卒業_オリジナルVerコウ_01

碓井頼光、18歳。家族は警視総監の父一人。
幼稚舎から一貫教育の名門男子高で文武両道を旨として育つ。

成績は入学して以来トップから落ちた事はなく、父親の影響で幼い頃からやっている剣道、柔道、空手は有段者。
父親似でキリッとしたタイプの整いすぎるくらい整った容姿。
生まれてすぐ母が亡くなったため幼い頃から必然的に始めるようになった料理は、そこらの主婦には負けないくらいの腕前。
そして趣味の一つでもないと体裁が悪かろうと父親に言われて始めたピアノも元々几帳面で学業や武道と同様毎日練習を続けていたため、それなりの腕前になっている。

そんな彼の一番の欠点は情緒を理解出来ず空気が読めない事。

それに父親譲りの潔癖なまでな正義感と人並み外れた優秀さが加わって、親しみにくさもまたトップクラスだ。
尊敬はされるものの馴染まれない、学級委員どころか生徒会長にまで選ばれるものの友人ができない、それが現在の仲間に出会う高校2年までの彼だった。

しかし高校二年の夏、最愛の彼女フロウと出会い、また彼の人生において初めての友人ユートとアオイと出会う。

その後ユートとアオイもつきあうようになり、二組のカップル4人の仲間で行動する事が増えるが、何故か行く先々で事件が巻き起こる。
出会ってから今まで1年半の間に最初の事件も含めれば実に7回。
それを解決せざるを得ない状況に追い込まれてとはいえ、全てスピード解決しているあたりがまたコウ自身もあり得ない高校生だったりするが、1年半の間に4回旅行に行っている中での事件発生確率100%。
これがまたありえない確率である。

もう…事件が起こらない方があり得ない…最近はコウもそんな境地に至っていて、旅行ともなれば、指紋を付けないための手袋、証拠物件回収袋、応急処置のための救急キッドの3点セットを常備していたりする。

旅行本来の楽しみ方など満喫できた試しはない。
それでも何故旅行に行くのかと言われると、それはもうひとえに楽しいからだ。
もちろん”事件が”ではない。
最愛の彼女はもちろん、17年間切望しても得られなかった友人と一緒に時間をすごすのがだ。

そして長かった受験戦争も終わりを告げた高校卒業後の春休み。
今回も例によって仲間うちでの旅行である。

最愛の彼女フロウの母一条優香が提供してくれたスパで有名な白鴎ホテルの宿泊料80%offのチケット。
それが全ての始まりだった。


丁度6枚あったチケット。
いつものメンバーは4人なのであと2枚余る。
そこでユートが最近仲良くなったらしいコウの同級生の金森和馬を誘おうと提案。
和馬を誘うならと、和馬の彼女でコウも姉のように親しくしている風早藤を誘って丁度6人、藤の運転するワゴンでホテルに向かっていた。

だがコウの表情は旅行中なのに今ひとつ浮かない。
秀麗な顔に少し沈んだ表情をはりつけて小さく溜め息をつく。

それを助手席の和馬に聞きとがめられ、
「何を辛気くさい顔してる」
と、顔をしかめられた。

和馬は高校2年生の時にコウが生徒会長をやっていた時の副会長。
日常的に一緒にいた補佐役と言う事もあって、言う事にも遠慮がない。
言いにくい事もズケズケと言い放つ。

「まあまあ、和馬。
やっぱりさ、3年も行ってた高校を卒業して、毎日着ていた制服に別れを告げるって言うのは色々さ、感慨深いものなんだよ」
とそこで運転席で和馬の彼女の藤がフォローを入れてくるが、コウの場合は実は3年どころの話ではない。
幼稚舎から数えれば実に15年もの間ずっと同じ環境で育って来ている。

「過去を振り返って滅入るだけなんて思い切り時間の浪費だな」
との放置すれば延々と続けられそうな和馬のさらなる苦言に
「しかたないだろ…。俺15年間もずっと海陽だったし。
それ以外の環境行った事ないからな…」
とコウが面倒になって返すと、
「だからもう少し塾でも行って愚民と戯れておけと言っただろうが」
とそれでもさらに返ってくる。

確かに物心ついてからずっと所属していた環境を出て大学という新しい世界に入るという事に全く不安がないというわけではない。

しかしコウ自身に関して言えば、15年も在籍して生徒会長まで勤め上げた海陽学園の生活で、友人として気を許せるような同級生はほぼいなかったにも関わらず、物理的には何不自由なくすごしてきた。

大学でも、親友を作るんだとか何かの歌のように友達100人などと言う気負いを持たなければ、大抵の事は一人で出来るし、実際これまでもそうやって誰に頼る事もなくやってきたので、不自由はしない気がする。

