拠点についた時にはすでに夕方で、それぞれの小屋に一袋ずつ蝶の入ったビニール袋を配りつつ、錆兎は最後に袋を渡しに行った不死川達の小屋で状況報告を終えると、夜の見張りの前に一旦食事を取りに自分の小屋へと戻っていった。
「そうですねぇ。一昨日の料理ですしね」
小屋の中では錆兎が船から持ってきたパイや春巻きを前に話し合う義勇と茂部太郎。
菓子は一応他の部屋にも配布したのだが、そのあたりの料理は全員に配るには量がないため、昨日、今日と小屋の面々でだけ食べている。
量的にも経過時間的にも今日食べきってちょうど良いくらいだろうと、それで夕飯を済ませた。
食事が終わると、錆兎と煉獄は今後について話し合いを始め、義勇は小鳥のピチュの餌やりにピチュの巣の代わりのタオルが置いてある部屋の隅に戻り…そして歓声をあげる。
「卵!卵産んでるっ!
どこか元気がなかったのはもしかして卵抱えてたからだったんだっ!」
はしゃぐ声に、茂部太郎が巣とピチュを見に行った。
…そして…青ざめて戻ってくる。
「寮長、寮長……」
と、珍しく相手が何かをしている時に割り込むようなことをしてくるので、煉獄との話し合いの途中だった錆兎は、そこで煉獄に少し待ってもらうように手で合図して、
「どうした?」
と、茂部太郎を振り返った。
──…あの……
──ん?
──…卵……
──うん?
──…やばいものかも……
──…?
何がやばいのかはわからないが、すぐそこにあるわけだし実際見た方が早いだろう。
そう思って錆兎も腰を上げて部屋の隅の巣を見に行って…そして青ざめた。
ほわほわとした笑みを浮かべる義勇は大変愛らしいし、その笑顔を曇らせたくはないのだが、そのピンポン玉くらいの赤い球体は……
錆兎が声をかけようとした瞬間、外で悲鳴が聞こえた。
煉獄が反射的にナイフを手に立ち上がる。
「様子を見てくる!
三銃士その1も連絡係として…」
「はいっ!ついていきます!!」
と、煉獄に全てを言わせるまでもなく、茂部太郎も外へと飛び出して行く煉獄のあとを追った。
そちらは二人に任せることにして、錆兎は義勇に話しかける。
「義勇…その卵は…やばい。
ほら…壁画にあったコレじゃないか?」
と、錆兎は自身のスマホに写った写真をみせた。
落ち込むかな…落ち込むよな…。
どうリカバリするかな…。
拾ってまだ一日強だがとても可愛がって面倒をみていたため捨ててくるとなると落ち込むか…と思ってスマホから顔を上げると、錆兎に向けられたのは可愛らしい顔に可愛らしく怒った表情を浮かべてこちらに視線を向ける姫君。
「いくら錆兎でもひどいよ。
たまたま壁画の絵が赤い球体だったからといって、ピチュの卵と一緒にするなんて!」
可愛らしい声で浴びせられる非難の言葉。
おお~い、そう来たかっ!!
