「…冨岡じゃねえけどよ、この競技ってダチの多い陽キャのお遊び競技だよなぁ」
「そうですねぇ…」
残された宇髄の言葉にしのぶが頷く。
「あとは…人気投票、ですか…」
「ああ、確かにな」
体育競技としての意味合いなど何もないこの競技のメインは、どちらかというと言葉なのではないだろうか。
紙に書かれたものや人と共にゴールした競技者は、なぜそれを選んだのかを語らせられる。
可愛いと思う人とかのお題で連れてきた相手に対して皆の前で語らせられるって、陰キャにとっては何それ新手の拷問?!と言った感じだろう。
まあ…逆に伊黒みたいな人間を競技者にしたら、語りが終わらなさ過ぎて、体育祭が終わらなさそうだが……
そして今回、伊黒と同じ意味で競技者にしてはいけなかった人間を競技者にしてしまっていたことが判明した。
トップでゴール地点についた拝島空太が、意気揚々とお題である『学校で一番素晴らしいとおもう相手』として連れてきた錆兎について、声も高らかに熱く語っている。
「鱗滝君はですねっ!完璧なんですよっ!!
頭良し、顔良し、運動神経だっていい!!
それになにより素晴らしいのは、そんな完璧な人間なのに、性格まで良い事ですっ!!
真面目で先生の覚えが良く、でも、目上に対してだけじゃなくて、困っているクラスメートに積極的に手を差し伸べてくれる!!
いつぞやの僕みたいにねっ☆!!
それまで僕はあまり他人に対して強く何かを思うタイプではなかったんですけど、あの瞬間っ!そう!鱗滝君が僕をどん底から引き揚げてくれた瞬間にですねっ!
そばにいるならこういう人のそばに居たいと思ったわけなんですっ!
現在この学校に在学中の人はラッキーですよっ!!
そんな鱗滝君が生徒会長になってくれるんですよっ!!
生徒会の行事のたびに鱗滝君の姿を見て、言葉を聞けるんですっ!!!
僕はそんな機会を作ってくれた神様と先生方に感謝したいですっ!!
常に鱗滝君の存在を感じられる学校、最高じゃないですかっ!!
学校中を探してもこれ以上素晴らしい人はいないと僕は断言できますっ!
彼のそばに居たい、役に立ちたい、そんな気持ちを通り越して、いっそのこと彼自身になってしまいたいくらいですっ!!」
「……ウサ…青ざめてるな…」
「…青ざめてますね…。私、ちょっと拝島の馬鹿を殴って止めてきます」
そう言ってジャージの袖を腕まくり始める胡蝶しのぶを、
「あ~、お前さんが行くまでもないわ。
錆兎の平和は私が守る系の彼女様がすでに殴ってる」
と、宇髄が止める。
その言葉通り、2番目にゴール地点にたどり着いて1番の拝島空太に対する判定を待っていた義勇が、いきなり他学年の競技に使う布で出来た大きな棒型クッションで拝島をどついていた。
「錆兎が学校で一番素晴らしい人物なのは確かだけど、言い方が気持ち悪すぎて錆兎が嫌がってるから、いい加減にしてっ!!」
と、いつもなら大人しい義勇がぷんすこぷんすこしている図に、色々な学年の男子達から、
──めっちゃ可愛い…
──『さすが鱗滝君!』て奴、あれ、狙ってる?彼女に殴られたくてやってる?
──俺も怒られたい
などと言う声があがる。
そんなすべての反応をガン無視で、
「大丈夫っ!錆兎は私が守るからねっ!」
と、錆兎に駆け寄って拝島との間に入って、錆兎をかばうように手を広げる義勇と、その義勇に何かあった時にすぐ介入できる位置にさりげなく陣取る、彼女を連れてきた不死川。
「守るってなんだよっ!
僕はただ鱗滝君の素晴らしさを知らない相手にまで知らしめるべく語っているだけだろっ!!
冨岡さんこそ、鱗滝君の素晴らしさを皆に知られたらまずいとか思っているのかいっ?!
僕は違う!みんなが鱗滝君を敬い崇め奉ったとしても、その中から彼に選ばれる自信があるっ!!」
「わ、私だってあるもん!!錆兎は私の事が一番好きだもんっ!!」
「…なんだか錆兎さん、冨岡さんの参戦で余計にいたたまれな状況になっている気がしますが?」
と、眉間に手を当て、首を振る胡蝶しのぶ。
「あ~、いってくらぁ」
と、そこで宇髄がようやく重い腰をあげて駆け出した。
宇髄がゴール地点にたどり着いた時には、義勇の、『錆兎の一番は自分』と言う言葉に、『鱗滝君は友人を大事にする男だから、女にうつつを抜かしたりはしない』と主張する空太。
それに、錆兎がきっぱりと
『友人は複数だが、恋人との愛情は唯一だし、友情より愛情が勝るのは当然だろう』
と、義勇に軍配を上げた上で、
──第一…拝島とはそもそもがまだ友人にもなっていないが?
と、身も蓋もない返答を返したところだった。
ああ、自分が出てくるまでもなかったか…と、それに宇髄はそう思ったわけだが、拝島空太は一味違う男だった。
「これから唯一無二の親友になる予定だからっ!!」
と、全くめげることなく宣言して、錆兎にぎょっとした顔をさせている。
(あいつ…ある意味すげえな…)
と、感心しながらも、しかし、錆兎にまた男子科に逃げられても嫌なので、宇髄は
「どっちにしても、時間かかりすぎだろうよ。
他の2組の話も聞いて、さっさと競技終わらせろよ」
と、唖然としていた審判役の実行委員に詰め寄った。
それにも当然、空太は
「今、大事な話をしているのに邪魔をしないでくれ!
君は鱗滝君の一番の友人の座を明け渡したくなくて、さっさと終えて欲しいかもしれないが…」
と、くってかかってくる。
しかしそれも想定の範囲内だ。
「ウサの一番の友人の座はウサが決めるから放置で。
それよか、お前があんまここで語って時間を食い過ぎると、お前が大好きな『鱗滝君』がアンカー走る予定の男女混合リレーが時間なくて潰れるかもしれねえぞ?」
と言うと、
「それは大変だっ!!
審判っ、早く審議を進めて下さいっ!!」
と、コロっと態度を翻した。
しかしながら…普通なら皆それぞれに笑ったり和んだりからかったりと色々ある説明時間も、空太の語りがあまりに強烈すぎて、他の2組の話が全く耳に入ってこない。
…というか、その年だけでなく、あまりに強烈なその語りは、それから数年はすさまじい借り物競争の話として語り草になったのであった。
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