そう、実はコウの憂鬱は自分の環境の変化ではない。


「ん~でもさ、そのかわり大学でまた新しく友達とかできるから楽しいじゃん。
サークルとかもいっぱいあるしさ」
沈み込んでいるコウとは対照的に明るくそう言う親友のユート。

コウの憂鬱はまさにそれだった。
さらに言うなら、自分の、ではない。

「これまでは女子校で周り男いなかったけど、女子大って…多いんだよな。その手の誘い…」
思わず出る本音。

「貴様は…自分の楽しみってよりそっちか…」
和馬の呆れた声に
「そりゃそうだろ。姫可愛いし今でさえ言いよってくる奴尽きないのに…」
コウはチラリと隣で少し眠そうにしているフロウに目をやる。

世界で一番大切な最愛の彼女。もうそれはそれは可愛い。
真っ白な小さな顔を覆うサラサラの柔らかく長い黒髪。
夢見るような澄んだ黒目がちの大きな瞳を縁取る睫毛は驚くほど長い。

小さく形の良い薄桃色の唇から発せられるハイトーンの声はまるでヒロイン役の声優のように可愛らしく、その声で紡がれる可愛いおしゃべりは音楽的で、聞いているだけで空気がほんわりと彼女の色に染まって清浄化されていくようにすら思える。

細い首から完璧に美しい曲線を描く肩までのライン。
全体的に華奢な体。染み一つない真っ白な肌。
頭のてっぺんからつま先まで、本当に熟練した職人が丹誠込めて作った人形のように美しい。

もちろん…容姿だけではない。
世界中の夢と幸せが詰まっているのではないかと思えるくらいふんわりと無邪気で可愛らしい笑顔。
それはしばしば考えすぎて悲観的になるコウを何度も癒し力づけてくれた。
自分の幸せの全てが彼女にあるといっても過言ではないと思う。

そんな容姿も性格も全てが完璧に可愛らしい彼女だけあって、もちろん好意を持つのは自分だけではないのはコウもいやになるほどわかっている。

言いよる男も数知れず。
コウが知り合う前から彼女の周りに常にいたストーカーやらおっかけやらは、コウが彼女とつき合い始めて日常的に彼女の学校の送り迎えをするようになってからも減りはしたものの止む事はなかった。

そんな彼女が自分のように勉強と武道しか取り柄のないつまらない男を選んでくれたのは、本当に奇跡だとコウは思っている。

しかし…だ、彼女は幼稚舎から男子校育ちのコウと丁度正反対に幼稚舎からミッション系女子校育ちで、これまでは男と親しく接する機会はほぼないに等しかった。
そして進学したのも付属の女子短大なのだが、有名お嬢様女子大ということは当然他の大学の男子学生との合同サークルの誘いも多い。

当然…他の男と接する事も増えるだろう。
その中にはユートや和馬のように空気を読む事に長けていて、話題も豊富な楽しい男も当然いるはずだとコウは思う。

一方で自他共に認める空気の読めない人間なため、楽しい話題とかを提供できようはずもなく、本当に一緒にいて楽しい人間とは言いがたい自分自身。

日本随一の名門進学校で入学以来トップをキープし続けたほど勉強に関しては他の追随を許さなかったのだが、受験が終わってしまえばそれがなんになるのだろうか。
残ったのはせいぜい並外れて高いらしい身体能力くらいだ。

比較されたら終わる気がする。
本当に溜め息しか出ないとコウは肩を落とした。

端から見ると馬鹿じゃないかと思えるほどのその自意識の低さ、それは現実主義者の和馬を呆れさせるのには充分だったようだ。
コウの言葉に和馬は大きく肩を落として言った。

「良い事を教えてやろう。
異性がいない環境で育ったというのは貴様も一緒でな…
貴様がこれから行く大学は合同サークルどころか日常的に異性があふれかえっている場所で…貴様は実は他の愚民が”馬鹿やろう、てめえなんか死んじまえ”ってひがみたくなるくらい、女が好きそうな要素を独り占めしている男なんだ。
異性の愚民からのその手の誘いをはねのけるのが面倒になるのはお前のほうだし、姫の方にその手の誘いがあったとしてもな、お前のような男が側をうろちょろしてたら、普通の神経してる男なら恐れ入って近づけん」

それは和馬ならずとも思った事らしく、正面でアオイもウンウンとうなづいている。
それでも…自分にそういう自覚がない以上、その言葉はコウにとっては何の気休めにもならない。

「何を根拠に言ってるのかよくわからんが…」
コウはそう言ってため息。

「勉強と武道しか取り得ないのに、受験終わったらもう武道だけだろ、残るの。
それこそ…お前やユートみたいに空気読めて人付き合い上手かったら人生楽しいだろうけどな…」

