起こる発端になるなどとは、全く気にすることも想像することもせず、その旅行中は5人の子どもたちはそれぞれ大人にも子どもにも囲まれまくって手がかからないため、
「いつも錆兎と小さな錆兎に囲まれているのはいいが、普段は俺も錆兎を独り占めできないから、たまには独り占めできるのもいいな」
と、義勇は嬉しそうに笑いながら、2泊3日の旅行中だけ完全に自分だけのものになる錆兎を堪能する。
もちろん嫁をこよなく愛する錆兎も同じくだ。
その1年後には、ここに不死川と伊黒の一家も加わってさらに熾烈な争いになるのだが、それはまた先の話。
ともあれ…こうして壮絶な嫁戦争があるにしろ、人間と鬼の戦いは桃太郎が見事鬼を退治して、めでたしめでたしで終わった。
そう、物語の終わりは常にめでたしめでたし、なのである。
──完──
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