一般人初心者ですが暗殺業務始めます42_昔の話

どうやら自分は他より若干丈夫にできているらしい。

それを錆兎が身をもって実感したのはまだ子どもの頃、皆が死んでいく中で最後に自分だけ生き残った時だ。



遠い昔のこと…。

錆兎を始めとして戦いが終わったあとの町中で遺された赤ん坊や子どもを拾っては、ようやく雨風がしのげるようなボロい寺へと連れ帰って育てていたお坊様はとても優しい人間だった。

しかし多くの善人がそうであるように、それらの子供たちを十分養えるほど生活に余裕があったわけではない。

貧しい生活、不足した食事や防寒具…当然病気になっても薬どころか栄養のある食べ物を与えてやれるわけもなく、その小さな善意に満ちた寺では病気イコール死であった。


まあそんな中でも錆兎は運が良い方だった。

わりあいと初期に拾われたため、生命力が弱い赤ん坊の頃はまだ子どもも少なく、余裕があるとは言えないが生きていけるだけの衣食が確保できていたので、なんとか命をつなぐことができたのである。

しかしどんどん子どもが増えるにつれ、弟や妹のように面倒をみていた子供たちは目の前で死んでいった。

それを何度も何も出来ずに見守り、錆びたスコップで墓を掘って埋めるのが錆兎の仕事の一つでもあった。

そして最終的に、なんとかそれを食い止めようと自分の分の食物まで子ども達に与え、お坊様もまた病を得て死んでいった。


その後は自分達の唯一の糧である寺の裏庭の小さな畑の世話は錆兎の役目になり、お坊様の死後も状況は変わること無く、錆兎はその畑と小さな子供たちを守りながら…守り切れない子どもを見送る生活を続けることになった。

死は身近で珍しいものではない。

人は当たり前に死ぬものだと幼い頃から実感してきたからそこに特別な感情はなく、淡々と最後の子どもを見送って墓を作り終えた瞬間に考えていた事は、彼の分として残しておいた芋をどうしようか…だけだったくらいだ。

翌日からは世話する相手もなく、子ども一人分としては十分な収穫を得られる畑からそれでもその日食べる分だけを収穫して食べ、残りはたまに往復数時間かかる村に行って畑では手に入らない物品と取り替えてもらう。ただそれだけを繰り返し、淡々と生を永らえた。


そんなある日のことだった。

みぃ~…

それは畑の収穫物を必要なものと交換するため、リヤカーを引いて村へと向かう途中の事だった。

小さなか細い鳴き声に何気なく足を止めると、そこには小さな小さな子猫。
毛並みは真っ黒で青色のまあるい目をした可愛い子猫だ。

親とはぐれたのだろうか…。
しかしあたりを見回しても親らしい猫はいない。

自分より小さな生き物は守って助けてやらなければならない…そんなお坊様の教えは感情ではなく理性に染み付いていて、錆兎は仕方なくその小さな毛玉を拾い上げた。
またひとつ墓が増えるな…その瞬間考えたのはそんな事だった。


子猫のために、最近少し贅沢――と言ってもささやかなものだが――をする余裕ができてきたため購入するようになった菓子を諦め、猫用の粉ミルクとスポイトを買った。

その後、自分の買い物もしてまた寺までの長い道のりを歩く。


穏やかな日差しののどかな朝に拾ったので“和(のどか)”と名付けたこの子猫は、どうせ長く一緒にいる事はあるまい…そう思って飼い始めたものの、下手をすれば寺の子供たちより長い時を共に暮らす事となった。

確かにそのままそこに留まっていたらあるいは子供たちのように死んでしまっていたかもしれない。

しかしちょうどその猫と暮らし始めて1週間ほどたった時に、錆兎は今度は拾った猫ともども自分自身が軍の元帥である産屋敷に拾われたのだ。


寺では傍若無人、唯我独尊、もう飼い主の錆兎よりも偉そうだった和は、急激に変わった環境に連れて行かれてひどく落ち着かなかったのか、いつも離されないように錆兎のシャツに爪をたて、しっかりとしがみついていた。

錆兎とて落ち着かないのは同様だったが、そんな偉そうにしていた子猫の怯えっぷりが可愛らしく、不安にさせないようにといつも笑顔で話しかけては撫でていた。

すると和の方もゴロゴロと喉を鳴らし…しかし無意識にやっていたのだろうか、時折ハッと気づいたようにフイっとそっぽを向く。

まるで人間のような素直じゃない可愛い子猫に錆兎は物心ついてからずっと何も感じなくなっていた心の氷が溶けて、いつしか強い愛情を感じるようになっていた。

だから産屋敷に拾われた後に出会った人間は皆錆兎は感情豊かなよく笑う男だと思っている。

それはそんな誤解だったのだが、その誤解は基地内での錆兎の立場をとても良くしたし、錆兎も本当に幸せを感じる事が多くなっていった。

和はまさしく錆兎に幸せを運んできた天使だった。


拾った時点での栄養が足りてなかったせいかよく病気もしたし、その都度寺の子供たちのように死んでしまうのでは?と不安になったが、裕福な産屋敷が用意してくれる獣医は優秀で、和は何度も命を救われた。

