卒業_オリジナル_01

「何を辛気くさい顔してる」
藤さんが運転するワゴンで宿に向かう道々、金森さんの嫌そうな声で私は何度かついついついてしまってたため息を慌てて飲み込んで萎縮する。

「まあまあ、和馬。
やっぱりさ、3年も行ってた高校を卒業して、毎日着ていた制服に別れを告げるって言うのは色々さ、感慨深いものなんだよ」
そこで運転席の藤さんがフォローをいれてくれた。


私は先日めでたく高校を卒業っ。
もちろんここにいるすでに大学生の藤さんをのぞく4人も同様だ。

大学の方もコウと金森さんはそれぞれ最終的に法学系の東大文1と経済系の東大文2、フロウちゃんは推薦でそのまま聖星女子短大、ユートはなんと尚英の経済、私は城上の文学部へと行く事になっている。

で、例によって…旅行。
今回はフロウちゃんママの優香さんが株主優待でもらったスパで有名なホテルの宿泊料80%off優待券なんかを気前良く放出してくれたため、都内のホテルへお泊まりに。

全部で6枚あったので、何故かあれほど嫌っていたユートが仲良くなった(?)らしい金森さんを誘わないかと言い出して、金森さんを誘うならもうその彼女の藤さんも誘うしかないということで、いつものメンバーにその二人を加えた6人、藤さんに車を出してもらって出かける事にしたのだ。


「過去を振り返って滅入るだけなんて思い切り時間の浪費だな」
はっきりきっぱり言う金森さん。
相変わらず容赦がない。

ユートは実は良い奴だと言い始めていて、コウは元々悪い奴ではないと言っていて、藤さんに至ってはおそらく彼氏なわけだけど、すご~~く言う事言う事きつい金森さんが私は少し苦手だった。
でもそのキツい言葉に思わず目を潤ませかける私の横でため息をついたのはコウ。

「しかたないだろ…。俺15年間もずっと海陽だったし。
それ以外の環境行った事ないからな…」

一見すると自信満々の俺様のように見えるコウだが、単に閉鎖された環境で育って来たため口の聞き方をしらないだけで、実は人一倍気を使う性格なのだ。
空気を読めない人付き合いが下手な人間と自認しているので、新しい環境は楽しみというより気が重いらしい。

「だからもう少し塾でも行って愚民と戯れておけと言っただろうが」
と、それに対して金森さんがまた上から目線発言。

ああ、でも私に対してじゃなかったんだ。良かった~。
そしてそのまま自分に矛先が向かない様にと空気になろうと試みる私の横でユートが言う。

「ん~でもさ、そのかわり大学でまた新しく友達とかできるから楽しいじゃん。
サークルとかもいっぱいあるしさ」
そんな親友の言葉にコウは心底憂鬱そうな表情をうかべた。

「これまでは女子校で周り男いなかったけど、女子大って…多いんだよな。その手の誘い…」
「貴様は…自分の楽しみってよりそっちか…」
金森さんの呆れたため息。

「そりゃそうだろ。姫可愛いし今でさえ言いよってくる奴尽きないのに…」
言ってコウはチラリと隣で少し眠そうに自分の肩にもたれかかっているフロウちゃんに目をやる。

はっきり言って…コウはもう芸能人も真っ青なくらいのイケメンだ。
その上…日本随一と言われる超有名名門進学校海陽学園で入学以来ずっとトップの成績を取り続けた元生徒会長という伝説の男。
さらに言うなら…スポーツ万能で剣道柔道空手の有段者、武道の達人。
もうさらにさらに言うなら、ピアノ上手くて料理も出来て…過去私達が巻き込まれた実に7回もの殺人事件を全て華麗に解決しているという…できすぎなんてもんじゃないスペックの高さに、今回東大現役合格なんてのも加わったありえない男。
なのになんでこんなに自信がないんだろう。

そしてそう思ったのは私だけじゃなかったらしい。
金森さんが大きく肩を落として言った。

「良い事を教えてやろう。
異性がいない環境で育ったというのは貴様も一緒でな…
貴様がこれから行く大学は合同サークルどころか日常的に異性があふれかえっている場所で…貴様は実は他の愚民が”馬鹿やろう、てめえなんか死んじまえ”ってひがみたくなるくらい、女が好きそうな要素を独り占めしている男なんだ。
異性の愚民からのその手の誘いをはねのけるのが面倒になるのはお前のほうだし、姫の方にその手の誘いがあったとしてもな、お前のような男が側をうろちょろしてたら、普通の神経してる男なら恐れ入って近づけん」