パシッと自らの額に片手を当てて錆兎はため息混じりに天井を仰いだ。
怒りの涙目でぷるぷる震えている義勇。
これは…1人では分が悪い。
煉獄か茂部太郎に戻ってもらって即説得するか…
とりあえず最悪、ビニールに入れた蝶がいるからなんとかなるかもしれないが…
そんなことを思っていると、茂部太郎が血相を変えて戻ってきた。
「寮長、大変ですっ!荒縄が燃えてますっ!!」
「ええっ?!!」
即確認に行きたい…が……と、錆兎は悩んでお姫様達に…いや、正確にはその腕に抱かれたタオルの中の小鳥と赤い卵に視線を向けた。
「あ~…じゃあ、妥協案。
その鳥と卵はタオルごと茂部太郎に預けろ。
でないと万が一があれば他の人間にも迷惑をかけるし拠点には置いておけない。
で、茂部太郎は異常が起きないうちはそれを死守な。
不安かもしれんが姫君の意向だ」
と、その錆兎の指示に義勇はピチュを渋々タオルごと茂部太郎に。
茂部太郎は青ざめながらもそれを受け取った。
「てことで俺は外の様子を見てくる。
ついでに仁をこっちに寄越すように言ってくるな」
と、錆兎はそれを確認後、小屋を出て様子を見に行く。
恐ろしいことに茂部太郎の言った通りだった。
荒縄が燃えている。
人為的なものか外側から何かが起こったのかはわからない。
さきほどの声は宇髄に言われて錆兎を呼びに外に出た仁のものだったらしい。
その声に外に出てきた面々が慌てて火を消そうとしているが、縄は半分くらいは燃え落ちてしまっていた。
「これから夜だと言うのに…」
と青ざめる一同。
「とりあえず…蝶のビニールが頼りだな。
ビニールを持って…一応いざという時に逃げやすいよう東屋に集まるか…」
との宇髄の提案だが、CPの小屋の例の怪しい女性亜美が
「あたし達は小屋にこもるわっ!
こうなったら小屋を締め切って蝶を放った方が安全だもの!」
と、断固として小屋にこもることを主張するので、そちらは放っておくことにした。
むしろ混乱に乗じて何か行動を起こされる方が厄介だし、こもって近づいてこないならそちらのほうがありがたい。
こうして他は一旦必要最低限のものと蝶の袋を手にして東屋集合ということで、大急ぎで小屋に戻ることに。
錆兎も連絡用に仁を伴って小屋に戻ったが、そこでは思いがけないことが起こっていた。
錆兎がまず小屋に入ると、義勇がどこか申し訳無さ気な不安げな表情で錆兎を見上げてくる。
そして…部屋の片隅で起きていることを目にしてその理由を知ると、錆兎は今度こそ頭を抱えてしまった。
小鳥…ピチュが巣代わりのタオルから出て、蝶のビニールを破って蝶を食べてしまっている。
うあああーーーー!!!
と、叫びだしたくなった。
なんでこんなタイミングで?
よりによってこのタイミングでかぁああーー
いつもは冷静錆兎だが、さすがに片手で顔を覆って大きく息を吐き出してしまう。
「お~ま~え~~!!!なんで止めないっ?!
まじでヤバいぞ?!」
と、仁が茂部太郎の頭をすこ~んと殴った。
落ち着け、落ち着け、俺。
今はこの状況の打開策を考えないと……
もう誰の責任とか言っている暇はない。
今はもう夜で結界になっていたらしい荒縄もない。
まず錆兎は義勇については限りなく甘いが、それでもその身の安全がかかっているとなれば逆方向にふりきれる。
断固として廃棄を主張し、それを取り上げようとする錆兎に珍しく義勇が泣きながら反対する。
それでもタオルを抱えたままオロオロとする茂部太郎に
「グズグズするなっ!それを遠くへ捨ててこいっ!!」
と命じる錆兎に、
「捨てちゃダメだっ!!捨てたら絶対に許さないからっ!!」
と、泣く義勇。
「「茂部太郎っ!!」」
皇帝と姫君両方に逆方向のことを命じられて、茂部太郎は緊張が天元突破。
「あのっ!!ゲームとかアニメとかだと実は逆だったとかってありますよねっ!!」
と、いきなり現実逃避に二次元に走った。
「あ~…敵とか危険なもんだと思ってたモンが、実は味方だったり、お助けアイテムだったりする系?」
と、どんな時でも二次元を語られると乗ってしまう仁もそれについつい口を挟む。
「そうそうっ!この卵が実はお助けアイテムだったりするかもしれないじゃん?
捨てたら終わりなアイテムだったら取り返しつかねえし?」
「ちっと待った~。ストーリー考えてみる…」
「わかったっ!もういい!!それは茂部太郎、お前が責任持って保持しとくこと!
