人魚島殺人事件_オリジナル_13_スーパーウーマンの孤独

「うっとおしいからイライラするな」
藤の部屋に集まったコウ、藤、和馬。

落ち着かずに部屋をウロウロ歩き回るコウに和馬が声をかける。
その声にコウはピタっと足を止め、藤を振り返った。

「明日…姫連れて帰ります」
「おま…何言って…」
「うん。それがいいね。今日は夜だし姫も寝かせてあげた方がいいからね。
明日帰れるように船手配させる」

「藤さんまで何言ってるんですか?姫一人帰してどうにかなる状態じゃないっしょ」
コウと藤の会話に和馬が立ち上がる。

「客観的に考えて…話のタイミング的にですね、姫が殺意向けられたってのは姫が他の感情をわかっているような事をあの馬鹿な女子高生が言ったためで…
ってことは、姫が恨まれているってよりは、多分誰かが姫以外の誰かに対して殺意持っていてそれを隠したいって可能性がかなり高いと考えるのが妥当ですよ?」

「「そんな馬鹿のために姫が危険にさらされるのは嫌だ」」
コウと藤が口を揃えるのに和馬は大きく息をはきだした。

「その”馬鹿”がですね…自分だったらどうすんです」

「俺は…自分のせいで姫に殺意が向けられるくらいなら潔く死んでおけ自分て思うが?」
「右に同じく…」

「…ったくこの姉弟は…」
あきれ果てた和馬の言葉に、
「「あ…」」
と藤とコウは二人で顔を見合わせる。

「今度はなんですか?」
もうその話は何を言っても無駄だろうと和馬が諦めてきくと、おそらく以心伝心なんだろう、藤が
「和馬には…言っちゃうね?」
と、コウに言いコウがうなづくと、和馬を振り返った。

和馬はそれに不思議そうな目を向ける。

「あのね…和馬ごめん。嘘だったんだ」
「嘘?」
突然の謝罪に和馬は聞き返した。
それに藤がうなづく。

「私と頼光君が姉弟って、嘘」

「へ??」
滅多に見られない和馬の心底驚いた顔。

「ごめんっ!そう言っておかないと古手川あたりから弟への嫌がらせがすごいと思ったから…」

思っても見なかった…というか、今でも信じられずに目を見開いたまま言葉を失う和馬の様子に、藤が心配そうにその顔をのぞきこんだ。

「ごめん…怒ってる?和馬…」

こちらも滅多に見られない、少し泣きそうな藤の顔に和馬はとりあえずブンブンと首を横に振って否定の意思表示をする。

「ちょっと待って。怒ってはないんですけど…」
とりあえず藤を制して、和馬は落ち着こうと一息入れた。

「あまりに…似すぎてません?姉弟じゃないけど実は親戚とかいうオチです?」

それも二人して否定する。

「いや…俺ら血筋的には全く赤の他人」
「強いて言えば…育った環境が似てるのかな?ね?弟」
「ん~、そうですねぇ」

そのやり取り自体がすでに他人に思えない。

「まあ…自分達でも他人なのが不思議だから”弟”なんだけどね…」
とそれを肯定する様に藤が付け足した。

確かに…コウの父親が警視総監だと言うのは校内でも有名な話で…しかし学祭で藤に初めて会った時、あまりに雰囲気が似ていて紹介される前にすでにコウの血縁だと思い込んだ和馬は、藤がコウの事を”弟”というのを疑ってもみなかった。
むしろ…どちらかが碓井か風早の養子なのかと思っていたくらいだ。

そんな事を考えていると、コウの携帯に電話がかかってきた。
ユートから…ということは水野がそろそろ帰ったという事か。

「じゃ、申し訳ありませんが俺部屋戻ります。姫が心配なので」
コウがそう言う間も惜しいように、ドアに向かう。
パタン…と閉まるドア。


「…ということなんだ…。本人達的には姉弟みたいなもんなんだけどね…
実際血のつながりがあるわけじゃないし…
だから和馬に色々してもらう義理はないわけなんだけど…」

少し俯き加減にボソボソっと言う藤。
表情は見えない。

「そういう言い方されると…普通、色々されるのが迷惑って取る可能性が高いと思いますが」
「そ、そんな意味じゃっ…」
「でしょうねぇ…」

慌てて顔を上げる藤に、和馬は片手を額に片手を腰にやって大きくため息をつく。


「言葉の有用な使い方知らないって言うのを通り越して、もうド下手って言って良いレベルで…
自分に関しての危機意識って言うのも皆無で…
そのくせ善意とやる気だけは無駄にあるなんて本当に最悪ですよ。
これ放置したら俺すごい外道じゃないですか…」

和馬の言葉に藤はぽか~んとする。
言葉使いこそ敬語なものの…思い切り上から目線。
藤は今まで大人ですら自分にそんな言い方をする人間に会った事がなかった。

「えっと…」
「血のつながりって事重視するなら、昼に話したように俺はコウを陥れようと画策した男の実の従兄弟なわけですよ。
そんな自分の身がやばくなるようなもの重視するのを推奨するような愚かな人間に見えますかね?俺」

相変わらずの毒舌…淡々とした口調。
それでもその表情は別に怒っている様子もなく、目が笑っていた。
釣られて藤も小さく笑う。

「…たく、こんな誰が誰に殺意持ってるかわからない…しかも誰かに飾りとはいえ頭上にガラスの短剣落とされるなんて確実な悪意を向けられている状態で、放っておけるわけないでしょう?」
「うん、ありがとう」
藤も最初の時と違って素直に心から礼を言った。


