ドラマで始まり終わる恋の話_6_別れの予感

夏休みが開けて撮影がまた始まる。

場所のせいなのだろうか…それとも付いていけない義勇のために錆兎が加減してくれているのか?
意外に普通に終わったキスシーン。

続くベッドシーンはさすがに続くNG。
それでも、とにかく錆兎に触れて、錆兎から触れられているのが恥ずかしくて、泣いて泣いて泣いているうちに、何故か終わっていた。
自分でもどうしてOKが出たのかわからないが、藪をつついて蛇を出したくはない。

終わったあと、錆兎がすごく難しいと言うか厳しい表情をしていたのも気にはなるが、これ以上は無理だ。
他のシーンで頑張ろうと決意する。

そうしているうちに時は過ぎ、クリスマス。
街にはCPが溢れるのだろう。
一応義勇達も映画の役作りとは言えCPなのだが、男同士で街中でそんな風にふるまう勇気はない。
無理だ…。
それを求められたらどうしよう…と思っていたら、自宅で手作りのクリスマスをしようとの錆兎の提案。
飾りが最低限しかないツリーを買って来て、好きな飾りを追加。
その飾りにはなんとクリスマス用にラッピングされたお菓子も含まれる。

「クリスマスまでに少しずつ食って、ツリーしまう頃には片付ける物が減ってたら合理的だし、次年度も楽しいだろ?」
にこやかにそう言う錆兎は天才だと思った。

甘いお菓子なんてそんなに好きなだけ食べられるような生活をしてこなかった義勇にはこのツリー自体がクリスマスのプレゼントだ。

市販の物だけじゃない。
2,3日前には錆兎が作った生地を義勇がクリスマス用の可愛い型で型抜きをしたクリスマス用のクッキーを焼いて、それも小さな袋に入れてツリーに吊るす。

「ハハッ。2人の最初の共同作業だなっ!」
などとバラエティに出演している時のように少しおどけた感じで笑ってそういう錆兎。

そんな合間に、それも錆兎の提案で2人とも手作りにすると決めたプレゼントの制作にもいそしんだ。

もし普通にプレゼントをと言われても、大スターである錆兎が買えないような物で義勇が贈れる物など皆無だと思うので、この提案にも大いにホッとした。

義勇が用意したのは普通の厚手の黒いエプロンに、錆兎が好きならしくよく身に付けている狐の柄を刺繍した物。

錆兎からは手作りのクマのヌイグルミをもらった。
宍色の毛並みに藤色の目のヌイグルミ。
まるで錆兎のようだ…と言ったら、

――そのつもりで作ったんだ。まあいつも側で守ってやるつもりではいるけど、いない時の俺の代わりの護衛係な?
と、義勇とクマの頭を交互に撫でる。

どうやら以前街中で義勇が話した、父親に似ているから寂しい時に代わりに一緒にいてもらうのだと言った子どもの話を覚えていたらしい。



嬉しい…でも悲しさが押し寄せた。
自分達はあの親子とは違うのだ。

映画のための仮初の恋人生活は3月から来年の2月末まで。
確実に見えている終わり。
義勇が錆兎の不在を感じるのは一時的な物ではなく、その後、死ぬまでずっとなのだ。
一日一日確実に減って行ったツリーの菓子のように、2人の時間は減って行く。

――来年はどんな菓子を飾るかな

クリスマスの翌日。
残った菓子を2人で食べてしまってツリーを片付けながら笑いかけてくる錆兎。

彼にはきっと来年があるのだろう。
その時に隣にいるのが義勇ではないだけで、同じようにツリーに菓子を飾って楽しむに違いない。

でも……
義勇に“来年”の菓子はない。

きっと今回の仕事で少しだけ潤った分はこの先に備えて貯金して、ツリーを飾る事も、自室にいる事すらなく、自給が少しだけあがるので寒さに震えながらも、クリスマスにはしゃぐカップルや家族連れにケーキでも売っているのだと思う。

これが最後のクリスマス。
仮初でも温かく幸せな家族のクリスマスの思い出として心のアルバムに閉まって悲しい時に何度も見返す事になるのだろう。

そう思うと悲しくて切なくて、でもそんなそぶりを少しでも見せると錆兎が心配をする。
心配をして慰めてくれるその一つ一つがまた悲しい思い出となって残るのが辛くて、義勇はそれは別々の寝室に戻って布団を被って声を押し殺して泣いた。

