ずっと一緒01_赤ん坊編

誕生


2月8日の夜明け頃…東京の某住宅街にある産婦人科で一人の赤ん坊が元気な産声をあげた。
小さな手を力いっぱい握って、おぎゃあ、おぎゃあと泣く声も力強い。
生まれたてだというのに豊かな宍色の髪で、きりりとした眉の下の少し吊り目がちな目は藤色だ。

色合いは柔らかだというのに、すべてがしっかり力強く硬質な雰囲気で、陣痛が始まって実に2時間という速さでスルリと産道を抜けてきた赤ん坊。
母親にとってはすでに7歳になる娘の次、二人目の子どもで、男児としては初めての子となる。

──あっは、父さんにそっくりねぇ、あんたは。
と、笑う母親。

確かに黒髪に黒い目の彼女とはあまり似たところはない。
だが、赤ん坊の姉は自分に似た色合いなので、父親似の子も欲しいしちょうどいい。
そんなことを思いながら母親が2人目ということで慣れた様子で含ませる乳を赤ん坊はンクンクとしっかり吸い始めた。

鱗滝錆兎…誕生の時である。



そんな風に母親はすっかり病室に落ち着いたが、あまりに早く生まれたため、赤ん坊の父親と姉は間に合わないまま、赤ん坊と二人きりだ。
そこで耳をすませてみるが、同時期に陣痛が始まって、なんと同じタクシーで病院に来た隣に住む幼馴染はまだ陣痛の真っ最中なのだろう。
病室に戻る気配はない。

幼馴染で親友で、一人目は二人とも娘で、春生まれと秋生まれではあるが同じ学年で、今回はなんと同時期に陣痛が始まって、おそらく同じ日に生まれるようだというのも、ずいぶんと縁が深く面白い。

しかし一人目の時もそうであったように、幼馴染はお産に時間が長くかかる体質のようだ。
陣痛が来たのは同じ時間だが、生まれるのはおそらく夕方…あるいは夜になるかもしれない。

そんなことを考えているうちに数時間経ち、ぐぅぅ…と、緊急時でも規則正しく腹時計が鳴る。

そしてこちらも規則正しい時間で動く産院の助産婦さんが美味しそうな朝食を持ってきてくれた。

母親自身もこの産院で生まれ、上の娘もこの産院で取り上げてもらったこともあり、二人が幼馴染であることも知るすっかり親しんだ老助産婦に、──花はどうですか?──と幼馴染の様子を尋ねると、

「悠ちゃんが早いのよ。花ちゃんは普通にまだかかるわねぇ」
と、笑った。



朝には出勤前に上の娘を小学校に送り出した夫が母親と赤ん坊の顔を見に寄る。
赤ん坊と同じ宍色の髪に藤色の瞳の体格の良い美丈夫で、妻の病室で己とよく似た赤ん坊を見ると少し目を丸くして、その後、
「真菰はお前によく似ていたが、こいつはそういうレベルじゃないな。
まるで俺の生まれ変わりだ」
と、大きな手で赤ん坊を抱き上げて笑う。

はっはっはっと明るく笑う夫を見上げる妻は
「本人生きてるのに生まれ変わりとかないでしょ。
せめてクローンと言ってよ」
などと軽口をたたきながら、
「でも、唯兎に似れば運動神経は良いかもね」
と言った。

「ん?悠に似ても運動神経は良いだろう?」
そんな妻の言葉に夫は赤ん坊を見下ろしながらそう言うが、
「唯兎みたいなレベルじゃないから。
唯兎はその気になればそれで食べていけるでしょ」
と妻は答える。

「ん~、まあそれで食っていけるか食っていきたいかは別にして、武道の2,3は叩き込んでおきたいな」
と言いつつ、夫はそろそろ時間だから…と、赤ん坊をベッドに戻すと仕事に向かった。


こうして再度、赤ん坊と二人になるが、よく泣く赤ん坊だった姉の真菰とは対照的に、弟のこの赤ん坊は本当に泣くことがない。
規則正しくきっちりと3時間おきに授乳をしてオムツを替える以外に本当にやることがない。

