その日はジャスミンとアニーが消えた後も事実を知って驚くホップ、
また戦えなかった事に落ち込むトリトマ、
間近で見たまだ少女のイヴィルにショックを受けていたファー、
そのそれぞれに後から駆けつけたユリ共々フォローをして回って慌ただしく時間が過ぎて行った。
そして翌朝...ひのきの私室ではまったりとした時間が流れていた。
みそ汁をすすりながらつぶやくひのきに
「お疲れさまでした」
と茶を注ぐなずな。
「ん~?なずなもお疲れだろ?」
カランと空になった味噌椀をテーブルにおいて正面に座るなずなにひのきが目をやるとなずなは首を横に振ってにっこり微笑んだ。
「ううん。私はタカがする事をお手伝いしてるだけだから。あんまり自分で物考えてないし」
言って自分の分も茶を注ぎ、湯のみを手に取って顔をうずめる。
「いつもね、タカがやる事のサポートって感じだから、たぶん自分で考えてとかだったらなんにもできないよ?
タカがいるから私は動けるの。だからね...たまに怖い」
「怖い?」
ひのきが不思議そうに聞き返すとなずなは小さくうなづいた。
「タカがいなかったら私は要らないから。タカがいなくなったら消えちゃうかもって...」
ポロっとひのきの手から箸がこぼれ落ちた。
「お前それやめろっ」
ひのきは立って正面に座るなずなの隣に腰をおろし、なずなを引き寄せる。
「お前が言うとシャレにならねえからっ!」
心臓が一瞬とまりそうな感覚がして、それから痛いほどドキドキと脈打つ。
「でもね...本当なの。
タカいなくなっちゃったら多分泡になって消えちゃうんじゃないかな」
「だ~か~らっ!俺はいなくならねえし、お前も消えないっ!」
なずながつぶやくと、本当に消えそうな錯覚に襲われて、血が沸騰しそうになる。
「...ホントに?...タカがね、いなくなって一人ぼっちになるの、すっごく怖いの」
「ああ。俺は俺より先にお前がいなくなりそうで怖いぞ。マジ絶対に無理すんなよ?」
言ってひのきは相変わらず細いなずなの肩をきつく抱きしめた。
ここのところ随分強靭な精神力を見せていたなずなのいきなりの不意打ちに一気に血の気がひいてきた。
「お前...まさかどこか悪いとかじゃねえよな?熱は?」
言って額に手をあてるが熱はないようだ。
それでも急にそんな事を口にするなずなに不安になる。
もしかして何か消えそうな...命に関わるような体調の不調を抱えていて気が弱くなっているのではないだろうか...
もう会えなくなる、そんな予感がそんな言葉を言わせてるのか...
そういえば1ヶ月離れてる間のなずなの様子を一切知らないし...
不安が重くのしかかって目の前が暗くなる。
ひのきは立ち上がってなずなを抱き上げた。
「タカ?」
不思議そうに見上げるなずなに構わず、そのまま無言で部屋を出る。
「タカ?どうしたの?」
さらに聞いてくるなずなに
「黙ってろ」
とだけ言うと、ひのきは一路4区を目指した。
「タカぼん、どないしたんや?!」
血の気が失せた顔でなずなを抱いて医務室に入って来たひのきに驚いて、レンがあわててかけよってきた。
「...精密検査してくれ...」
言ってひのきはなずなをベッドに下ろす。
「タカぼんの?」
とさらに聞いてくるレンにひのきはガン!と壁を殴って
「なずなのだっ!」
と叫んだ。
「ちょ...ちょっと待って、タカ。いったい...」
「お前は黙って寝てろっ!」
意味がわからず驚いて口を開くなずなの言葉を遮って、ひのきはなずなをベッドに押し付ける。
「えと...しゃあないな、なずなちゃん、ちょっとそこで寝てて?すぐ戻るさかいな」
あきらかに様子がおかしいひのきに驚きつつも、レンはなずなにそう言って、ひのきの腕を取ってついたての向こうの診察室に連れて行った。
「頼む...何かあるなら隠さないで教えてくれ。
この一ヶ月間なずなの体に何かあったか?」
真っ青な顔をして震える声で言うひのきに、レンは
「いや、あらへんよ?初日に寝不足で倒れたくらいやな」
と答える。
「何も...隠してないだろうな?」
ひのきが疑り深くきくのに、
「隠してへんよ~。倒れた時かて口止めされてんのにちゃんと報告したやろ?」
と、レンはひのきを椅子にうながした。
なずなよりひのきの方がよほどどこか悪そうな印象を受ける。
「なんでそんな事きくん?」
まったりとお茶をだしながらレンがたずねると、ひのきは震える手で口を覆った。
「さっき...なんか急におかしい事言いだしたから。
あいつ体強くねえし...もしかしたら死期でも感じてんじゃねえかと...
俺が無理ばっかさせてたから...遠征中も連絡一つ入れなかったし...なずなになんかあったら...俺がちゃんとしてたら......」
色々と不安がグルグル頭を回っていてブツブツと独り言になっていく言葉にレンはため息をついた。
ひのきから話をきくのは無理だろう。まだなずなに聞いた方が良さそうだ。
「とりあえずな、遠征中なんかあったってのはないからな。
これから精密検査しといたるから...ちとすぐにフェイちゃんに届けないかんものがあったんで、届けといてくれるか?」
と、後ろを向くとひのきから見えない様に適当な封筒に適当なチラシを入れて封をするとそれをひのきに渡した。
「ああ、わかった。じゃあ頼む。何かわかったら...」
「わかっとるよ、即連絡いれたる」
言ってひのきを追い出すと、今度は即フェイロンに電話を入れた。
「俺だ」
電話をかけると毎度毎度名前も名乗らずそう応対するフェイロンに
「相変わらず俺様やねぇ、フェイちゃん」
と思わず笑うレン。
「言いたい事がそれだけなら切るぞ」
と、フェイロンがいきなり切り掛かるのにあわててレンが言う。
「いや、タカぼんが大変なんやって。切らんといて!」
「タカが?!どうした?!」
その言葉に電話の向こうでも慌てる声がする。
「えとな...今タカぼんが医務室に精密検査受けさせてくれってなずなちゃん連れて来たんやけど、タカぼんもうそれはそれは真っ青で動揺しとってな...」
「なずな君を?どこか悪いのか?」
「いや、俺が見た限りでは別にそんな感じせえへんのやけどな。
タカぼんはなんかすごい病気なんじゃないかと信じ込んどるみたいで...
話きける状態やないねん。
せやからなずなちゃんの方に事情ききたいねんけど、タカぼんそっちで引き止めといてもらってええ?
今フェイちゃんに届け物あるて騙してそっちいかせたから。
その辺歩かせといたら発作的に自殺でもしそうな勢いやねん」
「ああ、わかった。任せろ。そっちも頑張ってくれ」
「了解っ。んじゃ、そういう事で」
レンは電話を切って紅茶を二人分、そして机の中からチョコレートを出して盆に乗せる。
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