皮肉な事に…そんな義勇を慰めてくれるのは、自分がいない時のためにと錆兎が贈ってくれた宍色の毛並みのクマのヌイグルミであった。



どんなに愛おしく優しい時を惜しんでも、時間は容赦なく流れて行く。

そしてとうとう2月…
錆兎と義勇が2人で撮影に臨む事になる場面は10日が最後で、あとは錆兎のみのシーンになる。

そして…義勇はこの日をXdayと決めた。
2月10日…錆兎には告げず、こっそりマンションを出て行くのだ。



朝は錆兎が部屋まで起こしに来るので、その時までは部屋には一切手をつけない。
聡い錆兎に気付かれる。

動き出すのは起こしに来た錆兎がダイニングに戻ってから。
最初にここに来た時に持参した小さなボストンに元々持って来た本当にわずかな私物を詰め、それは目につかぬように部屋の隅へ。
普段は帰ってから慌てて整えるベッドも綺麗にメイキングし、軽く床に掃除機をかける。
あとは…帰って来てから。


撮影は順調に終わり、義勇はその後は撮影がないのでスタッフに挨拶をして回る。
その間もまるで護衛でもするようにすぐ後方にいる錆兎。
そんな距離感にも1年間ですっかり慣れた。
むしろ1人でいると違和感があるくらいだ。

この日はこのあと食事に行きたいと前々から錆兎には言ってある。
だから支度を終えると錆兎の車に乗り込んだ。

――義勇が自分から何かしたいって珍しいよな。

食事の話をした時に錆兎は随分と嬉しそうに笑っていた。
いつでも彼が義勇が彼に馴染んで気軽に物を頼んだり甘えたりすることを望んでいたのは知っている。
でも同時に義勇はそれが期間限定のもので、それに慣れて当たり前になってしまったら失くした時に辛いのは自分だと知っていたので、最後まで彼に無条件に甘えると言う事ができなかった。

これが一生に一度の機会、最初で最後のチャンスと思っていても、どうしてもできなかったのだ。

そんな中でただ一度、彼に頼んだ我儘が、別れの準備のためのものというのが、自分が不幸気質すぎて泣けてくる。

「…義勇?大丈夫か?気分でも悪いのか?」

どうしても悪くなる顔色に気付いた錆兎が心配そうにそう言って顔を覗き込んできた。

「確かに今日は義勇の最後の撮影だけど、撮影自体はまだ続くし、気分が悪いなら食事は後日にするか?」
支えるように腰に手を回してそういう錆兎に義勇は慌てて首を横に振った。

後日なんてとんでもない。
前々から決意していたのだ。
ここで崩れたらもう自分で色々進められる気がしない。

だから義勇は
「大丈夫。ただ…撮影期間が長かったから、終わって少し感傷的になってただけだ」
と、無理に笑って見せた。


ずっと行ってみたかったのだ…と言って連れて行ってもらったのはマンションから1時間ほどの場所にあるイタリアンレストラン。
たぶん…美味しいのであろう料理の味はわからない。
ただ目の前で食事をしている錆兎を脳裏に焼き付けるように見つめ続けたら、さすがに異変に気付いたのだろう。

「義勇?本当に体調悪いんじゃないのか?」
と額に伸びてくる手。

「熱はないみたいだけど…病院行くか?」
という声は慈しみに満ちている。

ああ、まだ恋人役は続いているんだな…と、その事に泣きそうになった。
人生の中で唯一他人に必要とされ愛されている時間。
…たとえそれが仕事上の偽りの物だとしても……
本当にこれきり。
これが最後なのだと思うと、途中で中断などできるはずもない。

義勇は泣きながら
「…少し頭が痛い…だけ。
でも食べたいから…まだ帰りたくない」
と首を横に振る。

「ここの料理そんなに好きならまた連れて来てやるよ。
無理しないで今日は帰ろう?」
「嫌だ……」
個室なのを良い事に駄々っ子のように言う義勇に困った顔の錆兎。

でも滅多に自分を通すことのない義勇の初めてくらいの強固な態度に諦めたらしい。
小さく息を吐き出すと
「我慢できなくなったらすぐ言えよ?」
と念押しをすると食事を続けた。

こうして微妙な空気の中で終えた食事。
「なあ…本当に病院行かなくて良いのか?」
と、マンションへと向かいながら聞いてくる錆兎に、これも頑なに家に帰りたいのだと主張する。
すると錆兎は最終的に、いつもそうであるように義勇の希望を優先してくれるのだ。

車で移動する事、1時間。
外は雨が降っていた。

だからいつもより少しだけ緊張した面持ちで運転する錆兎。
端正な顔。
男らしく整ったその容姿はそうしていると少し冷たい印象を与えるが、笑うととたんに温かく優しい顔になる事を義勇は知っていた。
そんな表情をする時の錆兎が義勇は大好きだった。
もちろん笑顔でなくても錆兎が優しい事もまた知っているのだけれど…。

