一般人初心者ですが暗殺業務始めます40_真心

錆兎は本当に一人で来るだろうか…。
こちらに何人敵がいるかわからない状態で…。

初めからもう救出など諦めて大勢で来られたら、それはそれで仕方ない。
というか、本当はそれが一番良いのだろう。

自分と玉壺が一斉射撃か何かで死ねば秘密は守られる。


錆兎は不幸な事故で配偶者を亡くして話に聞いていたように今までと同様1ヶ月ほど落ち込んで、それでも周りはあの人の良い男を慰め、いずれ立ち直ってまた大事なものを見つけるだろう。

錆兎はエリートで顔も良くて性格も良くて…自分に関わらなければいつかきっと本当に性格も良い可愛い女性でも見つけて幸せになれる。

彼のためを考えればそれが一番良い。
例え自分がひどく寂しく思っても、それが一番良い。


もう十分じゃないか。

ただ旅の途中で居合わせて助けたというだけの縁の人間に対して、錆兎は随分と優しくしてくれた。

十分じゃないか…。
なのにどうしてこんなに辛いんだろう…。


カナエが数日後の手術のために短期間限定でと発作を抑える強い薬を使っていてくれて良かった。
いまでもズキン、ズキンと胸が痛む。
使ってなかったら今頃何もできなくなっているだろう。


「ああ、本当に一人で来たようですね」
車の後部座席で身体を丸めるようにして苦痛に耐えていると、運転席の玉壺が楽しげに手を打つ。

「さすがに私の軍師です」
ひどく嬉しくない…不快に感じるその褒め言葉に、義勇は表情を少し硬くした。


これで最善のシナリオはなくなった。
なのに嬉しいと感じている自分を義勇は嫌悪した。

即見捨てない程度には錆兎は自分を思ってくれている…それを現す結果に、少し胸の痛みが治まってきた気がした。




「時間がない。義勇は重病人でグズグズしとると悪化してしまうんだ。
だから俺が出せる最大限の条件出す。即効で決めろ」

眠っているフリをした義勇を抱えて外に出る玉壺に名も尋ねずに、自分の車を降りて姿を現した錆兎は何かの入った透明な袋を玉壺の目の前に投げてよこした。

「俺は実働部隊で事前情報は入ってこないから、そっち方面のものはなにもない。
そこに入っているのは俺の口座番号とカードと暗証番号だ。
美術品とか宝飾類の収集癖とかもないから、他に俺が持っているものなんてなにもない。
だから、俺が出せるのはこの俺の財産全部と俺自身の命、それだけだ」

なんの迷いもためらいもなく錆兎はコートを脱ぎ捨てた。

「この通り丸腰だ。
ま、素手でもその気になればそれなりにやれるけどな。
そっちが俺の条件を飲むんだったら大人しく殺されてやる」


何かの策があるのだろうか…あまりにありえない。

ただたまたま自分の襲撃に巻き込んでしまったため一人で放り出しておくと自分の関係者だと思われて殺される…それだけの理由で保護してくれたにすぎないはずだ。

もちろんそれなりに気に入ってはくれているようではあるし、情も移ってはいるだろう。
でも自分の命と引き替えるなんて馬鹿げている。

きっと何か策があるはずだ。

そもそも錆兎が義勇の想定する範囲外の行動ばかり取るから、自分は外に出ることになったのだ。
きっと今回もそうに決っている。
これから出す条件に何かあるのだろうか…。


玉壺もそう思ったのだろうか。

「私の方はそれで十分です。
あなたの命を取れるならここまで出向いた手間は十分報われますよ。
なんならその金で盛大な葬式でも出してあげてもかまいませんよ?
で?あなたの側の条件と言うのを聞かせてもらえますかね?」
と、興味深そうに尋ねた。

若干緊張をしていた錆兎が安堵の息と共に肩の力を抜く気配がする。

「お前にとってはおそらく大した事ではない。
義勇を助けてやって欲しいだけだ。
さきほど言った通り、そいつは重度の心臓病で数日中に手術をしなければならない。
そのためにはこれ以上病気を悪化させられないし、体力を落とすことは避けねばならない。
だから…俺殺すのはかまわんが、その前に医者の友人に迎えに来てやってくれとこの場所を入れたメールいれさせてくれ。
それで…俺を殺したあとは義勇はそのまま酸素マスクつけて寝かせたまま俺の車に放置してくれたらいい。
その後はお前は立ち去ってくれてかまわん。
あとは俺の友人が助けてくれると思う」

「それだけですか?それであなたは構わないんです?」
半信半疑で目を丸くする玉壺の言葉は、そのまま義勇の内心でもあった。

そんな疑問に錆兎は裏のない真っ直ぐな笑みを浮かべる。

「義勇が助かったらそれでいい。
義勇の事は俺が死んでもきっと俺の友人達が守ってくれるだろうし…。
俺の唯一の宝だ。俺にとって義勇は最後の希望で生きがいだ。
義勇より大事なものなんて何もないんだ」

裏は…ないのかもしれない……義勇はそう思った。

……が、

「そういう事でいいな?メールするぞ?」
錆兎がコートを拾い上げて携帯を手に取ると、玉壺は
「待って下さい」
と、それを止めた。

「申し訳ないんですけどね、私は一応確実を期したいんですよ。
あなただけでと言いつつあなたの仲間が近くにいて、私が離れる前にたどり着いてしまう可能性もあるでしょう。
私はね、万が一にも死にたくはないんですよ。
悪用はしないし、絶対に実行すると約束しますから。
メールを打つまではかまいませんが、送信ボタンはあなたの死後、私に押させて欲しいんですが?」


「…もっともだな。しかたない。それでいい。
その代わり…きちんと送信ボタンを押さなかったら、許さんぞ。
死んでも幽霊になってでもお前を呪い殺しにきてやる」

少し迷った末、錆兎は携帯を打って送信を押せばいい状態にして脱いだコートの上に置いた。

「じゃ、そういう事でチャッチャとやってくれ。
一刻もはやく義勇を基地に戻して治療受けさせないと…顔色が悪くなってる気もするし」


何か…何か策があるんじゃないのか?
ハラハラしながらそう思っているうちに錆兎は躊躇いなくクルっと後ろを向く。

(嘘…だろ?)

こんなつもりじゃなかった…。
錆兎に出会ってから何度も思ったことだが、今回ほど強くそれを思った事はない。

彼の行動はいつもいつも義勇の予想の斜め上を行く。
ズキン、ズキン、と胸の痛みは限界を訴えていて、その痛みにもう思考力は消されていた。


「さびとっ!!」
叫んだ瞬間、錆兎が振り返った。

驚いて一瞬動きを止める玉壺にぶつかるように飛びかかった瞬間、マスクが弾け飛んで火傷しそうな空気が肺を満たす。

「ぎゆうっ!!!!」
遠くで錆兎の悲鳴が聞こえた。

続いて銃声が数発。
背に腕が回って、温かい胸にコツンと額を押し付けると、苦しいのに安堵感が全身を包み込んだ。

錆兎が何か言っている気がするが、よく聞こえない。


(…悲しい思いさせて…ごめんな。)

子どものように悲しげに泣くのでそう言ったつもりだったのだが、言葉にできただろうか…。

それを確認する事もなく、義勇は静かに目を閉じた。


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