まあ…そういう事だよね。
スペックの高さでコウを超える男性なんてそうそういない。
てか、私は少なくとも見た事ない。
いるとしたら…フロウちゃんのパパの貴仁さんくらいか…。


「何を根拠に言ってるのかよくわからんが…」
コウはそう言われてもため息。

「勉強と武道しか取り得ないのに、受験終わったらもう武道だけだろ、残るの。
それこそ…お前やユートみたいに空気読めて人付き合い上手かったら人生楽しいだろうけどな…」
他人の事言えないけど…コウ本気で悲観的だなぁと私も溜め息。

それ言ったら私なんか…ユートは最初は一緒の大学行くとか言ってたのに、この1年でいきなり成績あげて、私立の中では有数くらい難しい尚英の政経なんて受かっちゃったんだよ?
それこそ…きっと同じ大学でも女子大との合同サークルでも可愛い子なんていっぱいで…。

ユートモテるし、コウと違って私なんかが自分が彼女ですなんて顔出しても牽制できるどころか、下手したら”何この冴えない子”とか言われそうだ…。


「そこでまた何グルグルしてるかな、可愛いお馬鹿さんは」
憂鬱になってきて俯いた私の上から呆れたユートの声が振って来た。
「だって…そういう事言い出したらさ…ユートだってサークルとか入ったらモテちゃいそうだし…」
と私が半分涙目で言った途端、
「藤さんっ!前!!」
と、金森さんの慌てた声。

踏まれる急ブレーキ。
がっくんと車が揺れた。

「貴様ら…命惜しかったら運転手動揺させる発言は慎め」
助手席で金森さんは後ろを振り返って苦い顔をした後、次に
「あなたもねぇ…大学以前にここで人生終えさせる気ですか?」
と、横の運転席に向かって大きく息を吐き出した。

「…ごめん…」
それにしょぼんとうなだれる藤さん。
「…ったく。俺のどこにそんな愚民と戯れる時間があると思ってるんですか。
大学入ったら仕事増やして貯金して、公認会計士に向けての勉強始めるに決まってるでしょう。
最悪の場合こんな世間知らずの庶民舐めた生活しかした事ない人間を養わないと行けなくなるかもしれないんですから。
サークルなんて入りませんし、馬鹿な愚民の女に使う余分な時間なんて欠片もありません」
吐き捨てるように言う金森さん。

でも…言ってる内容は…あれだよね…大学の時間はほぼ藤さんとの将来のために使う事になるだろうという事で…うっあ~だよね。
チラリとミラーからのぞく藤さんの表情はちょっと嬉しそうだ。


「まあでも弟、君の場合はほら、聖星との合同のサークル入れば無問題だ。
東大なら絶対にそういうのあるよ」
思い切り余裕が出て来た笑顔でそういう藤さん。

それはでも確かにそうかも。
聖星女子大も日本有数のお嬢様学校だしね。

「そうなんですか~じゃあ普段会えなくてもたまに校内で顔くらいは見られるかもですね。
同級生からコウさんのお話くらいは聞けるかもですし」
そこでにこやかに言うフロウちゃんに全員ぽか~ん。

「姫…何を他人事みたいな話を…」
ユートの言葉にフロウちゃんは当たり前に
「え?だって他人事…ですよね?」
と返す。

「なに?姫サークルとか入る気なし?」
藤さんがちょっと意外そうに聞いて来るのに、フロウちゃんはこっくりうなづいた。

「女性だけのとかで面白そうなのがあったら考えてみますけど…」

もしかしてコウに気を使ってる?とか一瞬思ったけど、次に続く言葉は
「そういう集まりの男性って…なんとなく嫌じゃないです?
偏見かもしれませんけど、親しくもないのにベタベタしてくるイメージが…。
女の子ならいいんですけど、男の人だとちょっと嫌です」
と、個人的問題だったみたい。