「まあでも弟、君の場合はほら、聖星との合同のサークル入れば無問題だ。
東大なら絶対にそういうのあるよ」

そこで藤も笑顔でそうフォローをいれるが、大勢いる他の男と比較されるという事は変わらない訳で…とコウが思っていると、当のフロウはそういう合同サークルに入る気はないと断言。

「そういう集まりの男性って…なんとなく嫌じゃないです?
偏見かもしれませんけど、親しくもないのにベタベタしてくるイメージが…。女の子ならいいんですけど、男の人だとちょっと嫌です」
女子校育ちの彼女らしい言葉。

ああ、そう言えばフロウは基本的には物怖じしない子供のような無邪気さの持ち主だが、こと若い男に関しては追い回されすぎて苦手意識をもっているのだった、と、コウは彼女がすっかり寛いで男の自分に寄り添っているため忘れていた一つの事実を思い出す。

「一昨年の夏からコウさんが送り迎えしてくれるようになってそういう方も少なくなりましたけど、やっぱりわざわざ近づくきっかけを作りたくはないかなぁと…。
遊びに行きたいならお友達と行きますし」
そう言ってキュウっとコウの服の裾をつかむフロウ。

何かして欲しい時に意識的なのか無意識になのかコウにだけするその無言のおねだりの仕草が、特別扱いされている事を実感させてくれてコウは好きだった。
トロンとした目でコウを見上げているところを見ると眠いらしい。

「姫、受験も終わったし行きたければどこでも連れて行くから」
と言いつつコウは眠りやすい様にフロウの頭を自分の肩に持たせかける。

どうやら当たりだったらしく、引き寄せられたまま小さくアクビをするフロウ。
コウがさらに自分の上着をすっぽり彼女を包み込むようにその華奢な体にかけると、フロウはそのまま目を閉じた。

どうやら…気を回しすぎていたようだ。
彼女の方は新しい環境でもそれほど積極的に交友関係を広げるつもりはないらしい。
ようやくホッとしたところで、コウはホテルに着くまでその可愛らしい寝顔を堪能した。

そしてホテルに到着。
予約は優香が入れておいてくれたのでチェックインの手続きをするコウ。
部屋は…ダブル1、ツイン1、シングル2………。

え…?ダブルっ?!!
思わず我が目を疑うコウ。

予約をしたフロウの母優香は娘と同じく無邪気で無謀で無茶な人物で…しばしば世間の事情とかよりも自分の趣味を最優先してくれる困った女性だ。

そしてその18歳になりたてで結婚し、その年のうちにフロウを生んだ若い母親である優香の野望の一つが、自分が30代のうちに孫を持つ事で…ターゲットはもちろん一人娘であるフロウとその恋人であるコウなわけだ…。
ゆえに…いつもいつもいつも…思い切りそういうシチュエーションに持って行こうと画策してくれる日々。

ちなみに…フロウに対するコウ同様、そんな優香を溺愛しているフロウの父親の貴仁は、個人としては良識のある優秀な人物ではあるが、こと優香の事になると彼女に頭が上がらず彼女の行動の抑止にはならない。

同室にするな、とは言えない。
言えないのでコウが18歳で物理的に籍を入れる事ができるようになるまでは、愛妻に秘密でコッソリ避妊具の方を差し入れてくれていたという後ろ向きさだ。

ここの家系の女性陣は代々顔も性格もまるでクローンのようにそっくりで…選ぶ男が優秀なのも、その男の方が彼女達に血迷っていて頭が上がらず、必死に暴走気質の女性陣のフォローに奔走するのも伝統だったりする。

一方、厳格な父親に育てられて来たコウとしては、責任が取れないうちはそう言う事はすべきではないと思っている。
責任…一言で言っても色々あるわけだが…最初は籍を入れられないうちは、と思っていた。
これはまあ優香以外の人間にとっては基本だ。

しかし18歳になってみてふと気付く。
生活基盤がない。

もちろんコウ自身の親も彼女の親も裕福で、単純に金という意味で言えばなくはない。
親の物でなくてもコウは18歳になった時点で父親から彼が生後2ヶ月の頃に亡くなったらしい母親の遺産5千万の入った自分名義の口座の通帳を渡されている。

しかしそれは自分の物であっても自分が稼いだ金ではないとコウは思う。
責任を取るのが自分ではないというのは責任を取れるとは言えないというのがコウの考え。
まあ…あくまで生真面目な男なわけだ。
結果…大学を卒業して社会人になって結婚してからということでコウ的には落ち着いた。

