金森殿下の事件簿01_始まり

「佐々木、マック行くって言っただろ!何グズグズしてんだよっ!」
城上大の校門でアオイはうんざりするほど聞きなれた声で呼び止められて後ろを振り返った。

「あの…私今日は買い物あるから無理言ったはずなんですが…」
「買い物なんてマック行った帰りにすればいいだろっ。みんな行くのにお前だけ行かないってありえんだろ」

そう言ってアオイの腕を取って校内の方へと引っ張っていこうとしているのは小川太一。
アオイのクラスメートでなんとなく一緒にいるグループの中の一人。

まあイケメンといえなくはない。
金持ちのボンボンでもあるし、同じグループの相川紗奈が小川を好きだというのも知っている。

だが日常的に芸能人も真っ青な超イケメンで現在の警視総監の一人息子のコウを見ているアオイにとってはスペック的には極々普通の男だ。

男性としても最愛の彼氏のユートがいるので興味もない。
それどころか強く主張する事が苦手で意思とは関係なく流されやすいアオイは、実はこの男が苦手だった。

しかしかといってきっぱり拒絶したり突き放したりする事も苦手でできないので、向こうからはそう思われていないらしい。
何かにつけて絡んでこられる。


今日はグループの仲間でマックに行こうという話だったが、アオイはもうすぐユートの誕生日なためコウにつきあってもらってプレゼントを買いに行く約束をしていたので断った。
アオイ的にはかなり頑張ってみたのだが、その意思は尊重してもらえないらしい。

いつもこの調子でアオイの都合なんてお構いなしの小川にアオイはため息。

そこにたまたま居合わせたグループの一人で小川の従姉妹、田原瞳が
「あれ?アオイ今日は駄目って言ってなかった?」
と、助け舟を出してくれる。

「あ…うん…実は…」
アオイが答えようとすると、小川が
「いいのいいの。たいした用じゃないからっ」
と、それをさえぎる。


(なんで…それを小川が決めるかな…)

内心ムッとするアオイ。
それを表に出せないのがアオイだったりするのだが…。
それでも今日はアオイも頑張ってみた。

「大事な…用だよ?」
「たかだか買い物だろっ。今日じゃなくてもいいし」

(いいしって…それなんで小川が決めるかな…)
とまたまたムッとするアオイだが、やっぱり表には出せない。

それでも代わりに
「大事な人の誕生日プレゼント買いにだから、今日じゃないと駄目なのっ」
と、更なる抵抗を試みる。
するとまた即言い放つ小川の言葉。

「いまどき家族のプレゼント買うため付き合い蹴るって、お前友達無くすぞ?」

小川の脳内ではアオイの大事な人=家族と変換されているらしい。
せめてそこは友人くらいには思えないのか…自分にはこのグループ以外の付き合いはないと思っているのか…と、心中ため息のアオイ。

それでもそのあたりはちゃんと説明をと
「家族じゃないよ。彼のだよ」
と正直に言ってみるが、即
「見栄はんなよ」
と返された。

もう自分がどういう人間に映ってるのか…と、悔しさと当惑で涙目になりかけるアオイ。
このままじゃ泣く…まずい…と思った時に、校門の前ス~っとアウディが止まった。
そして開く車の窓。

「貴様…他人様の時間を拘束しておいて、何愚民とじゃれ付いているんだ。
さっさと乗れ。俺は忙しい」

中から顔を覗かせたのは端正な顔にサングラスをかけた青年。
もちろんコウ…ではない。
この思い切り上から目線の言動は……金森和馬。

コウが高校時代生徒会長だった頃の副会長にして現在も交友を持っている友人。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能…まではコウと同じだが、コウと圧倒的に違う2点。
一つは空気が非常に読める点。
そしてあと1点は……とんでもない毒舌家…。
この点のおかげで彼はアオイがこの世の中で苦手な人物ベスト3に間違いなく入っているのだった。

前門の狼後門の虎…まさにそんな心境のアオイ。
そもそも何故和馬が当たり前にここにいるのかがわからない。
硬直するアオイ。
そんなアオイの態度に和馬は大きくため息をついてサングラスを外した。