一見ふわふわっとお幸せそうで誰とでも仲良くなれそうなフロウちゃんだけど、そう言えば…初めて一緒にお泊まり旅行で同室になった時、ストーカーやら痴漢やらにやたら絡まれるから知らない男の人は苦手だって言ってたっけ。

「あ~、そうだねぇ。真面目にスポーツとかやりたいなら素直に部活だしね」
そんなフロウちゃんの意外な発言に少し沈黙する一同の中で、藤さんだけが当たり前に同意した。

「姫、私が送り迎えしてた期間もすごかったもんね、待ち伏せやらおっかけやらが」

そう、藤さんが高3、フロウちゃんが中3の時に学祭でロミオとジュリエットで共演する事になって、藤さんは配役決定の日から学祭が終わるまでフロウちゃんの送り迎えしていたらしい。

「あんまりしつこいのいたから脅すつもりで木を蹴ったら、ポッキリ折れちゃって相手が慌てて逃げ出してとか懐かしい思い出だよ」
アハハっと恐ろしい思い出を明るく語る藤さん。

「あなたは…いったい何やってるんですか…」
金森さんが横でそれに大きく溜め息をついた。

「一昨年の夏からコウさんが送り迎えしてくれるようになってそういう方も少なくなりましたけど、やっぱりわざわざ近づくきっかけを作りたくはないかなぁと…。
遊びに行きたいならお友達と行きますし」
と、結論づけるフロウちゃんに、もう…コウは思い切りホッとした様子で、
「姫、受験も終わったし行きたければどこでも連れて行くから」
と、フロウちゃんの頭を抱き寄せる。

そしてコテンと抱き寄せられたまま、小さくアクビをするフロウちゃん。
乗り物に乗ると眠くなる体質らしい彼女のために、コウが自分の上着で彼女をすっぽり包み込むとフロウちゃんはそのまま目を閉じた。
こちらもこちらで幸せそうだなぁ…。

なんのかんのでラブラブなカップルを目にしたところで、私はチラリと隣のユートを見上げた。
もちろん視線に気付くユート。

でもそこで出て来る言葉は
「参加大学限定じゃないような一緒に入れるサークル探そうかっ」
で、入らないでくれるっていう選択はないんだね…。
溜め息……。

そんな話をしながら車はホテルへ。



すっご~い大きなホテル。

ついてまずチェックインの手続きをしていたコウは、いきなり
「やられた…」
と溜め息をついた。

「やられたって?」
藤さんが不思議そうな顔でチェックインの書類を覗き込んで、それからコウの顔を伺う。
「あの人また部屋を…」
その言葉でユートは理解して吹き出した。
「なに?また優香さん頑張っちゃった?
でもいいじゃん、同室くらいさ。夏だって同室だったっしょ?」

そう…フロウちゃんのママ優香さんは高校卒業してすぐ結婚して18でフロウちゃん産んでる若いママさんで…自分が40になるまでに孫作って若いおばあちゃんになりたくて、コウ達が高校時代から色々画策中なのだ。

「ツイン…ならな。ダブルって勘弁しろよ…」
うっあ~…///
「何?他もなの?」
藤さんの質問にコウは首を振った。
「いえ、藤さんと和馬はそれぞれシングルで、ユート達はツイン。
丁度そんな並びのエリアがあるみたいで…ご丁寧にも確保したっぽいです、あの人…」

「あ~、じゃあかわったげようか?私と和馬で♪」
藤さんの言葉に金森さんがきっぱり拒否。
「あなたは何馬鹿な事言ってるんですか。
俺は仕事持って来てますからね。シングルがいいです。だから却下」

その言葉にショボンとうなだれる藤さんに、また金森さんは片手で頭をくしゃくしゃっとかきながら
「ずっと遊んであげるわけにはいきませんけど、退屈になったら勝手にくればいいでしょう?どうせ来るなっていっても来るんだから」
と、いつもの皮肉ながらも許容という複雑な言い回しをする。
それであちらは解決したっぽい。藤さんが笑顔でうんうんとうなづいた。

