「ねえ…我妻」
一方でダイニングに集まってお茶を飲みつつ待っている留守番組。
クラスメートなのもあり、4人の中では比較的大人しいのもあって、さすがに気の毒になったのだろう。
3人娘は仲間に入れてやることにしたらしく、お菓子とお茶を持ってそちらのソファに移動。
そんな中、戸口をジッと睨んだままの炭治郎とその隣で菓子をかじっている善逸の元に、真由はカップを持って近づいて行った。
「ね、さっき錆兎さんに聞いたんだけど、義勇君と錆兎さんて恋人同士だったのね。
そうよね。ただの友だちにしては本当に大切にお守りしてる感じがしてた」
隣に腰をかけて聞いてくる真由の言葉に答えたのは視線は相変わらず戸口に向けたままの炭治郎の方である。
「ああ。この世のなにより大切にしているように思う。
錆兎は元々なんでも出来る人で何に対しても余裕だったのだが、義勇さんと知り合ってからは良くも悪くも素の感情がでるようになってきたというか…人間臭くなってきたな。
まあ知り合ったのが殺人事件起こっている真っただ中で、義勇さんが色々あって精神的にも参ってしまったこともあって、いつでも義勇さんを見ていつでも義勇さんの心配をしている。
まああの二人はなんというか…運命みたいなものだから…」
熱く語る炭治郎に真由は少し驚いたようにぽか~んと目を丸くしていたが、聞き終わると、
「そっか…。炭治郎君もすごく二人のこと大切にしてるんだね」
と、どこか懐かしそうな笑みを浮かべた。
「うん。錆兎も義勇さんも友人でもあるけど俺にとっては色々恩人なんだ。
二人がいなければ今の俺はないし、すごく感謝をしている。
だから大切な2人にはやっぱり幸せになって欲しいと思っているんだ」
と、そこで真由のその言葉を否定することなくそう続ける炭治郎に言う。
「うん…わかる。
うちは両親揃ってたけど色々あってほぼかまってもらえなくて、姉弟寄り添って生きてきたから、弟が一番大切でね。
弟に彼女とか出来たら寂しいって思ったかも知れないけど、やっぱり大切な人みつけて幸せになってくれたら嬉しかったと思う」
…あ…確か亡くなった……
と、その言葉で部屋での女子高生3人娘の話を思い出して、
「ごめん」
と炭治郎は慌てて謝罪したが、真由は
「ううん。大切な事思い出させてくれてありがとう」
と、それには曇りのない笑顔を見せた。
……ぎりぎり…セーフだったかな……
と、その後の彼女のつぶやきは本当に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、炭治郎も善逸もよく意味のわからないそれを、あるいは自分の聞き間違いかと思って反応を控え、その後黙り込む。
そんな微妙な空気が続くなか、外に行っていた錆兎達が戻ってきた。
「おかえり、どうだった?」
戻ってきた3人に拓郎が少し笑みを浮かべる。
「はい。とりあえず遺体周りは怪しい奴がいないか調べてシートをしっかりかけなおしてきました。
で、あとは田端の部屋の状態確認後、誰も入れない様に鍵かけて、念のため空き室も怪しい奴がいないか確認後鍵かけておきたいんで、マスターキーをまとめてお借りしていいですか?
あ…でも一応今使用中の客室については問題あるようならキーを抜いておいて下さい」
錆兎が言うが、拓郎は鍵束を錆兎にそのまま渡した。
「まあ…君達なら悪用はしないと信じてるよ」
「ありがとうございます」
錆兎はそれを受けとると礼を言って、義勇と湯沢と共に今度は上へと向かう。
錆兎はチラリと1Fに目をむけて、義勇と湯沢以外誰もきていないのを確認後、全ての部屋を通り越して廊下の一番奥、見晴らし台への階段を上った。
「あ~もしかして見晴し台から島一望して確認とかっすか?島の地形が実は鍵とか…?」
はしゃぐ湯沢に、本当に気分は名探偵だな、と、義勇は苦笑。
一方で錆兎は
「いや、単に縄跡調べにいくだけだ」
言って見晴し台のドアの鍵を開けた。
そして
「ここで待っててくれ。あまり汚したくない」
と、義勇と湯沢をドアの所に残すと、錆兎は見晴し台をグルッと一回りする。
そうして
「やっぱりか…」
錆兎は確信を持ってつぶやくと、ため息をついた。
「何かわかったんですか?」
戻った錆兎に、湯沢が不思議そうな目を向ける。
「ああ、まあ。たぶんほぼわかった」
「すっげ~!やっぱ頭の出来が違うっすね!」
はしゃぐ湯沢に対して錆兎は小さく息をつく。
「めでたしめでたし…とはいかないけどな」
湯沢に言ってもしかたない。
でも少し愚痴ってみたくなった。
「よくわからないっすけど…なんかあったんすか?」
きょとんと自分に目を向ける湯沢の能天気な雰囲気がうらやましい。
「田端が犯人じゃない事がわかったってこと…だと思う」
どうやら事情が飲み込めてるらしい義勇が言うと、湯沢は今度は義勇に聞く。
「それで滅入るほど田端嫌いっすか。
あ~確かにやたらと絡んでたけど…
スルーしてるように見えて実はマジむかついてました?」
「いや、田端はどうでもいい」
錆兎の再度の言葉に湯沢はますますわからないといった風にぽか~んと彼をみつめた。
「義勇さん…わりっす。俺頭悪すぎて状況マジわかんねっす」
錆兎よりは若干イラついてなさそうな義勇の方に湯沢は聞く。
「あ~つまり…犯人が田端じゃない、お前でも柿本でもないとすると、善逸と仲の良い誰かってことになるから…かな?
