それからはすごい騒ぎだった…。
結局ちあきさんはあの時私から聞いた事、アゾットの日記などの事を言って詰め寄って、最終的に酒井から2年前から騙してた事、そのままコウを殺させるようにちあきさんをしむけた事などの証言を引き出す事に成功していたらしい。
それは隠しマイクを通して雑誌社のテープへと録音されていた。
もちろん…今回もいわゆる大人の事情が発動。
表向きには酒井個人が跡取りになるであろうコウに対する私怨で殺害をもくろんだという事で発表され酒井は刑務所。
コウの代わりに刺された大学生は命を取り留めたとのことで、ちあきさんは三葉商事社長の尽力もあって執行猶予つきで解放された。
ちあきさんが連れて来た雑誌社というのは本当に小さな会社で大人の事情を覆すほどの力はなくて、結局酒井個人の逮捕くらいにしか影響を及ぼす事はなかったし、それで全てが終わるはずだったんだけど…
事情聴取やら怪我したユキ君のつきそいやらなんやかんやで大変なところに、さらにマスコミに追い回されてもうクッタクタになって、それでもなんとか周りの皆さんのご協力で全部を巻いて一条家に戻れた頃にはもう日付はとうに変わってた。
朝日なんかもうとっくに昇っちゃってて、せっかくフロウちゃんが用意しておいてくれた美味しい朝食を頂く気力すらなくて、寝室にかけこんで爆睡。
目を覚ました時にはすでに夕日が綺麗だった。
私が起きて下に降りて行くと、ダイニングでユキ君達が鬼の勢いで食べ物をかきこんでいる。
いわく…
「夕食も朝食も昼食すら食い損ねたってマジありえないっ!
せっかくの姫様のごちそうがっ!
食えるうちに食わなかった分も食い貯めないとっ!!」
こちらはあちこち傷だらけだったり包帯巻かれてたりするけど、それでもまあ変わりはない。
ダイニングと続きのリビングではコウが時折TVのニュースに目をやりながらもパソコンに向かってる。
今日はさすがに仕事じゃないらしい。
「何してんの?」
とパソコンを覗き込むと、鬼の様なメールに目を通してる最中。
何故こんな事になってるかといえば、もう理由は明白。
結局…酒井が殺人を目論んでた相手として思いっきり個人名出てて、その理由が三葉商事の跡取り様としてって事なわけで…間違いなく今日本で一番有名な大学生になってる。
これ…自宅にももう戻れないよね…。
「ごめん…コウ…」
どう考えても…私の暴走の結果だ……
私の言葉にコウは視線だけチラっと私に向けた。
「別にアオイのせいじゃない」
とだけ言ってまたパソコンに目を戻す。
「でも……」
「は~い、ストップ!」
さらに続けようとした言葉を、いつのまに来たのかすぐ後ろにいたユキ君が遮った。
「ま、起こっちゃったもんはしかたないしさっ。ジジイに言ってなんとかさせようぜ。
なんなら俺らが表に出て盾になってもいいしさ」
言ってユキ君はコウの隣に腰を下ろす。
「側近候補の俺らが勝手にコウを跡取り様と勘違いして動いたせいで酒井が誤解って事で手を打たせるってどうよっ」
コウのパソコンを覗き込んでいうユキ君にコウはチラリとまた視線を移した。
「お前達は会社継がせたかったんじゃないのか?」
言ってまた視線をパソコンに。
「う~ん…それなんだけどさっ」
ユキ君はパソコンから目を離して伸びをする。
「昨日な、3人で話し合った。
コウがどうしても三葉商事嫌ならま、俺らがコウ追っかけようかなと。
幸いオツム悪くはないんで、これから猛勉強して高認とって…国立でも出れば警視庁でも下っ端くらいにはなれるっしょ。
そのかわりさ、コウはちゃっちゃと出世して人事権くらい持てる様になって俺ら引っぱりあげてよっ」
「お前なぁ…」
完全にパソコンから目を離して振り向くコウにユキ君は
「根性でぶら下がれって言ったのはコウだろっ」
とにやりと言う。
「…ったく…」
あきらめたようにため息をつくコウにユキ君は勝ったとばかりに満面の笑みを浮かべた。
こちらはなんとか片がつきそうなんで、私は一人離れてパソコンに向かってため息をついてるユートに声をかけた。
「何してるの?」
ユートの隣に座って、ユートのパソコンを覗き込む。
…公式の…開発通信?