容姿だけではなく中身まで今時の人間としては珍しいほどに度胸が良くどっしりと落ち着いた父親に似ているらしい。

掃除の職員がすぐそばで掃除機をかけていても騒音もどこ吹く風でよく眠っていた。


午後の面会時間になると娘の真菰が母親の幼馴染の子で自身も幼馴染でもある蔦子と一緒にランドセルを背負ったまま赤ん坊見物にきた。

「赤ちゃん見に来たっ!」
と、病室に入るなりソファにランドセルを放り出してベビーベッドを覗き込む真菰。

一方の蔦子は
「おばさま、こんにちは。赤ちゃんを見せてもらっていいですか?」
と、ドアの傍で礼儀正しく挨拶をして、
「もちろんよ。蔦子ちゃんは相変わらずお行儀がいいわねぇ」
とにこにこと手招きをされてから中に進む。

「うあ~父さんそっくり!
男の子だよねっ?!一緒に剣道できるかなぁ」
と、はしゃぐ真菰の横で
「うわぁ…ちっちゃい。可愛い」
と、赤ん坊の手をそっと触ってみる蔦子。
そして視線を赤ん坊の顔へ。

「ほんと、真菰ちゃんちのオジさまにそっくり。
赤ちゃんなのにすごく男らしい感じがするわね」
と、感心したように言う。

それに真菰がクルリと振り向いて、
「蔦子ちゃんのところも弟だよね?!
私達みたいにずっと仲良しだといいねっ!」
と笑うが、蔦子は

「真菰ちゃんの弟君とは仲良くしてほしいけど…本当は私はお父さん似の弟よりお母さん似の妹が良いなぁ。
私は真菰ちゃんみたいに運動が得意じゃないし、一緒に運動するよりも同じ髪型にしてお揃いのリボンつけたり、可愛いお洋服着せたりしたいから…」
と、少し表情を曇らせた。

仲良しの幼馴染のそんな様子に真菰は
「でも生まれてくるまでわからないじゃないっ?!
万が一男の子だったとしても蔦子ちゃんの弟なら絶対に可愛いから、可愛い服着せても良いじゃないっ。
ちっちゃいうちは男の子も女の子もわかんないしっ」
と、元気づけようと笑顔を見せる。

(うん…確かにわからないけどさ…女の子って言われてたけどお〇ん〇んが見えなかっただけで実は男の子だったって言うのはよくある話だけど、ちゃんとお〇ん〇んが見えてたのに消えたってのはないから、男の子って言われたらたいていは男の子なんだよねぇ)
と、母親は思うわけだが、空気を読んで黙っておく。

ただ、見るからに体育会系!と言う雰囲気の体格もよく顔立ちも男っぽい自分の夫とは違って、幼馴染である蔦子の母親の連れ合いは綺麗で優し気な顔立ちをしているため、まあどちらに似たところで綺麗な顔立ちの子が生まれるんだろうなとは思った。

そうして少女二人が授乳やおむつ替えなどを珍し気に見物しつつ赤ん坊と戯れているうちに夕方になり、自分と幼馴染の夫がそれぞれ揃ったところで、週末ということもありお隣だしということで、蔦子は真菰と一緒に連れ帰り、鱗滝家で預かることになった。

その間、お隣の冨岡家の夫は妻のお産に付き合うという。

こうして午後のにぎやかだった時間が過ぎ、めったにない上げ膳据え膳の、しかも豪華な夕食を堪能する。
赤ん坊は相変わらず授乳の時以外はぐっすり眠ってくれる驚くほど楽な子だったので、全く不自由はなかった。
よく男の子のほうが大変というが、鱗滝家の赤ん坊の場合は次子の方が楽である。

そうしてこれは日付を超えるかも?と鱗滝悠が思い始めた夜中の11時を回った頃、どうやら幼馴染の子がやっと産まれたらしい。
隣の部屋がバタバタしている。

そうしてバタバタが落ち着いた頃、ぴぇぇ、ぴぇぇと驚くほどか細い泣き声。
性差で泣き声に違いなどないとは思うものの、イメージ的に娘が言っていた通り生まれてみたら実は女児だったのかと思った。