「よもや…つい二日ほど前に風早家で会ったばかりの人間の声も忘れたわけじゃあるまいな?
犬ですら3日飼えば3年忘れんというのに…貴様は動物以下か?
さすが愚民だな。
そのアイロンで皺を伸ばしたかのごとき綺麗に皺のない脳みそは、ある意味尊敬に値するぞ」

もう…ボロクソである。
和馬だとわからなかったわけではなく…“何故和馬がここにいるのかがわからなかった”だけなのだが、その毒舌っぷりにすっかり冷静さをなくしたアオイには、それを説明することすらできない。
また涙目である。

「その皺のない脳みそではまともな贈り物を選択する事もできなかろうと、この多忙な俺が時間を割いてやろうと言うんだ。泣いてる暇があったらさっさと乗れ」

なんとなく…和馬がここにいる理由は想像もついてきたアオイ。

それでも一縷の望みを託して
「コウは?」
と聞いてみる。
それに対しても和馬はため息。

「あのNOUKINに任せたら…だ、竹刀とか着物とか抹茶茶碗とかな…わけわかんないもん選びかねんぞ?
貴様が20歳そこそこの大学生の男だとしてな、そんなもん贈られたいのか?俺は嫌だぞ?
とりあえず…そんなもん送られた日には誕生日の贈り物は別れたいための遠まわしのメッセージと受け取るぞ?」

それがあながち冗談と言えないところがコウのコウたる所以だ。
文武両道、容姿端麗、楽器も華麗に弾きこなし、料理もプロ並み…な一見完璧な男であるコウの最大の欠点…それが空気の読めなさである。

確かにいわゆる普通の若者であるユートの喜びそうなプレゼントをわかるかと言われれば、思い切り不安がある。

「えっと…つまり…コウに頼まれたという事なんでしょうか?」
消え入りそうな声でおそるおそる訊ねるアオイに和馬は少しいらつきを見せた。

「貴様は…俺が忙しいのに自分から愚民のくだらん用事に嬉々として首をつっこむ愚民だと、そう言いたい訳か?良いからさっさと乗れ!」
「す、すみませんっ!!」
ビクゥっと身をすくめてアオイはそう言うと、慌てて小川の手を振り払って和馬の車に乗り込んだ。

結局…自分には著しくその手のセンスがないと弟分のコウから相談された風早藤が、自分の婚約者である和馬に振ったというのが真相らしい。
卒のない和馬は事前にネットでいくつか候補を調べてきたらしく、買い物自体は1時間もせずに終わったわけだが、買い物が終了して別れるまではなかなか針のむしろな時間ではあった。

しかしその甲斐あってアオイ一人ではとても思いつかないそれはそれはセンスが良い贈り物をゲットできた。
冷や汗と涙の結晶である。
もちろん…翌日それを贈った時にユートが喜んでくれたのは言うまでもない。

そんな感じで大変な思いをしたものの全ては無事終わった……はずだった……。



「金森和馬です。現在東大文2の一年です。宜しくお願いします」

それは一週間後、前々からグループのメンバーで行く事になっていた旅行先の宿となっている小川の家の別荘でのこと。
思い切り営業用の愛想の良い笑顔を浮かべてグループの他のメンバーに挨拶する和馬。

「ちょ、アオイ。この前のアウディの彼だよねっ。
東大生だったんだっ!顔もめっちゃイケてるし、どうやって捕まえたのよっ!!」
興奮気味にアオイにコソコソ詰め寄る瞳。

「あ~うん…まあ色々とあって…」
どう返していいやらわからないアオイはそう言ってあいまいな笑みを浮かべた。


何故ここに和馬がいるのか…。
それはとんでもない事故による想定の範囲外の出来事だ。

元々は小川にしつこくされてうんざりしていたアオイがグループで行くことになっていた旅行に”彼氏“を連れて行くと宣言していたことに端を発する。

もちろん当初の予定では同行するのはユートのはずだった。
しかし例によってトラブルの神に愛されているらしきアオイの周りでは平穏に予定通りに物事が運ぶということがまずない。

事件が起こったのは今から5日前、ユートの誕生日の翌日の事である。

当然アオイでは思いつかない、もちろんコウでも余裕で無理なセンスのプレゼントを選んだ人物については、ユートは誕生日当日にチェックを入れていた。

まあ隠すことでもないので、アオイも素直に和馬に選んでもらったことを打ち明ける。
それを知った時点で、人間関係に非常に気を使うマメなユートは、翌日一応和馬に礼の電話を入れたらしい。
そもそもそれが一番の間違いだったのだ。

