「いけぇ!ゼニガメ!お前に決めたぁっ!!」
「マイパートナー、ヒトカゲ!カモンッ!!!」
「フシギダネ、頑張ってこいっ!!」
そして、それぞれの町から伸びた3本のやや細めの道がぶつかった所からは、大きな一本の道になっている。
最初のポケモンをもらった新米トレーナー達は、最初にその道の周りにいるコラッタやポッポを倒したりゲットしながら、手持ちを増やして次の町に行くのが一般的だ。
なので、そのちょうど道が交わるあたりに行くと、あちらこちらでポケモンボールを投げる子ども達の声が響き渡る。
サビトのポケモンになったギユウはボールに入らないので連れ歩くのがやや面倒な、少し特殊なポケモンだ。
隣を歩かせてはぐれても困るし、手をつなぐにも小さすぎる。
だからサビトはそんなギユウを連れ歩くためにハカセと一緒に色々支度をして、先に出たマコモ、タンジロウ、ゼンイツから2日ばかり遅れて初心者ロードまでたどり着いた。
そんな感じで出だしで遅れているわけなので、普通の新米トレーナーなら着いた瞬間にでも焦ってバトルを始めるところなのだろうが、サビトはそこで足をとめると、
「お~、みんなやっているな」
と、まずは手で日差しを遮りながら、のんびりあたりを見回した。
同じ町から出発した3人は、2日も前に発っているのでさすがにもう次の町に行ってしまったのだろう。
見当たらない。
逆に周りからも多くの視線を向けられているのは、ギユウが新種のみかけないポケモンであることと、本来はバトル以外の時はボールに入っているはずのポケモンが、錆兎が背負ったリュックの上に、ちょこんと腰を下ろしているからだろう。
奇異なものを見るような目で見られていることは、ギユウにとってはかなり心地の悪いものだったが、サビトは全く気にする様子もなく、
「どうする?ギユウ。
今日は見物するだけにしておくか?」
と、後ろ手に手を伸ばして、ギユウの頭を撫でてくれる。
ここまで来てバトルをしないポケモンとトレーナーなんて他にはいない。
それに、それでなくてもギユウの場合、他のポケモンと違って出来ないことも多くてサビトには迷惑をかけまくっているので、せめて人並み…いや、普通のポケモン並みにバトルくらいはこなしたい…と、ギユウは思った。
だから、きゅぅ…と、鳴いて錆兎のリュックから飛び降りる…のは怖いので、リュックを伝って降りようとしたのだが、ズルリ…と滑って落ちそうになって、必死にリュックにしがみつきながら、きゅぃきゅぃと鳴いていたら、サビトが
「ちょっと待ってろ。今降りられるようにしてやるから」
と苦笑してしゃがんでくれる。
そうしてよたよたとリュックから降りたギユウを見て、周りが、
「なにあれ?」
と、ぷすぷす笑う声がする。
それにギユウはすっかり委縮してしまって、しょん、と、肩を落として、ふさふさの自分の尻尾を足の間から前に回してそれに顔を隠すように抱き着いたまま、座り込んでしまった。
悲しい…
何が一番悲しいかと言うと、こんな風に自分が鈍くさいせいで、本当なら何でもできて強くて優しくて、みんなからカッコいいと思われるのが当たり前なはずのサビトまで、笑われることだ。
しかし、尻尾を抱え込んだまま、きゅぃきゅぃ泣くギユウを、サビトは嘲笑することなく馬鹿にすることもなく、抱き上げてそのまま抱きしめて
「どうした?今日は甘えん坊なのか?お前は本当に可愛いな」
と、頬ずりをしてくれる。
それどころか、
「お前の気が乗らないなら、別に戦わなくても構わないぞ。
道中何か出てきても、俺が追い払えるからな。
じゃあ次の町に向かうか」
と、ギユウを抱き上げたまま、皆がバトルしている横を普通にすり抜けて歩き始めるではないか。
このサビトの行動には、ギユウをみて笑っていた他のトレーナー達も…ギユウ自身でさえもぽか~んとしている。
──きゅぅ…きゅぃ…
さすがにこれはダメだろう。我ながらボールに入れないから当然ポケットにも入れない、ポケモン失格を自認するギユウでも、バトルまで出来ないとなったらさすがにダメだ。
文字通りサビトにおんぶに抱っこなんて、申し訳なさすぎる。
頑張る…戦いは苦手だけど、頑張るから…と、抱き上げられた状態で錆兎の胸元をふくふくした柔らかい小さな手で、ぽて、ぽて、と叩いてみた。
が、サビトはどこまで通じているのかはわからないが、そんなギユウにやっぱり笑みをむけて
「大丈夫。人間だって色々な性格のやつがいるんだから、戦いが好きじゃないポケモンがいたって別におかしくはないはずだ。