善逸は錆兎にとっては大切な友人だから…。
放っておけば田端だって事になってるのにわざわざ仲の良い奴の罪をあばいたら善逸に悲しい思いをさせるかもって事だと思う」
「おお~~なるほどっ!頭いっすねっ!」
なんだか…力が抜ける。
盛り上がる湯沢を残して、錆兎は階段を下りた。
まあほぼ間違いないだろう。動機ははっきりした。殺害方法も…。
全てがわかったところで、さてどうするか…
今までは真実を隠蔽するという選択はなかった。
箱根の時だって温泉旅行の時だって、犯人の側には何かしらの同情の余地もあったが、だからといってそれを考慮にいれるかどうかは自分の範疇、自分の権限ではなく、司法の問題だからと真相を明らかにした上で警察に投げてきた。
…が……今回は悩む。
犯人に対して同情から忖度する気は今までと同様にないのだが、真相を追求し始める前に真由に言われた、真実を明らかにしなければ義勇に(と彼女は具体的には言ってはいないが錆兎は話の流れから暗に指し示していたと理解している)危害が及ぶと言う発言が非常に気になっていた。
真由が望んでいた真相究明の結果はこれだったのか…?
もしくは違う結果を予測していたのか?
前者なら良いが、後者だったら義勇に何か危害が及んだりはしないだろうか…?
別に犯人や犯人の周り、あるいは他の事件の関係者に対する感情や同情なんて切り離して対応することは全く難しいことではないのだが、大切な大切な恋人様だけはダメだ。
真相を話す事によって危害が及ぶ、黙認することで完全に危害が及ばなくなるということなら、錆兎は迷わず黙秘を選択する。
自分の主義主張に反することになろうと、恋人の安全と引き換えにできるものなど何もない。
そんな理由で迷っていると、その大切な大切な恋人様が一歩近づいてきて錆兎の横に寄り添った。
「あのっ、俺は錆兎が信念を持ってやるべきだと思う事を成し遂げようとするなら全力で支持するし、そんな錆兎が…好きだからっ」
本来は恥ずかしがり屋で口数が多くはない恋人様が、おそらく悩んでいる自分のためにと、白い頬を少し朱に染めて羞恥に半分涙目になりながらも背中を押そうとしてくれている事に、錆兎は感動を覚えた。
ああ…可愛い。やっぱり義勇は世界で一番素晴らしい。
ここまで恋人に言わせたからには、やはりきっちりと真相を暴くべきだろうと、錆兎は思い直す。
それで何か身に危険が迫ることになるならば、それこそ自分が全力で守ればいいことだ。
物理的な護衛なら得意とするところじゃないか。
あと考慮に入れる問題としては…暴く前に善逸に言うか言わないかなわけで…
この旅行に来る前、炭治郎から女子高生4人組は善逸の小学校時代からの幼馴染だと聞いた。
まあ…臆病な善逸が危険な男達が同行する不穏な旅行に行くくらいには、思い入れのある子たちなのだろうと思うと、自分の関係者ではないだけにやりにくい。
しかし結局…そこは隠しておけるものでもないと判断して
「もしもし、炭治郎、俺だ。念のため善逸も連れてこっち来れるか?今2Fの廊下」
と、錆兎は炭治郎の携帯に電話をかけて呼び出した。
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