そこでまあコウの視線は当然私達に。
「ああ、俺は全然おっけぃよ♪アオイもいいよね?」
当たり前に無言の依頼を了承するユート。

それって…ええっと…そういう事だよね…。
真っ赤になる私にコウがちょっと心配そうな顔をした。
「悪い、嫌ならいい。まあ俺がソファで寝ればすむ話だしな」

「あ、ううん!嫌じゃないっ。ぜんっぜん嫌じゃないよっ!」
その言葉に私は慌てて首を横に振った。
いや…一応毎回覚悟はしてきてるんだけど…何故か毎回毎回事件が起きてそれどころじゃなくなるんで…なんだか”できる”気がしなくなってきてたところにだったから…。

「ホント、大丈夫か?無理してないか?」
それでも心配そうに顔をのぞきこんでくるコウに、私はブンブンと思いっきりうなづいた。
「じゃ、そう言う事で、俺とコウがシングルで姫と藤さんがツインかな」
最終的に金森さんの言葉で部屋割りが決定した。

そしてそれぞれ部屋に…。
部屋自体は広い。
応接セットみたいなのが置いてある部屋と続きでベッドルーム。
確かに応接セットのソファ席で眠れなくはなさそうだけど…まあ狭いね。

「まず…落ち着いたらお風呂かな?水着もう着ておこうっと」
ここは水着で入れる十種類のお風呂がウリなわけで…もちろん私も水着は持って来てる。

「どんなの持って来たの?」
ユートがベッドの上で荷物を広げる私を覗き込んで来た。

「えっとね、こんなの♪」
本当は去年、藤さんの別荘に行った時に着たかったんだけど事件が起こって海やプールに入れないままタンスの肥やしになっていたブルーのちょっとジーンズっぽいツーピースの水着。
上のビキニはおへその5cm上くらいまで覆っていて、下はショートパンツタイプ。

「アオイらしい感じだね。着てみせてよ。」
ユートの言葉にうなづいて、私は水着を持って洗面所へ。
スタイルにはあんまり自信ないんだけど…水着のパットと体の線が出過ぎないデザイン、それに色合いのせいで結構良い感じ。
私が着替えて部屋に戻るとユートももう水着に着替えてた。

「なんか…ちょっと恥ずかしいね」
考えてみればユートとはプールとか海とか行った事なかったから、お互い水着姿なんて初めてなんだよね。

「そう?アオイすっごぃ可愛い。
もうプールとかさ、行ってる場合じゃない気がしてきたんだけどっ」
ユートが近づいてきて、私の背中に手を回す。
うあ…なんていうか…水着だけに体の密着度が…///。

「…このまま…しちゃおっか…」
ユートが少し身をかがめて口づけてくる。
そして大きな手が胸元に…。
ちょ、ちょっと待って!心の準備がっ!!
でも抵抗は…しちゃだめだよね…?
私も一応”する気”で旅行は来てるわけだし…。

「…していい?」
硬直してると私の唇から唇を離したユートが今度は耳元に唇を寄せてささやく。
ど…どうしようっ!
拒んじゃだめだよね、ここはっ。
悩んでいる間に手がビキニの中に入ってきて硬直。
と、その時、すごいタイミングで鳴る携帯。

「マジかっ」
舌打ちするユート。ホッとする私。

「無視っ」
と、ユートが言うのに、私が
「でも…来ちゃうよ?出ないと何かあったのかと思って。今までが今までだったし…」
と、言うとユートは諦めたみたいだ。

たぶん電話に出なかったら部屋まできて、そこで出なければ心配してホテル側に通報しかねない…。
なにしろ…毎回事件が起こってたから、それがおおげさな対応と言えないのがすごいところだ。

「もしもし?!」
不機嫌に出るユート。
「お前…勘弁しろよ…つかわざとか??」
口調からすると…金森さんあたりかな。

「いいのっ!俺は泳げなくてもぜんっぜん構わんのだけど?!
あ~、はいはいっ!行きゃあいいんでしょ!」
やけくそのように通話を終えるユート。

「…金森さん?」
聞いてみると、ユートは
「あいつが良い奴かもっていうのは前言撤回っ!」
と、肯定。
あはは…。

「まあ…皆で来てるんだから仕方ないよ。私達も行こ?」
私が手を差し出すと、ユートは
「悪い、ちょっと先行ってて。すぐおいかけるから」
と、バスルームに消えて行った。

ま、いっか。
みんなひとまず温水プールだという事なので私は部屋を出る。


ここはスパに直接向かえるようになってるから、水着のまま出た私は、スパ方面に行こうとして足を止めた。
あれ?コウの部屋の前に誰かいる。

サングラスをかけた背の高い女の人。
まさか浮気っ?!…なあんてね。
コウに限ってありえないよね。
女の人にしては真面目に背高いし動きもなんだかキビキビしてる気がするから、知り合いの婦警さんか何かかな?