悠は好奇心に勝てずに自分の赤子を抱き上げると、こっそり病室を抜け出して隣の部屋へ。

コン、コンとノックをすると、以心伝心というやつなのだろうか、──悠ちゃん?──と、幼馴染の優しげだがか弱そうな声が返ってきた。

「そう、入るよ~」
と、言って中に入ると幼馴染は授乳中で、まるで半泣きのような顔で、眠い、と、ただ一言漏らす。

まあ確かに2時間ほどでコロっと産んだ悠と違って、彼女は半日以上頑張っていたのだから疲れもするだろうし眠かろう。
しかも赤ん坊はなんだか繊細な子どもなのか、乳を吸いながらも、えっえっと何が悲しいのか辛いのかわからないが泣いている。

これは授乳が終わっても寝てくれそうにないわね…と思い、

「いいよ。おっぱいあげるだけあげたら寝ちゃいな。
オムツとかは私が替えて、寝かしといてあげるから」
と言ってやると、彼女はやっぱり泣きそうな顔で

「ありがとぉぉ~。悠ちゃん大好き…」
と、少女の頃のままの愛らしい声でそう言って、なんとかかんとか授乳を終えて赤ん坊を悠に渡すと、コトンと電池が切れたように眠りに落ちた。

案の定赤ん坊は悠の手に渡ってもぴぇぇ、ぴぇぇと悲しそうに泣いている。
それでもあやすよりもオムツ替えが先だろうと、悠は幼馴染の子を抱くのに一旦我が子を下したベビーベッドに赤子を寝かせ、さあ、替えるぞとオムツを手に取ったのだが、不思議なことに目を覚ましたらしい我が子が隣で泣く幼馴染の赤子に手を伸ばして、ぎゅっとその手を握ってやると、直前まで泣いていた赤ん坊はピタリと泣き止んだ。

──あ~、ちょうどいいや。錆兎、そのまま手を握っててやってよ。
と、お腹の中に居た頃から決まっていた名で我が子に呼びかけながらそう言うと、あぅぅ…と分かっているのかいないのか声をあげて、そのまま手を握り続ける我が子は、気のせいかこれが自分の任務だと思っているかのようにキリっとしているように見えた。

──父さん似だよねぇ、あんたは。
と、使命感に燃えやすい赤ん坊の父親を彷彿とさせるその姿に思わず吹き出してしまう。

オムツを替え終わってすっきりすると、幼馴染の赤ん坊はどこか安心しきったようにすやすやと眠ってしまったので、悠も自分の赤ん坊を抱いて部屋に戻った。



その翌日からが大騒ぎだった。

結局、義勇と名付けられた幼馴染の赤ん坊は実によく泣く。
いつでも泣いている。

最初はどこか悪いのかと思うくらいに泣き止まないので右往左往の大騒ぎだったが、何故か悠の赤ん坊、錆兎の横に置いておくと泣き止んだ。
初日とは逆にクスンクスンと鼻をすすりながら自分で錆兎の手をぎゅうっと握って、泣き疲れたのかそのまま安心しきったように眠る。

──わ…私が悠ちゃんがいると安心するから、義勇にもそれが遺伝しちゃったのかしら…
と、母親である幼馴染が言うが、特定の誰かを好きか嫌いかが遺伝するなんて聞いたことはない。

だが、もう錆兎がいないと収拾がつかないので、産院に頼んで少し狭いが同室に泊まらせてもらうことにした。
赤ん坊二人にも双子用のベビーベッドが用意される。


それから1週間はまるで少女時代にもどったかのようにキャッキャウフフ。
義勇も錆兎も互いが居れば機嫌がいい。
娘たちも一緒に来て同じ部屋で過ごせるので実に平和。
何故初めからこうしなかったのか…と思うほどだった。

……が、問題は退院後だ。

義勇が泣く。泣き止まない。
ひどく悲しそうに、ぴえぇ、ぴぇぇと泣くので大人も困ってしまう。

──うちの子は錆兎君が好きすぎる病なのかしら
と、心底困ったように自分が泣きそうな妻に、途方にくれる夫。

そんな二人に
「子どもがある程度大きくなるまでだけでも門から外に出ないでも直接行き来できるように境界にある壁を一部取り払って門をつけるか」
と、実にフットワークが軽く即断即決の鱗滝家の夫が提案する。

