一般人初心者ですが暗殺業務始めます20_脱走

「う~ん…損得だけじゃないものってあるんじゃないのかなぁ…」
あの包丁の一件以来、刃物の閉まってある棚には鍵がかけられた。
そして錆兎がいない間は義勇を一人にしないようにと可能な限り誰かしらが部屋にいる。


今日は善逸だ。

美味しいクッキーと美味しいお茶。
いつもニコニコと穏やかな善逸と一緒だと、なんとなく楽で楽しい。
善人というのはこういう人間のことを言うのだと義勇は思う。

そんな善逸に義勇は身の危険を冒してまで得にもならない行動を取る意義を聞いてみた。

そうしたら返ってきたのはそんな言葉。

「カナエさんね、休日には不死川さんと一緒にボランティアに行ってるんだよ」
美人なだけじゃなくて優しいの、良いよね、と、にこにこと楽しげに言う善逸。

「俺もさ、それにたまに同行させてもらうのね。
戦争に巻き込まれちゃった村々で無償で病気や怪我を治療するんだ。
もちろん現在進行形で巻き込まれ中の所とかもなくはないから、たまに危ない事あったりするんだけどね。
まあ、第一線を退いたとしても優秀な軍人の不死川さんがいつもついてるから、大丈夫なんだけど…。

俺が行くのは宇髄さんに色々な所の情報を集めておけって言われているからその一環ではあるんだけど、病気の子どもを治してあげてお母さんに泣きながらお礼言われたり、家族養うため働かないといけないお父さんの怪我が治って働けるようになりましたとか言われたりとかね、そんな事あるたび、来て良かったなぁって思うの。

俺達が行かなければ死んじゃってた子どもとか結構いたと思うんだ。

俺は臆病でさ、軍人としてはあんまり役にたってないんだけどさ、そういう時だけは誰かの役にたってて、俺がいるって事が無駄じゃないんだなぁって思うと嬉しいんだよね。
もちろんお金とかにもならないし、軍で身分を与えられたりするわけじゃないんだけどさ」

そう言う善逸はなんだかキラキラ輝いて見えた。

彼は人を殺すために軍人としてよりも人を助けるために医療ボランティアとしての方がより成果をあげているということらしい。

誰が認めてくれるわけじゃなくても、それは立派な生き方だと義勇は思った。


そして…改めて自分のためだけに好意で自分を保護し助けようとしてくれている相手を殺そうとしている自分の醜さを省みる。
医療ボランティアの資金もかなりの額が錆兎から出ていると聞いたら余計にだ。

よしんば自分がどこかで野たれ死にしようと誰も困らないが、錆兎が死んだら悲しむ者も困る者もたくさんいるのだろう…。

そもそも軍をクビになる=野垂れ死にと思っていたが、地道に何か探せば自分でも出来る事があるかもしれない。

ここを出ていこう…そして自分に出来る事を探そう…義勇は善逸とお茶を飲みながら秘かにそう決意した。



それから数日後の事だ。

錆兎には急な出撃命令がくだり、宇髄と善逸もカナエと不死川も仕事。
こうして久々に一人になったその日、義勇は脱出を決行することにした。

いつ錆兎が戻るともわからないので時間はない。
少なくとも昼休みになってしまえば宇髄達かカナエ達、どちらかが様子を見に来るだろう。
猶予はそれまでだ。

義勇は取るものもとりあえず上着を着て、自分が最初に持っていたボストンから財布になっている携帯だけを取り出す。


中にはまだ一般人の10日分くらいの生活費が入っている。

ここがどのあたりなのかはわからないが、中立地帯まで行くくらいの交通費には十分なるだろう。
書き置きくらいは…と思ったものの、なんと書いていいのかわからない。

少なくとも今の時点で実害はないのに敵側の人間であったことを明かすのは錆兎の優しい心を傷つけるだけの気がするので却下として、それ以外だと書くことが思い浮かばない。

迷っている時間もないので黙って行く事にした。

ごめん……と、心のなかで詫びて、義勇はすでに1ヶ月以上もの間暮らしてすっかり慣れた部屋を後にした。



久々に出る部屋の外。

まず善逸に連れられて行ったショッピングエリアに向かう。
そこなら仕入れなどで外に出入りしている人間がいるだろう。
荷物を運び出すトラックが見つかる。
義勇はその中にこっそりと忍び込んだ。

自軍の基地は入る時のチェックは厳しくても、出る時は意外に緩かった。
そう思っていたら、やはりここもそうだったらしい。

中が空である…そんな前提のもと、空のダンボールなどの合間に隠れていたら衛兵がチラリと中を覗いただけでチェックは終わって、トラックは基地の外へと走っていった。



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