俺はどちらにしても武者修行に出る予定ではあったしな。
1人でも良かったんだが、お前がいてくれれば一人旅よりずっと楽しい」
と、言ってくれて、ギユウは泣きそうになる。
1年前…まだギユウが普通のポケモンのようにボールに入れた頃…
ギユウを連れて行った少年の家ではギユウが炎ポケモンではなく水ポケモンだと言うだけで受け入れられずに、研究所に返されたと言うのに、サビトはボールに入れない、戦えない、役に立たない、ないない尽くしのダメポケモンのギユウの全てを許容してくれるというのだ。
ウロコダキ博士の研究所で初めて会った時から、サビトはずっとギユウに優しい。
だからあの日から、いったんトレーナーに捨てられて、それがとっても悲しくて、また悲しい思いをするのは嫌なんだ…という気持ちでいたギユウに、絶対に一生大切に守るから…と、優しく手を差し伸べてくれたあの時から、サビトはギユウにとって神様になった。
そしてそのサビトが望むならどんなことだってしてみせるのだ、と、あの日、あの時に心に固く誓ったはずなのだが、そんなギユウの決意とは裏腹に、ギユウの身体は言う事を聞いてくれない。
さあ、戦うぞ!と思うと身がすくんでしまう。
サビトと出会ってからまる2日は、ウロコダキ研究所で準備をしつつ一緒に過ごして、今日、ギユウは初めて外に出たのだが、外はあまりに広くて怖かった。
戦うのも好きではないが、それよりなにより、戦っている最中はサビトは後ろにいることになるので、サビトが視界に入っていない、サビトが確実にそこにいることが確認できない、それが怖いのである。
だって、世界はこんなに広いから、サビトがどこかに行ってしまったら見つけられないかもしれないし、サビトがいなくなってしまったら、ギユウは今度こそ悲しさで死んでしまうだろう。
サビトに出会った最初の日…
夜にサビトはウロコダキ博士の仮眠用のベッドで眠ることになったのだが、それまではずっと…それこそ食事の時ですら膝に乗せてくれていたサビトのぬくもりが無くなったことで、ギユウは一気に不安になってしまった。
ボールに入れなくなったギユウのためにウロコダキ博士が作ってくれたタオルを敷いた箱の寝床の中で、ギユウは不安にプルプルと震えてぎゅっと目をつむってみたが眠れない。
なのでむくりと起き上がって、椅子や棚をつたってサビトが眠るベッドに、ぽふっと飛び降りた。
それでも…自分はポケモンなので、人間のベッドで眠ってはダメなんだろうな、と言う意識は持っていて、でも、どうしても離れたくなくて、サビトに気づかれないようなるべく目立たぬように足元に横たわって、寝ているサビトの足に、ぴとっと片足の先だけ触れてみたら、なんだか安心してそのまま寝てしまったのだが、朝、気づくとギユウはサビトの懐に潜り込むようにして抱きかかえられて眠っていた。
──…きゅ、…きゅぅっ…
なんてことをしてしまったのだろう。
すごくびっくりして、サビトに気づかれないうちに抜け出さなければ…と、びくん、と、身を震わせたら、頭の上から
──…まだ起きるには早い…大人しく寝てろ…
と、言う声がふってきて、それと共に、ぽん、ぽん、と、なんだかなだめるように背を軽く叩かれた。
一定のリズムで背を叩くその手の感触が心地よすぎて、ギユウは、きゅぅ…と、また錆兎の懐に鼻先を潜り込ませて眠ってしまう。
気づけばふさふさした尻尾がゆらゆら揺れて、それがくすぐったかったのか、サビトは小さく笑って
「…なんだか…ご機嫌なのか…?…可愛いな…」
と、撫でつけるように尻尾に触れると、また眠りに落ちて行った。
あとで知ったことなのだが、その時サビトは足元に眠っていたギユウに気づいて、蹴ってしまったら危ないから、と、胸元に抱きかかえるように移動させてくれたらしい。
ポケモンなのに人間のベッドで一緒に眠って良いのか…?
という問題については、サビトは気にしないらしく、むしろ
「まだ生まれたての赤ん坊みたいなものだしな。
人肌で安心するなら、足元と言わず、普通に一緒に眠ればいい」
と言ってくれる。
こうして、ギユウはその時からずっと、身体の一部をサビトに触れているようになったのだ。
別にサビトが約束を違えるような人間だとは思ってはいないのだが、最初に連れて行かれた少年の時だって返されるなんて思っても見なくて、その衝撃が忘れられない。
サビトのことが好きになればなるほど、その時のショックを思い出して、不安が募るのである。
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