これが高じて、双方の家の境界にある壁に門がつけられただけでなく、双方の家から門まで細長い廊下とドアが取り付けられた。

これで息子達、嫁達だけでなく、仲良しの娘達の行き来も増え、まるで親戚のような付き合いになっていく。

こんな始まりだったので、二人の赤ん坊は幼馴染というより兄弟のように育つことになった。



二人の赤ん坊


2月8日の明け方と真夜中に生まれた二人の赤ん坊、錆兎と義勇。
その差はたった20時間弱なのだが成長の速度が驚くほど違った。

錆兎はとにかく色々が早い。
よく動くし色々なものに興味を示す。
人見知りもしなければ、どこか度胸が据わっていた。

5か月にはずりずりとずりばいをし、6か月にはもう普通にハイハイで室内をあちこち移動している。
7か月には伝い歩きを始めて、8か月には歩いていた。
生まれた時に母親が予想した通り、実に活動的な子どもらしい。

一方で同じ日に生まれた隣家の義勇はおっとりとした子で錆兎が伝い歩きを始めた7か月頃にようようにお座りをするようになるが、当然動くところまではいかない。

しかし動けるようになっても、本当に生まれたての頃から隣に寝ていた義勇を錆兎がおいて行くことはない。
自分はトテテと歩いておもちゃを取りに行き、それをせっせと義勇の元へと運んでやる。

そしてたまに義勇が寂しがって座った体制で錆兎に手を伸ばして泣くと、手にしたおもちゃも放り出して、その方が安定するのだろうか、猛スピードのハイハイで戻って寄り添ってやった。

お昼寝の時は二人並んで赤ちゃん布団に寝転んで、義勇はいつも指しゃぶりをしながら寝るのだが、何故かその時にしゃぶる指は自分の指ではなく錆兎の指だったりする。
錆兎は指しゃぶりの習慣はなかったが、義勇が自分の指をしゃぶるのはそのまま放置してやっていた。


そんな二人の初めての言葉は、錆兎が『あ~いぃ(可愛い)』で義勇は『しゃぃ(さびと)』だ。
義勇の”錆兎”はとにかくとして、錆兎の”可愛い”についてはわけがある。

彼らの姉達。
一緒にスポーツを楽しめる弟が欲しかった真菰と、一緒に可愛い格好をしたかった蔦子。

スポーツはさすがにまだ早すぎるが、可愛い格好はさせられる。

幸いにして義勇はとても愛らしい顔立ちをしていた。
綺麗な黒髪にふっくらとした真っ白な頬、長いまつ毛に澄みきった泉のように青い大きな瞳はよく泣くためかなりの確率で潤んでキラキラしていて、口も小さく薄桃色でまるで人形のようである。
そんなそんじょそこらの女児など足元にも及ばない愛らしい弟に、蔦子は喜んで自分のおさがりのレースやフリルがふんだんに使われたベビー服を着せつつ、可愛らしい髪留めやリボンで飾り立てては、可愛い、可愛いとはしゃいでいた。

もちろんそれは赤ん坊二人はいつもどちらかの家で一緒に過ごしているので、鱗滝姉弟もいる前で、である。

もう7歳の真菰はとにかく、生まれたての頃からそれをずっと目にして耳で聞いて育ってきた錆兎にとっては、可愛いという言葉は義勇に結びつくものとして認識されていく。

さらに義勇に向かって『あ~いぃ』と言うと二人の姉達が喜ぶので、余計にだ。


錆兎と義勇のとある記録


「悠ちゃん、錆兎君と一緒に一日付き合ってくれないかな?」
と、幼馴染から電話が来たのは夕食後、錆兎の寝かしつけをしている最中だった。

息子の錆兎と隣家の義勇はすでに1歳半になっている。
そして、同じ日に生まれたせいなのか、錆兎とお隣の義勇は何か目に見えないものでつながっているらしい。
錆兎本人は寝ぐずりもなければ寝つきもおそらく悪くはないはずなのだが、隣家で同じ日に生まれた赤ん坊の義勇がぐずって泣いていると、目をぱっちりあけてドアを開けろとばかりに扉の前まで歩いて行って母親を振り返って待っている。