** 新人Xの突撃隊日記 **
やりましたっ!ついに拝見しましたよ、跡取り様!!
それはある日の午後…なんと社長様から直々にうちの開発部に電話がかかってきたのでした。
しかも…あろうことに俺ご指名!
びっくりです!先輩達を差し置いてなんで俺?!と思ってると、社長様いわく、社長様は密かにこの新人Xの開発部日記を毎回楽しみに読んで下さってるとの事。
もう本気でびっくりです。
で、以前俺が跡取り様にぜひお会いしてみたいと書いていたのを目にとめられて、わざわざ電話をかけて下さったらしいです。
そして社長様がおっしゃるには、跡取り様がこれから箱根の某所に向かう予定なので、会いたければ即そこに向かえばお会いできるとのこと。
もう…ここで行かなきゃ男じゃないです!!
仕事?!そんなもん先輩にっ…なんて言える立場じゃない下っ端なんですが、心優しき(?)先輩達は、
「行って来い!絶対にカメラに収めてこいよっ!できればインタビューを!!」
と、どこから出して来たのかしっかりビデオカメラまでっ。
こうして俺は開発部全員の好奇心を背負ってバイクに飛び乗ったのでした。
俺が教えられた箱根の某所につくと、そこには何故か先客が…。
俺と同じ様にカメラを抱えて隠れてます。
もしかして俺と同様に跡取り様情報を得た方々?!
まあ、俺もコソコソその方々の後方でカメラの準備。
そして待つ事数分…いきなり前方の建物から煙が…
なに?どうなってんの、これ?
まさか跡取り様があの中にいらしたりしないだろうな?!!
と、焦る俺。
と、そのとき…
キキ~!とタイヤをきしませて建物の前に止まる車っ!
そして…跡取り様きた~~~!!!
車から飛び出て来たのはもう、めっちゃ良い男です!!
つかあれだよっ!!
うちのゲーム、レジェンド・オブ・イルヴィスのコウさんだよっ!!
大げさじゃなくて本気であの美形キャラそのままだったんです!!
あの美形が目の前で動いてしゃべってます!!
「遅かったかっ!!ユキ、乗り込むぞ!!」
舌打ちをして助手席から出て来た小柄な青年に声をかけると、ヒラリと身を翻して建物内へ。
もうその身のこなしのカッコいい事っていったら、男の俺ですらほれぼれしましたっ。
ってか…ユキってまさか、”あの”ユキさん??
「カイっ!一応車で待機しとけっ!!あと消防車と警察に連絡!!」
と、もう一人いた背の高い青年に声をかけると、小柄な青年も跡取り様を追って中へ。
追いかけていきたいとこなんですが、そこまではさすがに…なので、しかたなく車近くで待機する俺。
そうしてる間にもだんだん広まる炎。
大丈夫なんだろうか…といい加減不安になって来た頃、煙に包まれ始めた玄関から女性を抱きかかえた跡取り様がでていらっしゃいましたっ!
もうマジ映画の1シーンみたいっす!!
外に出て女性を車の方にうながすと、車のトランクからいきなり取り出す高級そうなスーツ。
それを惜しげもなく外の水道で濡らして頭からかぶると、また燃えさかる建物へと走り去って行かれました。
それからも男性二人ほど救出なさる跡取り様。
たまに携帯で連絡しているのは、おそらく中で要救助者を探してるらしきユキと呼ばれた小柄な青年。
やがて3人目の老人を抱えて、もうかなり炎に包まれた建物から出ていらした跡取り様。
いつのまにか来ていた二人の大学生らしき男女に色々指示をしたあと、携帯でまだ建物内に残ってるユキさんに撤退の指示。
しかしユキさんどうやら中でケガして動けなくなった模様。
跡取り様とその周りの方々の顔色が変わる。
おそらくもう放っておいてくれと言ってるんであろうユキさんに助けに行くから場所を教えろと言う跡取り様。
炎はもうかなり建物内をまわっていて、助けになんて行ったら二次被害の可能性も充分高い。
それゆえ、おそらく場所を教えないらしいユキさんに跡取り様の怒声
「使い捨てるための部下なんぞ要らん!