ユートが電話をかけた時、和馬は出先だったらしく、
「お~、凡人かっ、ちょうどいい。
礼を言いたいなら恩を返す機会を与えてやろう。感謝しろ」
と、いかにも和馬らしい上から目線で用事を頼んできた。

それが他人様に物を頼む態度か…などと突っ込みをいれようものなら、100倍くらいになって返ってくるのは賢明なユートにはわかっていたので、あきらめて
「はいはい。感謝しますよ。これでチャラな。んで?なによ?」
と返す。

そこで和馬が頼んできたのは風早邸にあるバイクを、同じく別の出先にいる藤に届けること。

もちろん行きはバイクに乗るわけだが…
「藤さんにバイク渡しちゃったら帰りは俺どうすんのよ?」
無駄とは思いつつも聞くユート。

もちろん和馬はそれにも
「世の中にはな、“電車”という公共の乗り物があるらしいぞ?凡人」
と期待に背かない彼らしい言い方で返してくれる。

かくして…ユートは風早邸からバイクで藤の出先まで出発したのだが、ここで事件が起きた。
何故か途中の道路に油がばらまかれていてユートは転倒。
別にユートを狙ってとか言うものではなく誰もが通る可能性のある道路で、愉快犯なのか単純に過失なのかも、当然ばらまいた人間もわからずじまいだったのだが、どちらにしてもそれでユートは足の骨を折って全治1ヶ月…大怪我だ。

旅行はそれから5日後なわけで…当然間に合うわけがない。
ユートもアオイが小川にしつこくされているということは気にしてはいたし、折ったのが手くらいなら行く気満々だったわけだが、足では無理だ。

事故の事を聞きつけてユートが運び込まれた病院に駆けつけた藤は顔面蒼白で平謝るが、油がばらまかれていたのは藤のせいでは全くないし、そもそもバイクの事も頼んだのも和馬だ。


「まあ…本当に天災みたいなものだから気にしないで下さい」
と苦笑しつつも、ついつい旅行にいけなくなってアオイが心配な事がユートの口から漏れる。
そうなると…もう後はおさだまりのパターンだ。

かくして…藤から事故の責任を追及された和馬はアオイに近づいても無駄だということを小川に思い知らせるために、”彼氏代理“ということで彼氏のフリをしてアオイの旅行に同行することになったというわけだ。

和馬に同行されるくらいなら…仮病でもなんでも使って旅行に行かないほうがまだ精神衛生上いい。
アオイは切実に思うわけだが、それを主張するどころか口に出す勇気もない。

まあ本性を知らなければ確かにコウほどではないにしてもイケメンで東大生で…しかもその気になれば愛想良くもできるわけで…女性陣、瞳と紗奈に思い切り羨ましがられ…男性陣、小川と中田には思い切り驚かれている。

しかしアオイは内心複雑だ。
“彼氏のふり”をしている和馬にどう接したらいいのかわからない。

かといって距離を置いていると
「俺は普通に出来る凡人だから愚民の付き合い方は知らんが…普段から人前では思い切り他人のふりするのが愚民風男女交際なのか?
それとも類人猿程度の脳みそしかない愚民だと人間様には恐れ多くて近づけんということなのか?
いったいどっちなんだ?」
と、他には聞こえないようにそこだけは気を使いながらも思い切りチクチクいびられる。

「和馬は…別にアオイのこと嫌ってないぞ。むしろ好かれてるほうだと思う」

以前に顔を合わすたびあまりにチクチクやられるためコウに相談した時にはそんな答えが返ってきたのだが、絶対に絶対に嘘だとアオイは思った。

嫌いじゃない…むしろつついてオロオロするその様子が面白いからつつく…そんな人種がいることをアオイは知らなかったし、想像だにしていない。

そんなわけで恋人の藤に半ば無理やり来させられたわりに、和馬は和馬でこの状況を楽しんでいる。
もともと頭も良く空気も読めるので、人前では文句がつけようがないくらい完璧な彼氏を演じていた。






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