「今、温水プールですよ、何か御用ならそちらに行かれた方が…」
と、声をかけてみると、全然私に気付いてなかったみたい。
思い切り驚かれた。
…だけじゃなくて…逃げられちゃったよ、これ。
そんなお化けみたような顔しなくてもねぇ…。
よっぽどあわてたのかイヤリング一つ落としていった。
う~ん…まさか…やっぱり浮気っ?!

とりあえずそのイヤリングを拾って温水プールへ向かった私の目にはいったのは、パラソルの下のテーブルを囲む金森さんとフロウちゃん。
とても珍しい組み合わせだけど、これが意外にすっごぃ絵になってる。

フロウちゃんはサラサラの髪をツインテールにして可愛い大きなリボンで留めていて、水着は下にフリルがついたワンピース。で、たぶんコウのかな、華奢なフロウちゃんにはかなり大きいパーカー羽織ってる。
もう相変わらずめっちゃ可愛い。

でもって金森さんはまあ普通の水着の上にパーカー羽織って、薄い色のサングラス。
で、テーブルの上のノートPCに向かってる図はなんだかできるビジネスマンて感じだ。
しかも…意外にこの人鍛えてるんだね。結構筋肉質だったりするんだ。
美形度のインパクトっていうんならコウの方が断然上なんだけど、なんだろ~、武士然としたコウと対照的にシティー派っていうかオシャレな雰囲気があるんだよね。

で、テーブルを囲んでジュースを口にしながらプールを眺めるフロウちゃんとたまに笑顔で会話しつつ、それでも退屈になったらしきフロウちゃんが立とうとすると、しっかり止める金森さん。
なんか雑誌から飛び出してきたような、無邪気で可愛い美少女とオシャレな出来る美青年のカップルって感じで、思い切り周りの注目浴びている。
確かに…見てるだけで楽しくなるような美麗さだ。

「ようやく来たか、凡人」
もう…一般人な自分が入っちゃいけないような気がして遠巻きにそれを見ていた私を金森さんの方がみつけて声をかけてきた。

「あ、アオイちゃん♪可愛いですねっ、水着♪」
フロウちゃんもそれで気付いてブンブン手を振ってくる。
こうなると…知らんぷりして空気になっているわけにも行かないので、しかたなく私もテーブル横のチェアに座った。


「これでようやく子守りから解放されるな」
相変わらず上から目線の金森さんだが、フロウちゃんはそれににこやかに
「子守りってね、子供のお守りだから子守りなんですよぉ。
だから金森さんがしていたのは子守りじゃないです、お守り♪同じ学年なんですから♪」
と即、人差し指をたてた右手をチッチッと振って訂正をいれる。
金森さんは一瞬言葉を失って、次に大きく肩を落とした。
「はいはい。さようでございましたね。俺が馬鹿でした。申し訳ありません、姫」
もう…普段はビシバシ偉そうな金森さんもフロウちゃんにかかっては形無しみたいだ。

「もう…な、言葉が通じない相手と対峙するのがこれほど疲れる事だとは思わなかったぞ」
それでも言う金森さんに、フロウちゃんは真顔で
「あ、金森さんて帰国子女か何かでした?
私英語かフランス語でしたら日常会話程度なら話せるんですよぉ。
言って下されば良かったのに…」
と返す。発想がそっちに行くのか…。

「………」
金森さん絶句。

「英語なら俺も話せますが…姫と意志の疎通をするには妖精の国の言葉かなにか学ばないといけない気がしてくるんですが……」
「わぁ♪金森さん妖精さんが見えるんですかっ?すっご~い♪
さすがトップクラスの凡人さんですね~♪」
金森さんはテーブルにつっぷした。

当然…フロウちゃんには嫌味なんて通じてるはずもなく…しかも本人が返す言葉にも他意はない。
本気でそう思って感心してる。
”凡人”って言葉は普通本人が卑下して言う言葉なわけで…金森さんがいつも自分を称してる言葉をそのまんま取っちゃうのも…なんだけど、フロウちゃんだからねぇ。