それから藤は備え付けのミニ冷蔵庫からミネラルウォータのペットボトルとウーロン茶のペットボトルをだし、ウーロン茶をベッド脇の椅子に座る和馬に差し出す。

「ども」
和馬はキャップを開けるとそれを口に含む。

「でさ、教えて?」
藤はベッドに腰をかけると、自分もミネラルウォータを飲みながら言った。

「水野さん?」
「うん」
「忘れてなかったのか…」
「そりゃ…記憶力だけはいいよ?私」
確かに…奴もそうだと、和馬は小さく吹き出した。

「えっと…まあ簡単な事ですよ」
和馬はいったんペットボトルから口を放すと、その手を下ろす。

「最初に馬鹿様に帰れって言われて斉藤女史が怒った。
これは普通に気が強い人間の反応。
あとの二人は泣きそうになった。これは二通り考えられる。
一つは馬鹿様に思い入れが強すぎてショックを受けている。
一つは単純に気が弱くて動揺している。
その後の藤さんの言葉で二人ともホッとしているからおそらく正解は後者。
よって彼女は非常に気が弱い人間と推測できます。

だから立場的強者である藤さんからいきなり何か声をかけられた事にすごく緊張してたと、まあそういう事。あのまま藤さんが番号教えろと言っても怯えて教えたと思いますけどね。
そのかわり今後こちらから聞いた事以外の、向こうからの能動的協力というのが望めなくなる。
彼女は何かあった時に自分だけで抱え込むのが怖い人間だから、警戒心を解いてやれば自分の方から勝手に情報を与えてくれる非常に便利なタイプの人間なんですよ。
だから…緊張しないようにへりくだった態度で目下のように接してやるのが得策」

「君は…どこでそんな考え方学ぶんだ…」

コウも天才だと思っていたが…藤的には和馬の方がすごい気がする。
ため息と共に漏らされる藤のつぶやきに、和馬は小さく笑った。

「うちの学校の生徒会はOBとのつながりが深いので。
1年間もいれば大人の世界を垣間みる事になりますよ。良くも悪くもね」

「でも…弟はそこまで考えてないと思う」

「あ~、あれはね、OBにとってすら”目下”じゃないから。
生徒会を訪ねてくるOBのボスが欲しがっている人材だから立場的にはOBが上のように見えて、実は実質的立場はコウの方が上。
藤さんもだけど…”今の時点で”自分の方が立場が上でも、こいつはいつか自分より上の立場になるって感じさせる人物には、人間無意識にへりくだるんですよ。
だからコウは常に周りにへりくだられて生きてきてて、たぶんそれは社会人になっても変わらない。
でも俺らみたいな、優れていても所詮”凡人”は、のし上がって行ける道筋を自分で確保しようと努力しないと、普通に上の人間につぶされますから。
自分を少しでも有利な立場に置くために、必死に顔色伺うってわけです」

自分の立場を有利に…。
藤は少し考え込んだ。

「あのさっ」
「はい?藤さんの事なら違いますよ?
あなたの機嫌とったところで俺の将来の立場なんて変わりゃしないでしょ?
俺もコウと同じく東大法学部から、警察庁とは限りませんけど、どこかの官庁行きですから」

なんで…お見通しなんだ、こいつは…と思いつつ藤は何故かホッとした。
そんな藤を見て和馬は面白そうに笑う。

「何がおかしい?」
「別に~」
と言いつつ笑い続ける和馬。
そんな風に雑談しつつ流れて行く時間。

そして…
「こんなの6年ぶり」
と、唐突な藤の言葉に
「6年?」
と、和馬が片方の眉をぴくりとあげた。

「うん…。弟とは電話かメールだったし。
普通に意味のない雑談で誰かと時間過ごすって言うのがね、6年前に友人が事故死して以来かも」

「まさか…6年間雑談する友人もいなかったとか言わないですよね?」
コウじゃあるまいし…と、心の中で付け足す和馬。

「悪かったね」
とすねたように肯定する藤に和馬は唖然とする。

「だから言ったじゃない。馴染まれにくいんだってば」
さらに付け足す藤。

「6年前亡くなった友人て…男です?」
「ん?女。女子校育ちだよ?私」
「あ~そうでしたね」

「桜って言ってさ…ちょっと…いや、かなり優波ちゃんに似てた。
幼稚舎の頃からのつきあいで、物怖じしない性格でさ…一緒にいるだけで楽しかったなぁ…」
少し懐かしそうに目を細めて、次の瞬間藤はうつむいた。

「まあ…死んでいなくなっちゃったけどね…」

桜の事は思い出すといまだに泣きそうな気分になる。
どうしようもない喪失感。
藤が涙をこらえて唇を噛み締めていると、上からスッコ~ンと軽く手刀が振ってくる。

「…うっとおしいから。泣いちゃいなさい」
「何…それ」
笑おうとしたが何故か涙がこぼれた。

「やだな…みっともな…」
涙が止まらないまま苦笑する藤に、和馬は淡々と言う。

「ま、たまにはいいんじゃないですか?
俺は下らない事はすぐ忘れる人間なんで、明日には忘れてると思いますから」
ソッポを向いたまま和馬はハンカチを差し出した。

「ありがと」
藤は礼を言ってそれを受けとる。

「いえいえ」
と、和馬はそれにも淡々と答えたあと、
「夕食前にも言いましたけど…呼んでくれれば雑談くらいはつきあいますよ?」
と、いったんペットボトルをテーブルにおいて、ポケットからメモとペンをだしてサラサラと数字を書くとそのページをビリッと破いて、それをテーブルに置く。

「携番。塾の間は切ってるけど留守電にはなってるから。
要らなきゃ紙飛行機にでもして飛ばして結構」

いかにも和馬らしい言い方に、藤はクスっと笑みをもらした。
それを自分の携帯に登録すると、即かける。

「これ、私のね」
「了解」
和馬は短く答えた。

その直後…不意に藤の携帯が鳴った。







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