正直ここまで怖いと思ったのは、初めての任務の時以来じゃないだろうか。
最後に会った中学3年の頃には義勇はまだ成長しきっていない少年らしい頼りなさを残した愛らしい容姿をしていた。
だが、あれから2年。
今は互いに高校2年になったので、ずいぶん変わってしまっているだろうか…。
錆兎の方は成長が早くて中3の頃はすでに体格も良く、若干背が伸びたことと、あの事件の最後に負った傷の痕が頬に残っているくらいで、見た目は大して変わっていないと思う。
荷物は先に送られていて、身一つで寮の私室のドアの前に立った錆兎は、一度大きく深呼吸をして、ドアをノックする。
──どうぞ…
と、返ってきた声は聞きおぼえがあるものの、経った年数からこの程度だろうと想像していたよりも遥かに高く細い、あの頃…錆兎が知っていた頃のままの義勇の声だ。
その事実になんだか胸にこみあげるようなものがあって、錆兎は息を飲んだ。
何時までも開く様子のないドアに、中からは
──……どうぞ?
と、また訝し気な声が返ってくる。
そこで錆兎はハッとして、今度はしっかりとドアノブを握ると
──失礼する。
と、一声かけて、ドアを開いた。
ドアを開くと小さな玄関。
サイドに備え付けの靴箱があり、ほんの2mほどの廊下。
その片側にはミニキッチン。
その隣には小さな冷蔵庫。
ミニキッチンの正面にはユニットバスとトイレ。
この作りだとおそらく洗濯機はベランダにあるのだろう。
学生寮にしてはかなり色々揃っているし、広い方だと思う。
ざっと中を見回してそんなことを考えながら、錆兎はドアを閉めて靴を脱ぐと、その奥にある私室に歩を進めた。
奥の私室は10畳ほどの部屋。
向かって手前側左右に1つずつベッドが置いてあり、その奥、ベランダに続くガラス戸の左右の壁沿いにライティングデスクが1つずつ。
ベッドには間仕切りのカーテンがついていて、最低限のプライバシーは守られるようになっている。
大きなガラス戸のおかげで室内はかなり明るい。
そんな風に外から差し込む陽の光を浴びて机に付属している椅子に座っていたのは、2年も経ったのに思ったよりも変わっていない綺麗な少年だった。
少し跳ねた黒髪に真っ白な肌。
まつ毛が黒々と長く豊かで、それに縁どられた目は確か母方の祖母が欧州の人だということで、日本では珍しい青い色をしている。
なんだかとても親しくしていたあの頃を思い出して胸が詰まったが、ここは懐かしんでいる場合ではない。
まずは謝罪だ。
義勇の家族を間に合わずに助けられなかったこと。
義勇を助けた際に錆兎のミスで自身の頬を斬りつけられて、それに号泣する義勇に動揺して、自分は実はこういうトラブルを解決するために送られてきた人間で一般人ではないので、義勇が責任を感じることもそのために泣く必要もないのだということをうっかり口を滑らせて言ってしまったために、義勇が普通の生活に戻れなくなってしまったことについて。
それをどういう言葉で伝えようか…と、一瞬考え込んでいる間に、なんと先を越された。
──ごめんっ!ごめんなざい~~~!!!!
錆兎の姿を見た瞬間、義勇の大きな澄んだ目に見る見る間に涙があふれて、それが白い頬を伝ってハラハラと零れ落ちた。
──やだぁっ…嫌わないで、嫌っちゃやだっ!!
と、いきなり立ち上がって駆け出してきた義勇に激突されて、その勢いに後ろにひっくり返りそうになるのをなんとか踏みとどまる。
そうして恐る恐る背に腕を回してみると、背は当時よりは若干伸びたようだが相変わらず細い。
「あ~…泣くな。泣かないでくれ。
俺がお前に泣かれると弱いのは、誰よりもお前自身がよく知っているだろう」
と、なだめるようにポンポンと義勇の背を軽く叩くと、義勇はくすん、くすんと鼻を鳴らしながら、
「……さびと…怒ってない?」
と伺うような上目遣いで見上げてくるのが相変わらずあざと可愛くて眩暈がした。
「…俺は怒ってはいない…というか、俺は何に対して謝られているんだ?」
そう、怒る怒らない、許す許さない以前にまずそれだ。
謝罪するつもりでいたのに逆に謝罪される理由が一向に思い当たらない。
そう思ってそれを指摘すると、涙でいっぱいになった青い大きな目が錆兎を見上げて、錆兎よりも一回りほども小さいのではないかと思われる手が、おそるおそると言った様子でそっと錆兎の右頬の傷に触れる。
──…痛い?
と、本当に不安げに聞かれて、
──…いや?全く。痕にはなっているが、治ってから随分と経っているしな。
と、答えたのだが、それでもじわりと溢れ出る涙。
「お前は…本当に何が悲しくてそんなに泣いてるんだ…」
と、もうお手上げ状態で錆兎が眉尻をさげると、義勇は
「だって…だって、俺のせいで錆兎のカッコいい顔に傷が残ったっ……
傷っ…あっても、カッコいいけどっ……」
と、とうとう号泣する。
ああ、そうだった。
以前から義勇は何故か錆兎の顔が大好きだった。
良い悪いで言えば悪い方ではないとは思ってはいたのだが、本当に人形のように愛らしく整った義勇自身の方が絶対に顔は良いと思うのだが。
それを指摘すると義勇にムキになって錆兎の顔がいかにカッコいいかを力説されて死にそうに恥ずかしい思いをすることになるので、敢えて肯定も否定もしないし、美醜については語らない。
ただ
「まあ、俺の性格的にいずれ傷くらいはついていただろうし、良くも悪くも俺という人間の評価がそんなことで大きく変わることはないから安心しろ」
と、もう半分投げやりにため息をついて言うにとどめた。
そしてこの場合、その返答は正解だったらしい。
「…っ…うんっ……傷があっても…錆兎のカッコよさが損なわれることはない…っ…」
と、しゃくりを上げつつ返答に困る方向に同意をされたが、義勇もわずかながら落ち着いてきたようだ。
──…ひさしぶりだな、義勇
どうやら義勇の側は怒ってはいないらしい。
それにかなりホッとして錆兎が笑みを浮かべると、義勇は大きな目をさらに大きく見開いたまま固まった。
ああ、この反応も久しぶりだ…と、錆兎は思う。
義勇の容姿の好みにぴったりとマッチしているらしい錆兎が彼に笑みを浮かべるといつも固まって、それからまるで果実が熟れて色づいていくように頬を真っ赤に染めるのが常だった。
今も変わらず顔を赤くしていく義勇。
まるであの日以前に戻ったかのように本当に変わらない。
──お前は本当に変わらないな…
と、思わず漏らすと、即
──錆兎は変わった…
と、返って来てぎょっとするが、続く言葉が
──以前もカッコよかったけど、今はかっこ良さが現実とは思えないレベルだ…
で、その義勇の反応の相変わらずさに錆兎はまた苦笑した。
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