そんな時はだいたいそう長い時間を置かずに義勇の母親で悠の幼馴染でもある花からヘルプの電話が来るのだ。
そうなると錆兎を貸し出すか義勇をこちらへ預かるかということになる。

しかし今日は錆兎は布団に大の字になってぐーぐー眠っているので、おそらく隣家の義勇もよく眠っているのだろうと思われた。
なのにいきなり電話が来たことを少し訝しく思いつつも出てみると、冒頭の言葉である。

幼馴染の花が言葉足らずなのはいつものことなので、悠も唐突なその言葉に
「付き合うって何に?あと何時どこまでよ?」
と必要な情報を引き出すために問いを投げかけてやった。

が、電話の向こうでは、えっと、えっと…と、おそらくきちんと情報をまとめずに勢いでかけてきたのであろう幼馴染がわたわたしているのがわかる。

「わかった。それは花の用事?それとも義和さんの?」
待っていても埒があかないので、彼女の用事なのか、彼女の夫で義勇の父親の用事なのか問えば、

『えっとね、義和君の』
と返ってきたので、少しでも情報を得やすい方からきくことにして、
「わかった。付き合うのは別に良いけど詳細を聞きたいから義和さんに代わって」
と、説明役のチェンジを要求した。

その後、

──いつもいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません。
──いいえ~。大丈夫ですよ。

などという通り一遍のやり取りを交わした後ききだしたところによると、義勇の父親のデザイン会社で受けた案件の、とある子供服のブランドのベビー服の宣伝のムービーで、クライアントに見せる見本を作るのに義勇を使いたいということになったのだが、義勇は相変わらずすぐ泣き出す子なので、精神衛生のために錆兎に傍にいて欲しいというものだ。

なるほど、まだ提案段階からプロの赤ちゃんモデルを使うのはコストがかかりすぎるし、ちょうど社内に赤ん坊がいる社員がいればそういう依頼もあるだろう。

撮影は休みの日ということだったので、
「あ~、いいですよ。義和さんと花と両方現場に行くなら、どうせ真菰をうちの旦那が見ているので、蔦子ちゃんも一緒に預かりましょうか?」
と言うと、助かります、という返事が返ってくる。
そこで時間だけ聞いて当日は車で一緒に連れて行ってもらうことになった。



──やああぁあ!しゃ~び~ちょぉぉ~!!!

そして当日、もうすっかり聞きなれた泣き声にドアを開けると、いつもと違う何かを感じ取っているのかすでに怯えて号泣している義勇を抱いてオロオロしている花。

一方で悠に抱っこされた錆兎はそんな義勇に手を伸ばすので義勇に触れられるくらいまで近づいていくと、

──ぎゅ~、だいおーぶ
と、まだ短い手を抱きしめるように義勇に回す。

「え?なに?もしかして義勇に大丈夫って言ってくれてるの?」
「みたいだね」
「すごい!錆兎君、今更だけど成長も言葉も早いよね」
「ん~、旦那に似て使命感に燃えやすい性格なんだと思う」
と、抱きしめ合う赤子を抱っこしながら母親同士そんな会話を交わして外に出た。

そうしてたどり着いたのは会社が借りたスタジオ。

すでに撮影要員は来ていて、赤ん坊の待機用にベビーサークルまで準備されていた。
挨拶をしてその中に二人を下そうとすると、母親から離されることより錆兎と距離が近くなる方が良いらしい。

先に錆兎を下した時点で義勇は一緒に入りたがって
──しゃびちょぉ、しゃびちょぉ
と、バタバタと中に向かって手を伸ばした。
そこで義勇も中におろすと、即錆兎にしがみつく。

錆兎がまだ短い手を伸ばして片手で抱きしめてやると、義勇は落ち着かない時によくするように錆兎の片方の手を取っていつものように指吸いを始めた。

それに錆兎は全く動揺する様子もなく、
──ぎゅ~、だいお~ぶ、だいお~ぶ
と、義勇に取られているのと逆の自由な方の手でぽんぽんと宥めるように義勇を軽く叩いている。