でも何かあったら危険だから姫さん達からは距離とっておけよっ?!」
もう色々が一度に起こりすぎて自分でも様々な可能性を判断する余裕がない。
諸々がはっきりわかっていない以上、重要であるかもしれないアイテムを完全に捨てて絶対に大丈夫なものか判断できない。
結果、錆兎はイレギュラーが起きても大丈夫なようにそれを守るべき者から少し離れた位置にキープしておく事にした。
「仁も茂部太郎の側。
そいつになにか起きそうだったらどちらか叫べる方が叫べ」
結界らしき縄と御札が失くなった以上、夜にここを拠点にする意味はあまりない。
なのでいつ移動になってもいいように荷物もまとめて重い物は仁に背負わせ、軽いものは義勇に。
錆兎と煉獄は時間稼ぎの戦闘に備えて武器を手にする。
そうして外に出ると、もう皆東屋の周りに集まっていた。
「…錆兎、悪い。
うちの小屋、全員外で縄の消火に当たってたら、蝶殺されてた…」
錆兎を見つけてまず走り寄ってきた宇随の言葉に錆兎はまた頭を抱えたくなってくる。
おそらく不死川達の小屋のものは亜美かもし共犯がいるならそいつの仕業だろう。
「すまん…うちのは小鳥が食っちまったらしい…」
と、錆兎が眉尻をさげると、おそらく錆兎達もそうだったように、宇髄もこちらの蝶を期待していたのだろう。
「マジか…?」
と、さすがにショックを受けたようだったが、そこで
「大丈夫っすっ!うちの小屋のは俺ら二人でキープしてましたからっ!」
と、大学生組が袋を指差す仁に二人そろってホッとする。
こうして錆兎達の小屋の4人、宇髄の部屋の金狼寮組と射人、大学生組、幼馴染組の男1人、そして仁の部屋の4人…そしてと、何故か今小屋にこもっているCPの小屋のはずの幼馴染組の男女もいる。
「お前ら、あの小屋にこもらないでいいのか?」
と、幼馴染組の男が聞けば、
それに顔を見合わせる2人。
そして頷きあうと男の方がひどく深刻な顔で声を潜めて言った
「あの…今籠っているCP…俺とひまりがうつらうつらしてたら、なんか外に出て行って、その直後だったから…火事になったの…ちょっと怖くて俺はとにかくひまりは一緒においておきたくないっつ~か…いや、むやみに疑っちゃまずいってのはあるんだけど…」
との言葉に、錆兎は固まった。
亜美が怪しいと言う話を聞いているのは自分と宇髄、それに自分がそれを一応伝えてある煉獄だけである。
「他に…何か気になったことは?」
と、本来亜美が怪しいと知るはずのないその男の言葉に素知らぬフリで聞き返すと、男はさらに声を潜めて
「…CPが戻った時になにかカバンに戻してたから騒ぎで誰もいない小屋でこっそり見てみたらライターがあって…
はっきりとした証拠はないんで大きな声では言えないだけど、ひまりに万が一の危険が及ばないように一応報告しておこうと思って…」
とちらりと隣の女子に視線を向けながら言った。
「まあ、そうだよな。ひまりに何かあったらうちの母ちゃんにもお前のおばさんにもどやされるよな」
と、1人別の小屋だった男と頷きあって寄り添う3人。
彼らに背を向け、錆兎はそれを宇髄と煉獄にも報告。
「これは…もう俺も巻き込まれじゃすませらんねえし、出来れば救助来たら亜美を確保して吐かせたい案件的だな…。
俺ん家から手ぇ回すから、救助が渡辺家か煉獄家だったら、健康状態チェックでもなんでもいいんで、逃げられない場所に確保よろしくな。
たぶん2時間以内、長くても半日のうちには人寄越すんで」
との宇髄の要請に、錆兎は了承する。
と、そんな話の途中で、今回はどちらから来るかわからないからと、東西南北に散って見張りを務めていた大学生二人組、茂部太郎、射人のうち、西側を見張っていた射人が
「来たかもっ!」
と異変を告げ、宇髄が確認に走り、錆兎は東屋を守る体制に入った。
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