政略結婚で始まる愛の話_22_初デートは危険がいっぱい4

嫁が可愛い。
世界一可愛い。

日曜日、待ちに待った義勇とのデートだ。

この日のために用意したコート。
実は拒否られないかと内心ドキドキしていた。

な~ぜ~か、というと、これ、実はレディースである。

どのあたりが違うかと言えば、決定的に違うのは当然ながら合わせ。
メンズは左前だがレディースは右前。

まあ、バレるとしたらそこからだろうと思うが、別にそこにこだわりをもっているわけではない。
嫁に似合いそうなさりげなく可愛いデザインを探していたら、それがレディースだったというだけである。

もちろん色や模様の問題ではなく、デザインの問題だ。
同じダッフルでもメンズはわりと上下の幅が変わらない筒型が多いが、レディースだと裾広がりの三角形のものがわりあいと多い。
単にそういう形のダッフルを着せたかったのだ。

幸いにして義勇はあまり服装にこだわりがないらしく、錆兎がコートを全て着せてやると全く気づかなかったようだ。
一番違和感を感じるとしたらボタンを留めるあたりだろうと思って、さりげなく全部自分が着せてやったのは正解だったと思う。

当たり前だが別に嫌がらせをしたいわけではない。
錆兎だって嫁との記念すべき初めてのデートは楽しみにしているのだ。
だから義勇が最高に可愛く見える格好でデートしたい。
ただそれだけなのである。

思った通り、柔らかい色合いのダッフルコートを着た嫁は世界一可愛かった。

思わず出かける前にスマホで写真を撮ってそれを待ち受けにしてしまうくらいには可愛かった。
ただ、8歳年下のミドルティーンということもあるが、その年の割にもずいぶんと幼く見えるので、24歳の錆兎が連れて歩くとやや犯罪臭がしないかと言う点だけは少しだけ心配ではある。

それでも可愛い可愛い幼い伴侶を連れての初めてのデート。
場所は車で30分ほどの大きなショッピングモールだ。
まずは車を駐車場に停めてショッピングエリアの上にある映画館に行くことにする。


駐車場から通路を経てショッピングエリアに入った瞬間、義勇がピタリと足を止めた。
そして不思議そうに後ろを振り返る。

突然だったので、
「どうした?なんか変なやつでもいたか?」
と聞いてやると、義勇は少し考え込んだ。

ショッピングモールに来るのも初めてだと言っていたので、何か思っていたのと違うところでもあったのだろうか…とも思ったのだが、返って来た答えは…

「いや…なんか道行く人が錆兎に見惚れてるなぁって思って。
俺よりずっとお似合いのきれいな女性達には少し申し訳ない気がする。
それでもあらためて、そんな相手を探してきてくれた一番上の兄さんは大変だっただろうけど、でもちょっと嬉しいなって思って」

…で…

…はにかんだような笑みを浮かべて見上げてくる嫁の愛らしさに、錆兎は24歳にもなって、まるで思春期の少年のように言葉を失って視線をそらした。
たぶん顔は真っ赤になっていると思う。

可愛すぎだろぉぉ~~!!!
と、絶叫するのを堪えるだけで精一杯だ。

叫んだらダメだ、叫んだらダメだ、叫んだらダメだっ!!!

脳内でお題目のようにつぶやいて、なんとか口に出せた言葉は
──義勇の好みの容姿なら別に他のやつはどうでもいいんだけどな
…で、愛想のないことこの上ない。

しかし続いてなんとか口にした
──こういう会話って…なんだかデートっぽいよな
という今ひとつ冴えない言葉に義勇が笑ってうなずいてくれたから、全て良しとする。


こうして2人しっかりと手をつないで向かった映画館。
こちらも一度も来たことがないと言っていた義勇は、ほわぁあと感動したようにあたりを見回している。
もともと顔立ちも華奢な体格も可愛らしい子ではあるが、こういう反応が世慣れぬ感じで愛らしさが数倍増している感じだ。

さて、上映時間まではもちろん、入場時間までもまだ少々時間があるわけだが、なにも時間配分を間違ったわけではない。

休日の映画館で混んでいるのは想定していたので、事前に購入できるチケットはもちろん座席指定で2枚購入済みだが、初めて来る映画館なら楽しい定番は一通り経験させてやりたいのが人情というものである。

ということで、ポップコーンとドリンクを購入するのに時間がかかるだろうということで、この時間に来ることにあいなったというわけだ。


もちろん疲れさせてはと、義勇には欲しいものだけを聞いて、あとはソファに座らせておいて、自分だけ並ぶ。
それでなくても混んでいるので、数人で並ぶより、購入する人間だけ並んだほうが場所をとらないということもある。

