考えてみれば今日義勇の長兄に会うまで、義勇の抱えている背景について、ほとんど何も知らなかったことに、錆兎は今更ながらに気づいた。
それも宇髄からたまたま聞いていただけで、自分で調べたわけでもない。
そしてそれを知ってからは、自分の脳内で正妻と正妻の子3人に囲まれた愛人の子という環境で、一般的に考えられる境遇であると調べもせずに信じ込んでいた。
猛省である。
本当に猛省である。
今回はたまたま実父が先走って非合法にして人道的とは言えない方法での奪還を試みてきたから大事になる前に対策を取る方向で動けているが、これがなければ、下手すると2人きりで会わせるくらいはしていた可能性すらあったのではないだろうか。
何事も自分で裏をとるべしというのは常識なのに、いちばん大切なあたりでそれを怠っていた自分に若干腹をたてつつ、錆兎は可愛い嫁の待つ家へと帰宅した。
オートロックのマンションのドアを超えてエントランスに入ると受付。
招かれざる客が住人が開けたスキにマンション内へ侵入しようとしてもここで止められる。
その後は5階区切りでそれ専用に並ぶエレベータ。
これもキーで動くことになっているので、その階の住人でないと動かない。
さらに自分の住む階でエレベータを降りれば、廊下にも管理人室で管理する監視カメラがついている。
過剰なまでに侵入者を警戒するこのマンションを選んだのは、義勇と籍を入れるまでは自分自身がお家騒動の真っ只中にいたからだったが、今、こんなふうに身の安全をはからなければならない嫁を持つ身としては本当にちょうどよかったと思う。
こうして錆兎は自宅前につき、これもこのマンション自慢のちょっとやそっとでは合鍵の作れない自宅の鍵のついたキーケースを取り出そうとした瞬間、目の前で、バっとドアが開いて、可愛い家族が可愛いエプロン付きで
「おかえり、錆兎っ!」
と、飛び出してきた。
「こら、相手も確認せずにドア開けたらダメだろう」
と、嬉しいことは嬉しいが、そこはきっちり言っておく。
すると、それまで千切れそうな勢いでしっぽを振りながら主人の帰宅を出迎える子犬のように嬉しそうに錆兎を見上げていた大きな瞳があっというまに不安にかげって
「…ご…ごめん……」
と、義勇は一気にシュンと肩を落とした。
「あ~…怒ってるわけじゃない。
お出迎えは嬉しいんだが、誘拐されかかったばかりだろう?
一応セキュリティはこれでもかってほどしっかりしてるマンションで、受付にも特に不審者については気をつけてくれるように頼んではいるが、万が一、義勇になにかあったら俺も号泣するくらいではすまないからな。
ドアは開けずに俺が鍵開けるのを待って、ドアの内側でお出迎えしてくれるととても嬉しい」
そう、これだ。
この、錆兎から見ると不思議なレベルでの義勇の滅入りやすさのせいで、自宅では辛く当たられていたのかと思ってしまったのだが、実は逆なのかもしれないと思う。
日常的に辛くあたられていたならもう少し打たれ強くなっている気がする。
義勇はむしろ大切に慈しまれすぎて、打たれ弱いのかもしれない。
とにかくどちらにしても再度誘拐されても嫌だし、そのあたりは譲れないところなのでそう指摘したが、怒っていないの一言でお嫁さまは浮上したらしい。
「わかったっ。
そろそろ帰って来る頃かと思ってお湯わかしておいたんだ」
と、寒い中を帰ってきた錆兎にまず温まってもらおうと、お茶を用意してくれていることを伝えてくれる。
ああ、可愛い。
本当にいちいち可愛い。
ドアを開けられては困るのだが、お出迎えは素直に嬉しい。
幸せだと思う。
こうして義勇と一緒にリビングへ。
それもおそらく何かで見たのだろう。
義勇は
「お疲れ様、上着かけとくな」
と、背広を脱がせてくれる。
それをハンガーにかけに錆兎の部屋へ。
そして戻るとパタパタとスリッパの音をさせながら、キッチンへと走っていった。
本当に絵に描いたような光景。
いつものように一緒に自炊をする前の一杯の温かいお茶を飲みつつ、錆兎は義勇に今日慎一に会った話をした。
とにかく義勇から見た義勇の家庭事情や家族の印象を聞きたい。
もちろん義勇の認識が絶対的に正しいとは言えないかもしれないが、逆に義勇自身の口から出る言葉は間違いなく義勇からみた実家の家族の真実である。
それぞれ自身に都合の悪い部分は口にしないだろうし、今後の義勇の警護の指針にするのに情報を得るのは、本人にとって有害かどうかが一番だろう。
思いがけず実兄との関係は悪くはなさそうだったので、そちらに会ったことを話しついでにと、錆兎は本人にきいてみることにした。
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