「…フロウちゃんに…嫌味とか遠回しな言葉は…」
コソコソっと一応忠告する私に、
「ああ、そうだったな…。
でもな、面と向かって、”あんたは馬鹿か?”って言っても”そうなんですか?”ってにこやかに返ってくるぞ。
もうどう対処していいかはっきり言ってわからん…」
と、金森さんは溜め息をついた。

…そこまで…言ったのか…。
さすがの俺様な上から目線の金森さんもフロウちゃんには敵わない、と。

「アオイちゃん、何もっていらっしゃるんです?」
私と金森さんがそんな会話をコソコソ交わしていると、フロウちゃんが小首をかしげて私の手元を凝視した。
あ…忘れてた。
「ああ、これね」
私は握った手を開いてイヤリングを見せると、事情を説明する。

「コウ、こっそり女でも呼んだのか、やるなっ」
途端に立ち直って楽しげに言う金森さん。
フロウちゃんは私の手からイヤリングをとりあげてまじまじと顔の前でやっぱり注視する。
そして少し小さな鼻元へ。
クンクンと子犬みたいに匂いを嗅いで、それから可愛らしく首をかしげた。

「整髪料とコロンの匂いですね。コロンは…ブルガリのアクア プールオム」
フロウちゃんの言葉に金森さんがフロウちゃんの手からイヤリングを取り上げて鼻に近づける。
そして匂いを嗅いでみて一言。
「なんでこれでわかるんだ?!…犬並みの嗅覚だな」

まあ…フロウちゃんだから…としか言いようがないわけだけど…。
私にも当然、イヤリングについた匂いなんてわかんない。


「で?コウがそのコロン使ってて香りが移ったとかいうオチか?」
金森さんの言葉にフロウちゃんはフルフルと首を横に振った。
「コウさんは何にもつけてませんよ~。
体とか髪とか洗うのもこだわりないので、出先では備え付けの物使いますし、自宅では普通の石鹸。お風呂あがりとかね~、すごく良い匂いします♪」
口にする人によってはちょっと赤面な台詞だけど、フロウちゃんがホワホワした笑顔で言うと、なんだか微笑ましい。

「他に香りっていう意味で言うなら、うちで洗濯したものとかは香を焚き込めたりしますけどね~。コロンとかより和風な感じの方がコウさんぽいでしょう?」
あ~確かに。

「ま、本人に聞くのが早いな」
金森さんの言葉で私は初めて気付いた。

「そう言えば…コウ達は?」
コウがこんな人の多い場所でフロウちゃん放置なんて本当に珍しい。
私の言葉にフロウちゃんがプールの方を指差す。
彼女が指差した先には思い切り本気で泳いでいる二人の男女が…。

「まあ…脳筋に水なんて与えたらリゾートなんて言葉は吹き飛ぶな…」
溜め息まじりの金森さん。

「ああ、クソッ!負けたっ!」
ほぼタッチの差くらいで遅れてついた藤さんがザバっと水からあがって指を鳴らす。
「女性とやってこれだけ競られるって俺の方がよほどなさけない気が…」
先に上がったコウも息が上がってた。

模様こそ黒地に藤の花模様とあざやかだけど、フリルとかスカートとか余分な飾りのないワンピースの水着を着た藤さん。
でももう飾り要らないくらい出るところは出て引っ込むところは引っ込んでっていう完璧なスタイル。
スラリと伸びた綺麗な長い足とか羨ましすぎだ。

一方のコウも、もう本気で彫刻みたいだよ。
ムキムキなわけではないのに、引き締まって筋肉質な躯。
それが武士然とした凛とした容姿とすごぃあってて、こちらはこちらで秀麗カップル。