ということで、それまではコウはする気はないのだが、優香が日々はりきるわけで…。

ついでに言うと、コウとは逆に”したい”のだが、する場所や機会のない親友のユートは彼女のアオイとのお泊まり旅行に命をかけている。
それにつけ込んで優香はしばしば自分の知人の旅館だからとか、今回のように株主優待だからと、何かと言うと4人を旅行に送り出す。

そのため、最初は異性と密室にいるのはよろしくないと、フロウとは普通の時間に普通に部屋で同席するのさえ絶対にドアを開けて置く事を習慣としていたコウも、最近ではツインルームに泊まるまでは許容できるようになってきた。

しかし…同じベッドで寝るというのは生真面目とはいっても、身体的にはやはり青少年なわけで…拷問だ。
ツインですら一度暴走しかけた事があるくらいなのに、絶対に無理だ。

「やられた…」
思わずつぶやくコウ。
「やられたって?」
事情を知らない藤が不思議そうな顔でチェックインの書類を覗き込んで、それからコウの顔を伺う。

「あの人また部屋を…」
その言葉でユートは理解して吹き出した。
「なに?また優香さん頑張っちゃった?
でもいいじゃん、同室くらいさ。夏だって同室だったっしょ?」
「ツイン…ならな。ダブルって勘弁しろよ…」
額に手をやって大きく息を吐き出すコウ。

「何?他もなの?」
藤の質問にコウは首を振った。

「いえ、藤さんと和馬はそれぞれシングルで、ユート達はツイン。
丁度そんな並びのエリアがあるみたいで…ご丁寧にも確保したっぽいです、あの人…」

「あ~、じゃあかわったげようか?私と和馬で♪」
ご機嫌な様子で申し出る藤の言葉は和馬がきっぱり拒否。

「あなたは何馬鹿な事言ってるんですか。
俺は仕事持って来てますからね。シングルがいいです。だから却下」

その言葉にショボンとうなだれる藤に、和馬は片手で頭をくしゃくしゃっとかきながら
「ずっと遊んであげるわけにはいきませんけど、退屈になったら勝手にくればいいでしょう?どうせ来るなっていっても来るんだから」
と、いつもの皮肉ながらも許容という複雑な言い回しをする。
それでそちらは解決したっぽい。藤が笑顔でうんうんとうなづいた。

まあそれはそれでめでたい事だが…こっちの問題は全く解決していない。
藤と和馬がダメなら…とコウの視線は当然ユートに。

どうせ”する事が目的”で来ているカップルなら問題無いのでは?と思って視線を送ると、その無言の依頼に気付いてユートは
「ああ、俺は全然おっけぃよ♪アオイもいいよね?」
と、快く承諾するが、そこでアオイが一瞬固まって、次の瞬間真っ赤になった。

立場上からもアオイの性格上からもここでNoとは言えない気がする。
しかし、”する事が目的”でも、睡眠はある程度落ち着いて一人で…と思わないとも言えない。
特に”初めて”なわけだから、始終一緒では緊張する事もあるだろう。

色々考えた結果、コウの顔には心配そうな表情が浮かび
「悪い、嫌ならいい。まあ俺がソファで寝ればすむ話だしな」
という言葉が口から出る。
女の子であるアオイに無理をさせるくらいならその方がいい、と思う。

しかしそれに対してアオイから出た言葉は、
「あ、ううん!嫌じゃないっ。ぜんっぜん嫌じゃないよっ!」
慌てたように首を横に振るアオイ。

本心なのかどうなのかがわからず迷って
「ホント、大丈夫か?無理してないか?」
と、それでも心配そうに顔をのぞきこんでくるコウに、アオイはブンブンと思いっきりうなづいた。
そこであまり強固に自身の言葉を取り消すと、今度はユートとアオイの間に亀裂が入りかねない。

失敗した…と思いつつ結論を出せないコウの代わりに、和馬が
「じゃ、そう言う事で、俺とコウがシングルで姫と藤さんがツインかな」
と、決断を下した。


そしてそれぞれ部屋に…。
テーブルを二つの椅子が囲む応接室とベッドのある寝室の二間続きの部屋。
シングルにしては広い。

コウは荷物を置くと、まず室内のチェックをした。
まあ怪しい者にいきなり出入りされるなどと言う覚えはないのだが、念のためだ。

チェックが終わると、ここは水着で入れる十種類のお風呂がウリなのだから事件が起きる前に楽しんでおかなくてはなどとも考える。
それから”次に事件が起きるとしたら可能性は…”などと考えながら水着に着替える。

もうほとんど病気だ。
水着を着終わるとパーカーを羽織って廊下に。
隣の藤とフロウの部屋をノックしてみるが出ない。
防水の携帯ホルダーから携帯を出してフロウの携帯に電話をかけてみると、すでに藤と共に温水プールだということなので、急いで向かった。





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