だから義勇は運転する錆兎の横顔も脳裏に焼き付ける。
この1年間当たり前に見ていた光景。
それを目にするのも今日が最後だと思うと熱いものがこみ上げて来そうになるが、今泣くわけにはいかない。
錆兎に怪しまれる…という事もあるが、なによりもう時間がないのだ。
1分1秒でも長く愛情を与えてくれる相手の姿というものを目に焼き付けておきたい。

もういっそのことずっとマンションに辿りつかなければ良いのに…
そんな事を思ったが、こんな時に限って渋滞にすらひっかからず、実にスムーズに自宅マンション近くの見慣れた風景が目に入ってきた。

そろそろ…か…

――…あっ……
義勇は小さな声をあげた。

――義勇?どうした?
と、チラリと横目でこちらを窺ってくる錆兎に、
――…なんでも…ない…
慌てたように首を横に振りつつ、しかし言葉とは裏腹になんでもある風を装って唇を噛みしめて俯いて見せる。

一世一代の演技だ。
ひっかかってくれるだろうか?くれないと困るのだが……
そう思っていると、す~っと車線変更をして、静かに道路の端に完全に停まる車。

――なんでもなくないよな?どうしたんだ?
案の定聞いてくる錆兎。
それに内心ホッとしながらも、義勇はまた俯いたまま首を振った。

「本当に…たいしたことじゃないんだ…」
「…義勇にとってたいしたことじゃなくてもいい。
義勇がそんな顔してる事自体が俺にとってたいしたことだから、教えてくれ」

クシャクシャといつものように頭を撫でる手。
義勇を許容しているのだと雄弁に語る動作。
この1年間ですっかり慣らされてしまったそれ…

「財布…店に忘れたんだ」
「それ、たいしたことじゃなくないよな?」
義勇の告白に呆れたように目を見開く錆兎。
「一応カード会社とかに連絡してカード止めておいた方が…」
「カードとか持ってないし…お金も小銭しか入ってないから…それはいいんだけど…」
携帯を取り出す錆兎を見あげて言うと、錆兎はいったん手を止め
「けど?」
と聞き返してきた。

「…お守りが入ってる…。
いつもはずっと身に付けてたんだけど、最近は撮影があるからずっと財布にいれておいて、撮影が終わったからつけておこうと思ってレストルーム行った時に財布出して、ちょっと他の事に気を取られて出してつけるの忘れて財布ごと置きっぱなしにしちゃったみたいで…」

そう言ってまた俯くと、錆兎は電話をかけだした。
店に聞いているらしい。
そして通話を終えるとエンジンをかける。

「良かったな。まだあったって。取りに行くぞ」
「…良かった…けど……ごめん…無理だ」
「……??」
「頭痛い…」
「義勇??」

驚いて振り向く錆兎。

「ずっと痛かったんだけど…」
「…言えよ……」
「…うん…でも……楽しみだったから」
「…お前なぁ……」

はぁ~とため息をついて少し考え込む錆兎に義勇は言う。

「家に頭痛薬あるから…」
「……お守りってことは…あまり身辺から離したくないもんなんだよな?」
「…うん……」
「義勇、2時間ほどマンションに1人でも大丈夫か?」
「…薬飲んで寝てるだけだから……」
「よしっ!家に帰るぞ」
と、錆兎はハンドルに持たれていた身を起こした。

「俺は義勇をマンションに送ってから店に財布取りに戻る。
義勇はマンションで薬飲んで寝てろ。
で、どうしても辛くて我慢できなくなったら電話をくれ。
俺はすぐは戻れないけど、20分以内にはマンションにつける友人を寄越すから、病院へ連れてってもらえ」

片道1時間、往復2時間の道のり。
それを取りに戻ってくれるくらいに錆兎は優しい。
そんな優しさを分かっていて計画をたてたのだが、実際そうしてくれると言われるとやっぱり心が痛んだ。

「…ごめん……」
と言った時に申し訳なくて涙が出たのは演技じゃない。
それに対してさえ、
「気にするな。それより気分悪くなったら無理するなよ?
すぐ電話寄越せよ?」
と、頭が痛いと言ったからだろう。
いつもよりも優しく、ソッと頭を撫でてきた。

本当に最後まで完璧に優しい。
悲しくて切なくて温かい…。
マンションで降ろされて錆兎の車を見送った義勇は、この瞬間、呼吸を止めてしまえれば幸せなのかもしれないとすら思った。
それでも義勇は呼吸を止める事無くマンションへと戻って行く。
最後の幕を閉めるために……








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