「だって私さ、週3回は泳いでるんだよ?弟一年ぶりくらいっしょ?」
スイミングキャップを取って言う藤さん。
パサリとポニーテールにした黒髪がこぼれ落ちた。

「水泳はそうですけど…一応基礎鍛錬は続けてますし。
休み入ってからは結構時間できましたからね」
笑顔で答えるコウ。
二人は話しながらこちらへ歩いてくる。

「ま、これはコウから本人に返させるか」
チャリンとフロウちゃんの手にイヤリングを落とす金森さん。

それを両手でフロウちゃんが受け止めた瞬間…戻ってくる二人から笑顔が消えた。
私達から少し離れた所で立ちすくむ二人。

「何やってんですか?そんなとこで」
金森さんが不思議そうな視線をうつむいて立ちすくむ藤さんに向けると、藤さんはジ~っとフロウちゃんの手元を凝視する。

「あ…」
そこで何か気付いたらしく金森さんはクスリと笑みを浮かべた。
「先にひとのこと放置してコウと遊びに行ったのは藤さんの方でしょう?」
その言葉に藤さんはクルリと反転する。
「確かに…姫は可愛いよね…」

あ~、そっか。
金森さんからフロウちゃんへのプレゼントに見えたのか。
と、納得している私の横で、

「あ~、もう嘘ですよっ!これはコウの浮気相手が落としていったやつです。
で、コウから返させようと今姫に預けたとこで…」
と、立ち上がって藤さんを追う金森さん。

「和馬~!何お前でたらめをっ!」
いきなり押し付けられて怒るコウ。
それを完全にスルーで金森さんは藤さんの腕をつかんでテーブルに誘導する。

「これ…コウさんにお返しすればいいです?」
それを追ってテーブルまで来たコウを見上げるフロウちゃん。
「姫、ほんっきで違うからっ!和馬の嫌がらせだからっ!」
もう泣きそうなコウ。

それに完全に他人事を決め込む事にしたらしい金森さんはいきなり
「俺じゃないぞ~。そこの愚民が言って持って来た物だ」

ええ~!!!
ちょ、金森さん、それはないよぉ!!!

「アオイ…お前…」
久々に向けられるコウの怒った顔に今度は私が泣きそうだよっ。

「違うってっ!拾ったのは確かに私だけど、浮気相手のとか言ってないよっ!」
「いや、コウの部屋訪ねた女のとか決まりだろ」
「本気で知らんっ!姫っ、本当に俺は…」

「浮気でも浮気じゃなくてもこの際どうでもいいんですけど…これ結局コウさんにお返しすればいいんです?」
全員がわたわたする中一人ほわんと落ち着いているフロウちゃんがイヤリングをちらつかせた。

「どうでもいいって………」
コウ絶句。
「もしかして…怒ってるのか?姫…」
顔面蒼白でもう今にもそこのプールに飛び込んで死にそうな勢いのコウに、フロウちゃんはきょとんと首をかしげる。
「…?何を怒るんです?」
その言葉にがっくり肩を落とすコウ。
「じゃ…浮気…しても気にならないのか…どうでもいい?」
どんどん底なし沼に沈みこんで行ってる気が…。

さすがに金森さんもまずいと思ったらしい。
「あの…」
と声をかけるが、フロウちゃんはあっさり
「だって…してないでしょう?」
「…うん」
「…じゃ、別に他に浮気したしない言われても良くないです?
私とコウさんがしてないってわかってればあまり問題ないと思うんですけど…」

うあ…なんといっていいやら…
「…姫っ!」
もうコウ感涙?フロウちゃんをぎゅ~っと抱きしめる。

「あれ…すごいな。飴と鞭か?研究するか…」
金森さんが感心したように腕組みをしてうなづいている。
確かに…あれだけ立場的強弱がはっきりしてると、もうコウは浮気なんて絶対にできないよね…

「で、コウさん、これ~!」
抱きしめられてもやっぱりほわわ~んとフロウちゃんは手の中のイヤリングをチャリチャリ鳴らす。
「あ、ああ、どれだって?」
コウはようやく落ち着いて事態を把握する気になったのか、フロウちゃんから体を離した。
そこで私も拾った経過を説明する。

そしてコウの結論。
「俺じゃなくて藤さんの知り合いじゃないか?部屋かわってるの俺らしか知らないし」

あ~~そっか。

「え~?でも私もここに来る事家の者以外には言ってないよ?」
「じゃ、家の人とか?」
「ん~、それならそれで電話寄越すと思うんだけど…」
「まあ…単に部屋間違ったっていう可能性も皆無じゃないけどな。
誰かの知り合いならそれこそそのうち電話寄越すだろ、とりあえず放置でいいんじゃないか?」
と、最終的に金森さんがまとめた。





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