斬り捨てられるほど根性のない部下も要らん!
足使えなくてもはいつくばってでもすがり付く根性見せろ!
そしたら俺は意地でも引きずって行ってやるっ!」
もう俺惚れちゃいましたっ!
マジカッコいいですっ!!
言葉だけでなく、もうボロボロになったスーツを再び水に濡らしてかぶると、また炎の中に飛び込んでいく跡取り様。
俺ももう夢中でした。一緒について行っちゃいましたっ!
必死に跡取り様の跡を追う俺に途中で気付いた跡取り様。
「お前何してんだっ!さっさと逃げろっ!!」
と出口の方を指差されます。
「俺、逃げませんっ!行けば何かお役に立てる事あると思いますっ!!」
もうなんていうか…ヒーローみたいな跡取り様につられて自分も映画の主人公にでもなった気分でした。
一瞬迷って
「勝手にしろっ!」
と、再度歩を進める跡取り様。
一瞬の沈黙のあと
「やばいと思ったら、自分の命優先させろよ…」
とボソリとおっしゃいました。
もう…なんていうか…カッコいいって言葉はこの人のためにあるんじゃないかと思いましたっ!
その後どうやら跡取り様が救出のため戻ってしまった事を知ったユキさんは仕方なく場所を教えて来たようで…
無事ユキさん発見。
ユキさんは俺と跡取り様を見比べてポツリと
「え~っと…新しい…従者?」
と苦笑い。
なんか…たぶん”あの”ユキさんな模様。
その後俺に足を怪我して歩けないユキさんを背負うように指示すると、跡取り様はだいぶ燃えてしまって進めなくなった建物内で、時折自分が先に行って状態を確認しながら、進まれます。
しかし出口への道はもう完全に火の海になっていて…俺、ここで死ぬのかなって少し覚悟を決めちゃいました。
「もう…出られそうにないですね。でも俺本望っす」
思わず口にする俺に、跡取り様は
「弱音吐くなっ!最後の最後まであがけっ!」
とおっしゃりながら、あたりを調べていらっしゃいます。
なんていうか…本当にこのかた大学生なんでしょうか……
本気で本当の勇者様みたいです。
「よしっ!ここだっ!!」
煙だらけの部屋で何やら壁を調べてらした跡取り様はそうつぶやかれると、何やら構えて大きく息を吸い込み、気合いと共に蹴りをいれられました。
バリバリっと音をたてて文字通り木っ端みじんとなる壁。
「なんて非常識な脱出法…」
と俺の頭の後ろでつぶやくユキさんに
「ん~、鍵かかってたけどこのキッチンの勝手口のドア木だったからな。
ま、常識の範囲内ってことで」
と、ホッとした様な笑みを浮かべておっしゃる跡取り様。
先に俺達を外に出して、後から外に出ていらっしゃいました。
ひとまず息をつく俺達。
「で?お前、どこの誰だ?」
ユキさんを降ろしてへたり込む俺に、跡取り様が聞いていらしたので、とりあえず開発部の新人であることと名前をお伝えすると、
「そうか。助かった」
と、ポンと俺の肩を叩かれました。
そして携帯を取り出して電話。
「俺だ。開発部のXってやつな、服とビデオカメラ弁償してやれ。
ま、あと出来れば金一封な。
…ん?…ユキの…いや、俺の恩人だ」
もう…感動でしたっ!
その時のかすかに笑みを浮かべられた跡取り様のご様子とお言葉はもう一生忘れられない宝物です!
なんていうか…ほんっきで自分が映画の中に入り込んだ様な、素晴らしい体験でした!
追記:翌日…社長様の直々のお使いの方が、開発部の俺の元へ服&カメラ代と金一封を持って来て下さいました。
*****
「これって……」
覚えがある…。
コウの後を追って行ったカメラ小僧。
「うん…そんな感じのがいたよな…」
ユートがまたため息。
「新人Xって…実在の人物だったんだね……」
てっきり社長の捏造なのかと思ってたけど、本気で本当に開発部の新人が書いてたブログだったらしい。
気の毒すぎてコウには言えない……。
もうネットゲームどころじゃない大騒ぎだったんでログインどころか公式にアクセスする事もなかったコウ達は知らなかったけど…これが原因でネットを中心に三葉商事の跡取り様はたった1日でヒーローとして広まっていった。
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