主役の赤ん坊たちの到着に、洋服の準備に奔走していた女性スタッフがかけつけてきた。

彼女は手に可愛らしいベビー服を持ってサークルに寄って来て、そして…
──か、かっわいい~!!もしかして女の子の赤ちゃんも探してきて頂けました?
と、目を輝かせる。

「いや、しがみついてる方が冨岡さんのお子さんな。
すごく可愛いけど男の子だよ。
もう一人の子はお隣さんの幼馴染。
義勇君は人見知りでね、幼馴染君が傍にいると落ち着くからってことで、一緒に来てもらった」
「え~~」

女性スタッフは興味深げにサークルの前にしゃがみ込んで二人の赤ん坊をまじまじと観察する。

「幼馴染君、すっごく男の子って感じのお顔立ち。
でもって義勇君はとても優しいお顔だちをしてるから、男女のあかちゃんに見えますね。
ね、主任、義勇君に両方着せて合成するより、幼馴染君に男の子用、義勇君に女の子用着てもらって撮っちゃだめですかね?」

サークルの柵を掴んで体を支えた状態で、後方の男性スタッフの一人を振り返る女性。

元々は男女の撮影だったのだが赤ん坊が見つからず、義勇に男の子、女の子の服を順番に着せてあとで合成する予定だったようだ。

そこに赤ん坊が2人来たし…ということらしいが、

「いや、許可取ってないし、それは…」
と、それでも何か言いたげに冨岡父に視線を向ける男性スタッフと、それに気づいて少し困った顔をする冨岡父。

しかし冨岡母の方は
「それいいかもっ!…というか…義勇はここで錆兎君と離したら号泣して撮影出来ない気がする」
と、名案!とばかりにパン!と手を叩く。

そして
「悠ちゃん…だめ?」
と、胸の前で手を合わせておねだりの上目遣い。

あ~、この子昔からこうよね…と、悠は内心ため息をついた。
悠がこのお願いに弱いのを無意識にわかっていてやっている気がする。

(うん、まあ可愛い、可愛んだけどね)
もう悠がこの幼馴染を突き放せないのは太陽が東から昇って西に沈むのと同じくらい当たり前すぎることなので、

「もう…仕方ないなぁ」
と、それを了承した。



こうして許可がでたことで、女性スタッフがもう一人かけつけて、錆兎と義勇にそれぞれ可愛らしい男の子用と女の子用の服を着せて、さらに錆兎には悪魔の、義勇には天使の羽のついたそれぞれ黒と白の小さなリュックを背負わせる。

全て身に着け終わると、不安げな目でぎゅうっと錆兎に抱き着きながらまん丸な目を少し潤ませて怯えたように見上げる義勇と、その義勇をかばうように抱きしめて警戒するようにぽよっと太い眉を少し寄せながら見上げる錆兎。

そんなタイプは違うが愛らしい顔立ちのぷにふわな幼児二人に
「可愛いぃぃ~~!!!!」
と、女性スタッフが嬌声をあげた。
その横では義勇の母親がスマホのカメラで連射している。

その後、お菓子やおもちゃでだましだましなんとか撮影を終えたのだが、後日、その見本ムービーを客先に持っていたところ、その赤ん坊たちをそのまま使いたい、ついでにそのブランドの専属モデルにならないか?と言われてたとのことで、冨岡家から鱗滝家に打診がきた。

──ね、色々な可愛い洋服着た義勇と錆兎君をいっぱい見られるしどうかしら?
と、すっかり乗り気な冨岡母。

いやいや、うちは良いけどさと鱗滝家の方は焦って言う。

「義勇君さ、女の子用の服着せて撮ってるわけだけど、いいの?」
「え~?だってこの年だったらまだ性差なんてないし、似合うし可愛いからいいんじゃないかしら?
蔦子もすごく喜んでるし」

いや…今は本人わかってないからいいけど、物心ついたら黒歴史じゃない?
とは思うが、まあ親が良いと言うなら良いのだろう。

ただで大量の記念写真が撮れると思えば、まあ、錆兎の親としては特に問題はない。
そう割り切って了承すると、電話の向こうで歓声があがる。

こうして少しばかり…いや、かなり距離の近すぎる幼馴染二人の距離はさらにさらに近くなっていくのであった。



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