こうして時折少し離れた後方のソファを気にしながら並んでいると、唐突に後ろに並んでいた女性2人組から
「すみません…前の方、お連れさんですか?
私達2人で来ているんですけど、映画のあとでも良かったら……」
と、声をかけられて、苦笑。

「申し訳ない。前の人とは無関係。
嫁と来てるんだ」
と、ちらりと義勇の方に視線を向ける。

女性たちもその視線を追うが、ソファの方にも人がたくさんいるので、特定は出来ないだろう。
それでも錆兎の視線の先には確かに自分を待っている世界で一番可愛い嫁がいるのだ。
思わず顔がほころんでしまう。

そんな錆兎に女性たちは少し肩を落として、
「ご夫婦で仲良く映画なんて素敵ですね」
と、それでも笑みを浮かべて引いてくれた。

それで錆兎も会釈をして前を振り返ると、ちょうど前の男性の番になっていて、錆兎ももう一度脳内で買うものをチェックした。


飲み物は義勇にアイスティ。自分にはアイスコーヒー。
ポップコーンは二種類の味を各Sサイズで買ってシェアをする。

どちらの味が良いか聞いた時には、単純に好みの味があるならそちらを、どちらも食べてみたいということなら両方買って食べたいだけ食べてもらって、余ったのを自分が食べれば良いかと思ってシェアを提案したわけなのだが、何もかもが珍しい義勇にとって、その”シェア”ということも珍しいものの一つだったようだ。

本当に嬉しくて嬉しくて仕方がないといったキラキラした目で、──シェアがいいっ!!──と言われて、錆兎はまた叫びだしそうになる。

俺の嫁、可愛すぎだろう!!
世界の中心でそう叫びたいと思った。


ともあれ、そんな可愛い可愛いお嫁さまの希望通り、2種類の味のポップコーンを買ってドリンクを買って、それらをのせたトレイを片手に駆け寄ろうとして、錆兎は唖然とする。

居たはずの場所に義勇が居ない。
黙って帰るということはありえないので、トイレか?ととりあえず義勇が座っていたソファに近づいて気づいた。
買ってやったパンフレットが床に落ちている。
ついさっきまで嬉しそうに抱えていたので、それを放り出すなんてことはないだろう。

ひやり…と、背に嫌な汗をかいた。
そしてすぐそばに座っていた親子連れに声をかけてみる。

「あの…ここにローティーンからミドルティーンくらいの男の子が座っていたと思うんですけど、知りませんか?
俺の連れなんですけど……」

もともとキツイ顔立ちで警戒されるのはわかっているが、他にどうしていいかわからない。

すると案の定、母親の方は若干の警戒の色を見せていたが、連れの幼子の方はまだまだ無邪気なお年頃らしい。
全く警戒することも怯えることもせず、

「あのね、ここにいたお兄ちゃん、眠くなっちゃったみたいで、おじさん2人が来て帰っちゃったよ。
僕ね、パンフレット落としたよって言ったんだけど、聞こえなかったみたいで……」


誘拐かっ?!!!
あたまがパ~ン!と爆発しかけた。
よもやこんな人目が多いの中で誘拐されるなんてありか?!!

いや、実際にその状況はどこをどう見ても誘拐だろう。

錆兎がポップコーンを買いに並ぶためわかれた時には義勇は特に眠そうな様子なんて見せていなかったから、何かおかしな薬を使われたのか?!!

「あの…どっちにいったかわかるかな?」
と聞くと、子どもは
「階段のほう~」
と非常階段を指差したので、錆兎は
「これ、つい今そこのカウンターで買ったばかりだから、よければ食べてくれ。
要らなかったら申し訳ないけど、処分してくれるようにカウンターに持っていってくれるとありがたい」
と、子どもでは心もとないので母親にトレイを押し付けると、ちょうど来たエレベータに飛び乗った。


義勇が眠っている状態だとしたら、移動は車になるだろう。
そう考えると、一刻も早く2階にある駐車場との連絡口に行くのが正しい。

時間的に最後に義勇の様子を見てから3分は経っていないと思うから、7階にある映画館のフロアから5階分で、その差を詰められるかが勝負だ。

申し訳ないが大ひんしゅくなのは承知で、ドアが開きかけるたび、閉まるのドアを連打する。

幸いにして最上階でまだ映画が終わる時間ではなく、むしろ始まる時間で降りる人はいても、乗ったのは錆兎だけだったので、他が乗ってこないように阻止してしまえばあっという間に2階へ着いた。



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