こうして錆兎は生活によって生死が分かれるのだと当たり前に理解した。

しかしそうやって上質な医療環境を整えられる立場になっても、生物である以上永遠に生かす事はできない。

10歳の時に拾ってちょうど10年…。
錆兎は久々に同居者の死を迎えた。


可愛い愛しい同居者は錆兎の腕の中でスリっとその小さな頭を錆兎の腕にこすりつけると、最期に出会った時と同様、みぃ~と一声…その後動かなくなった。

その時の胸が張り裂けるような痛みは、錆兎が生まれて初めて経験する心の痛みだった。

当たり前だったはずの死がまるでありえるはずのない理不尽なことのように受け入れられない。

まるで狂ったように動かない遺体にすがり、慟哭し、鳴き声をきかせてくれるように懇願して、それが叶えられないと知るやいなや、たまたま手近にあった果物ナイフで手と言わず足と言わず自分を刺しまくって慌てた周りに取り押さえられた。


21まで経験した事がなく耐性がなかった“悲しい”という感情は、容易に錆兎の心を壊し、狂わせた。
それから力尽きて落ち着くまで拘束服を着せられて、1週間泣き続けた。

そして日々『死なせてくれ』とその一言しか言わなくなった錆兎に希望を照らしたのはカナエだった。


「あのね、鱗滝君…」

幼い頃から両親、大事な妹と、多くの“大切”を亡くして痛みの中で生きることを知っているその幼馴染は、まるで秘密でも打ち明けるように錆兎の耳元に囁いた。

「昔ね、私が大事な妹を亡くした時に、その時の家庭教師の先生がね、教えてくれたの。
大事な相手がね、もし生まれ変わって自分の前に現れてくれた時にね、その相手に恥ずかしくないように、そしてその相手に対して最善を尽くせるように、一生懸命今を生きないと駄目だって」

小さな子ども相手に少しでも気休めになれば…そう思って身近な大人が言ったのであろうその言葉は、すんなりと錆兎の心に入ってきた。


ああ、もしかしたらあの子猫がもう一度戻ってくるかもしれない。
そうしたら、今ならもう、他人(産屋敷)の力を借りてではなく、自分の手で守ってやれる。

それは即立ち直るには心許ない希望で、それでも唯一すがれる光だった。



錆兎はそれから一週間かけて心を…さらに1週間かけて体を治して、通常の生活に戻って1ヶ月…ポカリと開いた心の穴を埋めるべく、任務先から漆黒の毛並みの天使を連れ帰った。

…ただし今度は子猫ではなく、耳の長い子ウサギだったが…。

しかしその天使は一緒に散歩をと外を歩いていた時に、たまたま吠える犬に出会ってショック死をしてしまった。


そんな経験をして、次の天使からはもう絶対に外には出さなくなった。
良い室内環境で、極力会わせる相手を少なく…。


最初の子猫、和を亡くしてから5年、ウサギ、小鳥、リス、アライグマと、次々と天使を拾って…でも皆、元々弱っていた相手を連れてきたせいかみな短命で、また出会えるから…という慰めのおまじないの効果もどんどん薄れていった。

自分だけは死ぬこともなく、そして…言い寄ってくるそのあたりにいる相手も――普通の人間なので寿命的な問題でも当たり前だが――死ぬことはなく、自分の大切な天使だけが何度も自分の手の中からすり抜けていってしまうことに、錆兎は少し疲れていた。

思えばあの時、一人で旅に出たのはそんな心の疲れが原因だったのかもしれない。

そこで大勢人間がいる中で何故か一瞬で目を、心を奪われた唯一。

環境を整えてもダメだった。
外に出さなくても死んでしまう…。

そんな今までの経験上、もう自分といるのがダメなのだろうという結論にまで達していて、距離を置こうとしたのに…。


優しい子だった。
可愛い子だった。
なのにやっぱり自分の手の中で息絶えてしまう…。

もう…自分が生きている事自体がダメなのだろう。
自分がこの世で生きている限り自分は天使を殺し続ける。




パチリと目を開けると眩しくて、錆兎は思わず目元に手をかざした。

細めた目に入ってきたのは己の薬指に光る金の指輪…。
一気に意識が覚醒する。

ガバっと飛び起きると首元にかすかな痛みを感じるが、そんな事を気にしている余裕はない。
痛みは感じるが故に今自分が生きている事を実感する。


また…なのか…。
また天使を殺して自分だけ生き続けているのか…。

吐き気すら伴うくらい激しい自分の生に対する嫌悪と絶望感。


「何故…死なせてさえくれないんだ…」
吐き捨てるように言って、錆兎は頭を抱えた。

天使を殺し続ける自分は悪魔で、【死】という生きとし生けるもの全てに与えられるはずの最低限の慈悲すら与えられない存在なのか?



「あなたがさ、死んではいけない人間だからだよ…」

特に気配を消しているわけでもない人間が傍によってくるのにさえ気づかなかった。
ポンと肩を叩かれ振り向いた先には人の良さそうな青年。
行動の全てが善意で出来ていそうな…

それでも言わずにはいられなくて

「あんたが助けてくれたのか?
善意なのはわかってるけど、悪いけど大きなお世話だ」
錆兎がそう言うと、青年は困ったようにうつむいた。


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